だる
●●この小説は読者参加型です●●
あなたは自分が何科だと思いますか?
何科の人物に登場してほしいですか?
感想に書いていただければ、できる限り登場させてみます。
「氷乙ちゃん! 閑くん!」
心音の悲鳴が響く。
カメ怪人の大きな口が、ぱっくりと割れた。
「くそっ! 放せ!」
俺はがむしゃらに盾を投げた。届かない。二人が飲み込まれる——
そのとき、爬虫類ゾーンの入り口から、けだるい声がした。
「えー。聖人が二人もいるのに、なんてザマですかね。先生、がっかりです」
ゆるんだネクタイ。死んだ魚のような目。片手をポケットに突っ込み、もう片方の手にはタバコ。遥先生だ!
怪人も新たな客に気づいたらしい。閑と氷乙を吊り下げたまま、水の触手を伸ばす。遥先生は、よける気配も慌てる気配もない。ただタバコをふかしている。
「遥先生! そいつ、やばいから気をつけて——」
俺の声を聞き届けるより早く、遥先生の唇から流れ出る煙が光を帯びた。バニラの甘い香りが強くなる。
煙が風向きに逆らって動いた。激流を真正面から迎え撃ち、押し返す。遥先生の武器は、あのタバコだったのか!
『タバコ……火……ダメェェェ!!!』
カメ怪人が甲高く叫んだ。遥先生がぽりぽりと頬をかく。
「ああ、ここも禁煙ですか。どこもかしこも禁煙。叱られてばかりで嫌になります」
先生、叱られても、言うこと聞かないじゃん。
それはさておき、煙は目にもとまらぬ勢いで怪人に襲いかかった。三メートルもの巨体を包み込み、圧縮していく。まるで蛇の群れのようだ。
「先生だって、お節介を焼きたくはありませんが。生徒を守るのは先生の仕事ですからね」
ひときわ大きなため息。次の瞬間、怪人の体があぶくとなって散った。ここまで一歩も動いていなかった遥先生が駆け出す。速い! 上から降ってきた閑と氷乙を、両腕で軽々とキャッチした。
「す、すご……」
俺たちが死を覚悟した化け物をあっという間に倒し、怪我人も出さない。これが大人の聖人か。
「あ、あ、あ、あわ、あわ。た、助けてなんて頼んでいないのに! 遥先生のバカ!」
氷乙は茹でダコのように真っ赤になり、泡を吹いている。なんだ、あの反応。俺が眺めていると、心音が苦笑いをした。
「ああ……〝ツンデレちゃん〟が発動しちゃったね」
「ツンデレちゃん? 氷乙のあだ名?」
「優人くんったら、本当にうといんだから。氷乙ちゃんは、好きな人の前ではああなっちゃうの。だから、寡黙科の聖人に上がれないのよね」
うーん。よくわからないけれど、難儀な人種だな。
びしょ濡れの閑は、自分を抱える遥先生の顔を見つめていた。
「……遥、うざ」
「はい、減点。寡黙科が不意に出す言葉には重みがなければいけません」
遥先生が閑を放り出すように解放した。心音がまたしても苦笑いを見せる。
「閑くん、叔父さんに助けられたのが、よほど悔しいのね」
「お、叔父っ!? 遥先生が、閑の?」
「十歳年上の叔父さんでしょう。二人はクール目だよね」
初耳すぎる。そういえば、顔の造形も背格好も似ているような気がしてきた。目が死んでいるかいないか、だらしないかどうかで、こんなにも印象が変わるのか。
「正義ちゃん」
遥先生が呼びかけると、すぐさまその肩に正義ちゃんが舞い降りた。
「ご用でしょうか」
「ご用も何もありませんよ。ここにはびこっているのは、雑魚怪人ばかりのはずでは?」
「その認識で間違いありません」
「さっきの甲羅野郎は?」
「私にはわかりかねます」
らちが明かないと思ったのか、遥先生は俺に視線を移した。
「優人には、あれが何に見えましたか」
「えーと……人種まではわかりません」
俺は正直に答えた。崩れた爬虫類ゾーンを見回す。
「でも、水に固執しているようでした。水族館の閉館とか、時代の移り変わりとか、そういうものを受け入れられなかった人間のなれの果てではないでしょうか」
「なるほど」
遥先生が、やれやれと首を振る。
「まあ、怪人の正体などわかったところで、後味が悪いだけですからね」
「先生がそれ言っちゃうんだ」
「戦闘中に特性を見極めることは重要ですが、倒した後に深堀りしたって、ねえ」
正義ちゃんが、ぴくぴくっと羽を震わせた。
「廃水族館、すべての怪人の退治が終わりました。格上の怪人は、先ほどの一体だけだったようです」
「了解。こんな気味の悪い幽霊屋敷、さっさと出ましょう」
「先生がそれ言っちゃうんだ」
再びツッコみながらも、俺は気づいていた。自分の中で遥先生の見方が変わったのを。正直、ろくでもない大人だと思っていた。でもとんでもなく強かった。
「とはいえ、このままでは遊園地で遊べませんね。こちらが幽霊に間違えられます。シャワーを借りる手配を……」
正義ちゃんに指示する横顔を、ぼんやりと見つめる。
教師ってすごいんだな。前世では感じたこともなかった。少なくとも俺にとって、助けてくれる存在ではなかったから。
いじめを見つければ注意する、「仲良くしましょう」と言う。翌日になれば、また同じことのくり返し。根本的な解決などしてくれなかった。だから俺は、自分の力で生き残るしかないと思っていた。
ヒーロー目の隼人先輩に抱く憧れとは、また違う。
俺は初めて、頼れる大人を見つけたのかもしれない。




