内界諸国見聞紀行 第六章 宝石の内界
次は、石の話をしたい。前章で書いた麦の内界が、最もありふれて最も地味な内界だとすれば、その対極にあるのがこの章の主役である。壁を掘れば宝石の出る内界。俗に鉱脈内界とも宝石穴とも呼ばれるが、本章では町の人々の呼び方に倣って、ただ穴と書くことにする。
王国歴1607年の白霜の月、私はセルナの町を訪ねた。この町の変わっているところは、内界の門が町のはずれでも山の奥でもなく、町のど真ん中にあることである。もっとも順序が逆で、五十年前、当時はしがない宿場町だったセルナの市場の広場に、ある朝突然アーチ門が立っていた。門が町の中心にあるのではない。門を囲んで、町のほうが育ったのである。人の多いところに内界は生まれやすいと第二章に書いたが、セルナはその見本のような町といえる。
門の前には二つの列ができている。入る者の列と、出る者の列である。出る者の列は必ず買取場の建物の中を通される。穴で採れたものは、石ころひとつまで町の管理部がすべて引き取る決まりで、門を出た先が買取場の真ん中なのだから、袖に隠して持ち出す余地はほとんどない。それでも試みる者は跡を絶たないそうで、検分人の手際は見ていて惚れ惚れするほどだった。
管理部の付けてくれた案内人と、私も中に入った。門をくぐると、そこは白い石のトンネルである。大理石を思わせる艶のある壁が、右へ左へ、上へ下へ、網の目のように延びている。ダラニファの分類でいえば閉鎖型にあたるが、壁という壁に鶴嘴の跡が残っているところだけは、他のどの閉鎖型とも違う。掘れば、何かが出る。何が出るか、どこから出るかは、まったくの運である。水晶の出た穴の隣を掘っても何も出ず、百人が素通りした行き止まりから紅玉が出る。掘られた壁はいつの間にか元に戻っているが、その早さも決まっていない。三日で戻る場所もあれば、一年戻らぬ場所もあるという。五十年掘られ続けて、法則を見つけた者はまだいない。
案内人が角ごとに足を止め、耳を澄ませてから進むのには理由がある。穴の生き物は、狩り切れないのである。開けた内界なら見通しがきくが、この網の目では、どれだけ間引いても奥に残りが潜む。狩り手の巡回は主だった道筋に限られ、その先へ踏み込むかどうかは、めいめいの覚悟しだいだ。角を曲がった鼻先で出くわして、それきりになった者は少なくない。門の脇の壁に、出たまま戻らぬ者の名を書きつける板が掛かっているのを、私は行きに見ていた。板は、思ったより大きかった。
それでも半日歩いて、あの場所に立てたことは幸運だったと思う。この穴でいちばんよく採れるのは水晶で、その水晶が集まる大広間が、地の底にある。狭い坑道を抜けた先で、ふいに天井が消え、目の前に湖が開ける。岸という岸に人の背丈を超える水晶の群れが立ち並び、はるか頭上のどこかから、幾筋もの白い光が落ちて、湖面と水晶とを貫いている。光がどこから来るのかは誰も知らない。書き物を生業にしておきながら情けない話だが、その日の手帳を開くと、この場所についてはただ一言、すごい、としか書いていなかった。
外に戻ると、町は石を磨く音でできていた。研磨の砥車の唸り、金槌の音、坩堝の煙。セルナは掘る町であると同時に、削り、磨き、細工する町である。穴から出た原石は買取場で査定され、ありふれたものはそのときどきの流通の値で買い取られる。掘った者には即金、石は町の工房へ流れ、指輪や首飾りになって諸国へ出ていく。職人の徒弟には他国から来た子も多く、聞けば、セルナで年季を積んだといえば、どこの宝飾屋でも通りがいいのだそうだ。
珍しい石となると、話は別になる。管理部が預かり、季節ごとの競りにかけられるのである。競りの日のセルナは祭りに近い。諸国の宝石商や貴族の名代が宿を埋め、町の子供までが今年の目玉の噂をする。掘り当てた者には落札の値からまとまった分け前が渡るから、競りに出る石を当てることは、この町における一攫千金の正式な作法ということになる。
だからこの穴には、採り手でもない者が来る。これは内界としては珍しいことで、普通、素人が内界に入って得るものはない。だが穴は違う。要るのは鶴嘴一本と運だけ、と皆が思っている。畑を弟に譲った三男坊、借金を抱えた商人、一旗あげたい若者。宿と道具屋と酒場は、そういう客で年中賑わっている。管理部の老いた検分人に、素人がそんなに掘って当たるものかと訊いたら、こう返された。「ここでいちばんよく採れるのは水晶ですよ。その次に採れるのが、身の程です」。大抵の者は数月で路銀が尽き、水晶の日銭のありがたみを覚えて、堅実な掘り手になるか、故郷へ帰るかするのだという。
それでも人が絶えないのは、本当に当てた男がいるからである。二十年ほど前、隣領から来た貧農の次男坊が、入って七日目に掘り当てたのである。十カラットの、桃色の金剛石である。競りには国の内外から買い手が押しかけ、値は釣り上がりに釣り上がって、最後についた額は、庶民が人生を五回やり直せるほどだったと言われている。買ったのがどこの誰かは、管理部は今も明かしていない。
その次男坊がいまどうしているか。これがこの町でいちばん良くできた話で、彼は門前で宿屋をやっている。分け前を受け取った翌日から二度と門をくぐらず、その金で宿を建てた。夜になると食堂に降りてきて、客にあの日の話をする。私も聞いた。話は毎年少しずつ立派になっているらしく、古くからの客は笑いながら聞いている。なぜもう掘らないのかと訊ねると、親父はジョッキを置いてこう言った。「穴ん中より、掘り当てたあとの二、三年のほうがよっぽど命がけだったんでね。石の話を聞きつけた親戚ってのは、穴の生き物と違って、門で弾いてくれんのですよ」。
セルナを発つ朝、私は工房街で小さな水晶をひとつ買った。掘ったのではなく、買ったのである。あの湖の眺めを思えば自分の手で、という気持ちがなかったといえば嘘になるが、門の脇のあの板を見てしまった身としては、これくらいの付き合い方がちょうどいい。麦の内界は黙って人を食わせる。この穴は、人に夢を見せて、その代金もきっちり取っていく。同じ内界でも、ずいぶん人相の違うものだと思いながら、私は次の町への街道を歩き出した。




