怪人退治!
俺は心音に目配せし、廃水族館の内部へと踏み出した。
到着したのは熱帯魚ゾーンだ。かつて色鮮やかな魚たちが泳いでいたであろう水槽は空っぽ。この不気味な雰囲気、怪人が幽霊と間違えられるのも納得だ。
「優人くん。おしゃべりするの、久しぶりだね」
心音が控えめに言う。なんというか、極めて普通の女の子だ。うーん、望み薄だが、なんとか聖人に引き上げてやりたいな。俺の力で、自分たちを最高のクラスにしたいから。
「最近、怪人の数が増えているよね。優人くんたち、一日に二度も退治に出ることがあるじゃない。体は大丈夫?」
こいつは、俺の心配をしている場合か。
「心音は聖人になりたい?」
唐突な問いかけに、心音はきょとんとした。
「え?」
「聖人になりたい?」
「なりたい、の、かな」
曖昧な答え。
「両親にいつも言われるの。〝どんな人間性だろうと、優しさだけは忘れるな〟って」
意味がわからない。だって、その言いつけを守っていれば、優しさ科の心音は聖人になれるはずなのに。心音も、心音の親も、どうしてそこを分けて考えるのだろう。
「それでもね、国内トップクラスの進学校である正義高校を受験したのは、やっぱり聖人になりたいからだよ」
心音がやわらかくほほ笑む。メッキなりに、向上心はあるようだ。
「わかった。俺が何とかしてやる」
「ありがとう。あっ……ごめんね、親の話なんて……」
その言葉の意味を捉える前に、はっと立ち止まる。曲がり角の向こうから人影が飛び出したのだ。顔がない。遥先生の言う通り、雑魚怪人だ。カビだらけの体で襲いかかってくる。
俺の校章バッジが輝いた。光が噴き出し、すばやく盾を形成。怪人の顔面を真正面からぶん殴ると、あっけなく消滅する。
「うわ……」
心音はただ目を見張っていた。反応、薄っ。そこは〝すごーい〟か〝かっこいーい〟だろ。
「いいか。武器を出せるかどうかが、聖人と凡人の決定的な差だ」
消火器の格納箱の陰から、新たな怪人が現れた。すかさず撃破。
「日常生活で優しさを積み重ねておけばいいだけだよ。さらに戦闘中にも優しさを見せれば、武器は強化される」
劣等生にもわかるよう懇切丁寧に教えてやる優しさに、盾の厚みが増した。
「理屈は理解しているつもりなの。でも、どうしても武器を出せない」
心音が、左胸のバッジをぎゅっと握りしめる。何を理解しているって? 優しさは他人に見せつけてナンボだぞ。そんなふうに小動物みたいに縮こまっていて、評価されるわけがない。
熱帯魚エリアだけで、五体の怪人を退治。誰も褒めてくれないのが残念だ。心音はといえば、身になっているのかいないのかよくわからない顔で、俺の動きを追っている。
古びた案内看板が目に入った。〝爬虫類ゾーンはこちら〟という文字。その先はますます暗い。かろうじて電気は通っているらしく、非常灯がパチパチと点滅している。
壊れた自動扉から足を踏み入れた。広い円柱型の空間で、中央は三階まで吹き抜けになっている。
奥に二人の生徒がいる。はじめ、静かすぎて気づかなかった。寡黙科のペアだ。車酔いから復活した閑と、長い黒髪をポニーテールに結んだ女子生徒。軍服風のミニスカート姿が凛々しい。心音が手を振ったので、ようやく名前を思い出した。
「氷乙ちゃん」
ふうん。閑と同じく、黙って立っているだけで、それなりに絵になっている。割と良い線いってるじゃないか。なぜ凡人から上がれないのだろう。
閑と氷乙はお互いに固く口を閉ざしている。ここまでくると、もはやギャグだ。
「あれ、喧嘩中ってわけじゃないよな?」
「もちろん。寡黙科だもの。気まずくもないと思うよ」
「氷乙は、どうして聖人になれないんだ?」
「もう、優人くんったら。わかっているでしょう?」
心音が苦笑いをした。そう言われると、これ以上は質問できない。転生者のつらいところだ。
「それにしても、ここはひどい荒れようだな」
爬虫類ゾーンを見回す。ガラスケースは何枚も割れ、金網は黒く腐食していた。他の場所も十分にボロいが、ここは最低だ。
心音がつぶやく。
「なんだか嫌な感じ」
「幽霊でも出そう?」
「やめてよ、優人くん——」
そのとき、ビチャ、という湿った音が聞こえた。ん? 雨漏りか?
「……優人。あっち」
閑の声で、視線を移した。円形の床の中央で、濁った水が泡立っている。次の瞬間——
ドォン!!
天井近くまで水柱が上がった。そのまま人型に変わる。全長三メートルを超える巨体。スライムのような質感で、顔のあるべき場所には口だけが裂けている。背中には、腐りかけたカメの甲羅のようなものを背負っていた。
「な……なんだ、あれ……」
これまで退治してきた雑魚怪人とは別格だ。おいおい、遥先生、話が違うぞ!
『、水、水ゥゥゥゥッ!!』
カメ怪人の咆哮。茶色い水が押し寄せ、休憩用のベンチが吹き飛んだ。
「優人くん!」
「下がれ! 心音!」
俺は心音を背後へ押しやり、盾をかまえた。
同時に閑の指輪からワイヤーが飛び出す。水しぶきとともに怪人の腕が切断され、滝のように落ちた。しかし水たまりは不気味にうごめき、本体に吸収される。ダメージはゼロだ。
怪人の裂けた口の奥で、水が渦巻くのが見えた。やばいやばいやばい!!!
轟音とともに激流が放たれた。床の表面を削り取りながら、俺と心音へ一直線に迫りくる。盾を前へ出した。直撃。腕がしびれる。足が地面を滑る。止まらない。押し切られる――
銀色の光が走った。何本ものワイヤーが荒波へ突き刺さる。閑が指を動かすと、川に杭を打ち込んだように、水の向きがねじ曲げられた。
「閑、ありがとう——」
間一髪のところで水を払いのけ、息をついた。しかし次の瞬間、青ざめる。水がワイヤーにまとわりつき、猛スピードで伝っていくのだ。
「閑! ワイヤーを切れ!」
しかし遅かった。水の触手が閑の足首に届き、巻きついた。近くにいた氷乙の腰も、一本の水流が絡め取る。二人の体は宙に吊り下げられた。強くしめられている。ミシ……と骨が悲鳴を上げるのが聞こえるようだ。
苦痛に歪み、汗と泥水のしたたる顔。こいつら、たぶん、あと数秒で死ぬ。それでも声ひとつ漏らさない。




