内界諸国見聞紀行 第三章 内界の管理
前章の終わりに、人は内界と折り合う仕組みを作り上げてきた、と書いた。この章は、その仕組みの話である。今日、内界の管理は内界保全機構が担っている。どんな街にも支店があるから、名を知らぬ読者はいないだろう。ただ、はじめから機構があったわけではない。まず、機構のなかった時代から話を始めたい。なお、本書でこの先ただ機構と書くときは、この内界保全機構を指す。
内界が見つかりはじめたころ、それをどう扱うかは、見つけた者しだいだった。届け出の義務などない。村がたまたま山で門を見つけ、そのまま黙って囲い込む。よくある話だった。実際、後の調べで、ひと世代のあいだ村ぐるみで隠し通されていた内界が、いくつも見つかっている。責める気にはなれない。飢えの時代に、尽きない麦畑を見つけたら、まず身内に食わせるのが人というものだろう。
世の中が落ち着いてくると、国や領主が動きはじめた。把握した内界を届けさせ、何が採れるのか、中はどんな環境か、湧く生き物は何で、湧き直しの間はどれほどか。そうした事柄を帳面にまとめさせるようになった。管理の始まりである。同時に、争いも始まった。鉱石や宝石の出る内界、貴重な薬草の採れる内界、食える果実のたわわな内界。よい内界が見つかったと聞けば、隣り合う領主が兵を出し、取り合いになることも珍しくなかった。内界は、いつのまにか、戦の理由になるほどの資源になっていたのである。
生業のほうも、このころに形を成しはじめる。最初に生まれたのは、狩り手だった。内界は定期に間引かねば安全に使えないが、小さな村にそんな人手はない。国とて、領内の内界すべてに軍を割くわけにはいかない。そこで、腕に覚えのある者たち、すなわち傭兵くずれや軍を退いた者たちが、銭で間引きを請け負うようになった。次に生まれたのが、間を取り持つ者たちである。どの内界が、いつ間引きどきか。日数を数えて狩り手に報せ、村と狩り手を繋ぎ、狩り手の持ち帰った素材を銭に換える。この取り持ちの仕事が、のちの守り手になっていく。最後が、採り手である。何もない草原で摘み草をするだけなら誰にでもできるが、吹雪のやまぬ雪山の木の根、溶岩の流れる洞穴の鉱石、扱いを誤れば枯れてしまう薬花となると、話は別だ。採ることそのものが技になり、それを専らにする者が分かれていった。三つの生業の形がそろったのは、崩滅からおよそ二百年ののちと言われている。
さて、生きるのに必死な時代が過ぎると、この不思議なものをちゃんと調べようという人間が現れる。その筆頭が、万踏の賢人と呼ばれたダラニファである。ダラニファは諸国を歩き、行く先々の内界を見聞し、記録し、分類した。その成果である『内界探訪記』は、内界について体系立ててまとめられた最初の研究書で、いまも内界研究の白眉とされる。前章で使った五つの分類も、元をたどればこの人のものである。白状すれば、本書の題も、この大先達の書名にあやかっている。足元にも及ばぬことは、承知の上である。
ダラニファは、調べるほどに、一つの考えに傾いていった。『内界探訪記』の序に、こうある。
内界、この不可思議にして、人の暮らしを支えるもの。諸国を巡り、数々の内界と、そこに生きる人の営みを見るにつけ、思わずにはいられない。もし内界がなかったなら、わたしたちはどうなっていたか。崩滅の日、人の命脈は、本来あそこで断たれていたはずである。それを繋いだのは、内界である。これは人のなしうることではない。神の御業、恩寵と呼ぶほかに、説明がつかない。叡智神の徒として、内界の正しき姿を伝えるのは当然の務めであるが、それにも増して、恩寵たる内界を、人が欲によって争い奪い合う浅ましさが、せっかく繋がれた命脈をふたたび断つことのないように。本書は、そのために記す。
恩寵かどうかについて、わたしの立場は序に書いたとおりである。神々は何も答えていない。ただ、ダラニファの嘆きのほうは、信仰と関わりなく分かる。命を繋いだ当のものを取り合って、人が血を流している。それを見かねたこの人は、書くだけでは足りぬと考えた。ここからが、ダラニファのもう一つの、そしておそらくより大きな功績である。
ダラニファは旅のなかで、数えきれぬ狩り手、採り手、守り手と知り合っていた。その人脈を束ねて、守り手の組織化に乗り出したのである。当時の守り手仕事は、街々の商会が片手間に営むものだった。報酬の相場も、素材の買値も、土地ごとにばらばらで、質の悪い取り持ちに泣く狩り手も多かった。ダラニファはまず、知己の商会を組合員とする守り手の協同組合を立ち上げ、内界の情報の共有、狩り手への報酬の水準、素材の買い取りの基準、間引き依頼の取り次ぎといった、まちまちだった仕事の型を揃えていった。人を育て、守り手のいない土地には送り込んだ。新しい内界が見つかれば真っ先に調べ、長く間引かれていない内界には手当てを打つ。なかでも後世に効いたのは、内界の生き物の危険度を段階付けたことである。どの内界に、どれほどの相手が湧くのか。それが先に分かるようになって、腕に見合わぬ場所へ入って命を落とす狩り手が、目に見えて減った。わたし自身、狩り手だったころ、あの段階付けに命を拾われた口である。この協同組合が育ち、広がり、やがて今日の内界保全機構になった。
ダラニファは、内界はあらゆる人に開かれ、あらゆる人がその恩恵にあずかるべきものと考えた。だから組合は、どの国にも、いかなる権力にも与しないことを掟とした。その精神を表す言葉が、いまも機構のすべての支店に掲げられている。
我々は、なにものにも屈せず、属さず、服さない。すべては内界の恩寵を人に広めんがために。
この掟は、飾りではない。機構は今日も、内界に関わることであれば、ときに王の命にすら従わない。それで潰されないのは、理屈の上では、どの国も内界の恵みなしにやっていけないからだが、実際のところは、もう少し身も蓋もない理由もある。機構の職員は、いざとなれば自ら狩り手を務められるだけの腕を持っている。不用意に事を構えた地方の領主が返り討ちにあった話は、酒場で聞き飽きるほど聞く。支店がひとつ危うくなれば、近隣の支店から応援が駆けつける仕組みも整っている。旅人の警句に、機構の職員と喧嘩をするな、一人倒しても、こちらが倒れるまで次が来る、というのがあるが、冗談の形をした実話である。どんな辺境の街にも、機構の支店とリーグデ商会の店だけは必ずある、と言われるのは伊達ではない。
まとめておく。囲い込みと奪い合いの時代を経て、内界の管理は、一人の学者の嘆きから生まれた組織の手に移った。恩寵を独り占めさせない。そのために立てられた仕組みが、二千年ちかい付き合いの、いまのところの答えである。ではその仕組みの下で、狩り手が、採り手が、守り手が、それぞれどんなふうに働き、暮らしているのか。次章は、人の話である。




