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内界諸国見聞紀行 第十章 湯の内界

 王国歴1608年の聖燭の月、私は北の街道を歩いていた。この地方は年の半分以上が雪と寒さに閉ざされる。日が落ちてからの吹雪は刃物のようで、外套を二枚重ねても骨まで冷えた。だから、峠を越えた先にその村の灯りが見えたときのことは、いまでも覚えている。雪の底に、ぽつりぽつりと橙色の窓灯りが並び、風に乗ってかすかに笛の音と人の笑い声が聞こえてきた。こんな北の果てに、歓楽の町があるのである。トーヴェ村。湯の内界の村である。


 この内界のことは、湯治客のあいだではもう説明の要らない名所だが、順を追って書こう。門は村はずれの雪の窪地に立っている。くぐった先は、湯の谷である。ごつごつした岩場のあちこちから湯気が立ちのぼり、大小の湯だまりが連なって、谷全体がほんのりと温かい。外は吹雪でも、中は春先の陽気である。内界の中身は外の土地と裏腹になることが多い、と第二章に書いたが、氷雪の村の内界が湯の谷だというのだから、これほど出来すぎた裏腹もない。採れるものは何もない。麦も石も薬草も出ない。ただ、湯だけが尽きることなく滾々と湧いている。


 村はこの湯を、実にきちんと商いにしている。門の脇には受付の小屋があり、入る者は入界料を払う。その銭が、湯場の普請と、後で書く警護の費えに回る仕組みである。中に入ると、湯だまりのいくつかが石積みで囲われ、脱衣の小屋と、湯上がりに休む東屋が建てられている。そして湯場の周りには、得物を提げた狩り手が立っている。この内界の界物は数こそ少ないが、湧くときは前触れがない。裸の客は逃げるにも戦うにも分が悪いから、人のいる時間は必ず狩り手が目を配る決まりになっている。湯に浸かる人々と、それを守って立つ武装の男たち。初めて見ると妙な光景だが、半刻もすればこれほど安心な湯もないと思えてくる。


 湯治の作法は、村の暮らしと分かちがたく結びついている。内界には長く留まれない。中に住んだ者たちの顛末は第二章に書いたとおりで、寝泊まりは誰もしない。だから湯治客は村の宿に部屋を取り、朝、連れ立って門をくぐり、日がな一日湯に浸かっては東屋で休み、また浸かる。夕方になると宿の者が門まで呼びに来て、客はほかほかと湯気を立てながら雪道を宿へ戻る。これを幾日も、人によっては幾月も繰り返すのである。湯の効能は幅広い。骨の痛み、古傷、肌の荒れ、冷えの病。医師のさじを投げた腰痛が一冬で消えたという類いの話は、村で一晩酒を飲めば十は聞ける。どこまで湯のおかげで、どこからが休養のおかげかは、学徒としては判じかねる。ただ、効くと信じて通う人の列が五十年途切れていないことは、事実として書いておく。


 この湯を外へ引き出そうとした者は、当然ながらいた。面白いのはその顛末である。水路を掘って門の境へ通すと、水路そのものは何の障りもなく境を抜ける。ところが、湯が抜けない。境のところで、見えない栓でもされたかのように湯だけが止まり、一滴も外へ流れないのである。押しても汲んでも駄目なものは駄目で、諸国の水利の職人が入れ代わり立ち代わり挑んでは、首をひねって帰っていった。ところが樽に詰めて担いで出れば、これはあっさり通る。理屈は誰にも分からない。内界の気まぐれの見本のような話である。もっとも樽の湯は運ぶうちに冷める。村のごく一部の高級宿では、これを焚き直して内湯として出しており、雪を見ながら部屋で内界の湯に浸かれるというのが売りになっている。焚き直しでも効能は同じかと古株の湯治客に訊ねたら、笑って一言、「気は心ですな」。


 村の古老によれば、この内界が見つかったのは五十年ほど前の、ことのほか厳しい冬だったという。当時のトーヴェは、名のある特産もない、冬を耐えるだけの寒村だった。だから見つかった当初、村人にとってこの内界はまず、暖かさの恵みを与えたのである。燃やす薪を惜しみながら春を待つ暮らしのなかで、いつでも温かい谷がすぐそこにある。それがどれほどの恵みだったか、と古老は言葉を切って、しばらく黙っていた。湯治客が来るようになったのは、その後の話である。いまでは村の稼ぎのほとんどが、この湯に連なっている。


 人が集まれば、人を楽しませるものも育つ。夕方、湯から戻った客たちは、宿の夕餉のあと村の通りへ繰り出す。楽師の小屋があり、旅役者の芝居があり、影絵の見世物がある。吹雪の晩ほど小屋は埋まるというから、商売として理にかなっている。ただの寒村だったトーヴェが、いまや北方一と呼ばれる歓楽地である。湯が人を呼び、人が芸を呼んだ。順序はそれだけのことだが、雪の中の芝居小屋の熱気には、南の町の劇場にはない切実さがあって、私はずいぶん楽しんだ。


 そして、食である。この地方の畑では、ユキシタ菜という菜がよく育つ。幅広の厚い葉を持ち、雪の下で冬を越すと甘みがのる。北の地の暮らしを支えてきた大事な食糧だが、もともとは鍋の底に沈んでいる素朴な菜っ葉で、誰もわざわざ褒めたりしなかった。それが湯治客の舌に鍛えられて、いまや別物である。名物は、大きな葉で刻んだ肉を包み、骨から取った出汁でことことと煮込んだ包み煮で、宿ごと食堂ごとに中身と出汁の流儀があり、うちのが本家だと譲らない。よく煮えた包み煮は匙で切れるほど柔らかく、葉の甘みと肉の汁と出汁とが、口の中でひとつになる。ある評判の食堂では、コースの締めの主菜が堂々このユキシタ菜の包み煮で、肉でも魚でもなく菜っ葉を食いにトーヴェへ行く、という客が本当にいる。私も食べた。あの一皿のためなら、もう一度あの峠の吹雪を越えてもいい。


 発つ前の晩、宿の主人としばらく話し込んだ。内界はいつか消える。湯の谷とて例外ではないはずで、それが怖くはないかと、無粋を承知で訊いてみたのである。主人は少し考えて、こう答えた。「湯は、うちのもんじゃありませんからな。ただ、湯が育てたもんは村のもんです。料理も、芸も、宿のもてなしも、湯が消えたって忘れやしません」。麦の内界の章で書いた、あのパン焼きの老婆の言葉を思い出した。窯と腕は消えない、とあの人は言った。北の果ての湯の村で、同じ答えにまた出会ったわけである。内界は人に恵みを貸してくれるだけなのかもしれない。だが人は、借りているあいだに、自分たちのものを育ててしまう。湯上がりの火照りのなかでそんなことを考えつつ、私は今晩も芝居小屋の列に並んだ。


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