ミレディア、女王になる。
私の問いにルクトレア様はしばし考える仕草を見せた。やがて座っていた椅子から立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。
私の前まで来たところでもう一度考えるように腕組み。
「あなたはとても聡明です。年齢を考慮すれば天才児と言っていいでしょう。ですが、王とはそれだけでは務まりません」
「分かっているつもりです。どうか一度私を試してみてください」
「…………。いいでしょう、ではミレディア様の才覚を見せてください」
乗ってきた!
何となくではあるが確信めいたものがあった。私とルクトレア様の境遇はよく似ているのだから。共に箱入りの身で、何もしなければ家のために結婚の道具にされてしまう立場。かつて自らの力で運命を切り開いた彼女なら、息子のエレアを王に据えることを脇に置いてでも、私の話に乗ってくる気がした。
小さく頭を下げた私は執務室の扉へと足を進める。最後に振り返って再度ルクトレア様の顔をしっかりと見た。
「それほどお待たせはしません。楽しみにしていてください」
最高権力者の執務室を出た私は、久々に胸が高鳴るのを感じていた。
前世では仕事に追われる日々に嫌気がさしていた部分もある。しかし、こうやって箱入り王女に転生してみるとあの毎日が懐かしくてたまらない。どうやら私は根っからの仕事人間らしい。
さて、では大帝国を築いた手腕を見ていただくとしようか。
城に戻った私は早速行動に移った。
王国行政の中枢である父の執務室へ、行こうとしてふと方向転換。向かったのはメイド達の休憩室だった。ざっと見回して目的の人物達を発見する。
「そこの、黒髪に眼鏡のメイドと赤髪の子、少し手伝ってくれないか?」
二人を連れて改めて父の執務室を訪れた。
時間はお昼前、我が父、国王アルフレッドはいつも通り仕事書類の山に忙殺されている。現れた私を見てその手を止めた。
「父様、今日は私に資料の整理をさせてください」
「ミレディア、急にどうしたんだ……。いくら君でもここはまだ早いよ」
「もしお邪魔になるようでしたらすぐに追い出していただいて構いません。お願いします」
「そこまで言うなら……、分かった」
よし、普段から全く子供らしくない私だけに何とかなったぞ。
父の執務室では数人の文官がそれぞれの机で仕事をしていた。彼らがまとめた報告書を父に上げて最終決定を下す仕組みだ。
文官達の机を一通り見て回った私は彼らに向けて。
「しばらく私の言う通りに動いてくれ」
それだけ告げると、私は部屋中央の床に腰を下ろした。すると黒髪眼鏡のメイドがススッと寄ってくる。
「王女様、椅子と机をお持ちしましょうか?」
「いらん、どうせすぐに溢れて乗り切らなくなる。それより、二人は私が言った通りに書類を持ってきてくれ」
二人のメイドは私の指示に従って文官達の机を回り、次々に書類を運んできた。私は片っ端からそれらに目を通し、複数の案件を一つにまとめると、一枚の紙にザザッと走り書きして上に貼り付ける。
「では、これを父の所へ」
メイドが持ってきた書類の束を見て、父が私に視線を向けてくる。何を言いたいのかは分かったので、先に私から。
「関連する案件を一つにしてあります。全体の概容、重要な箇所は上の紙に記していますので、そちらを参考にお読みください」
「な、なるほど。これは、とても助かる……」
「どんどんいきますよ。父様もお励みください」
「わ、分かった……」
こうしている間にも私の周囲では続々と書類の束が再構築されていっていた。
私のやっていることを理解した二人のメイドがまとめるのも手伝ってくれている。十代後半の黒髪眼鏡の女性と、十代前半の赤髪の少女。彼女達はメイドの中でも群を抜いて機転が利いて仕事が早いと、普段の様子を見ていて私は気付いた。
この部屋の文官達は選りすぐりの精鋭達だが、どちらのメイドも勝るとも劣らない逸材だ。
どれほど権力が集中する政治形態でも、実際の業務は一人でこなすわけではない。周りをいかに優秀な人材で固めるかが質に大きく影響する。前世を通じて私は人を見る目には自信があった。
私とメイト達が中継地点になることで、仕事は効率よくサクサク進んでいった。
「……ミレディア、君のまとめてくれた要点がどれも非常に的確なんだが」
私が資料に貼り付けた紙を手に取って父は呟いていた。
「ありがとうございます。結構なことだと思うのですが、何か問題が?」
「こんなことは国政の全てに精通していなければ不可能だ……」
転生後、自分で動けるようになった私がまず最初に取りかかったのが、生まれたこのヴェルセ王国について理解することだった。前女皇の性とも言うべきか、知らないと無性に不安になる。知識欲の対象は政治、経済、外交、あらゆる面に及んだ。
とこんな説明はできるはずもないので、私はただ微笑みだけを返す。
「……なるほど、俺の娘は思っていた以上に天才児だったということか」
父はいいように解釈してくれた。この後は、彼もこちらから送る資料に追われて余計なことを喋る余裕はなくなったようだ。
こうやって父と一緒に仕事をするのは初めてだが、なかなかの有能ぶりに正直驚いた。
三十そこそこという年齢を考えれば相当なものであり、私も心の中で「私の父は思っていた以上に賢王だった」とこっそり感想を述べる。
親子の連携で山のようにあった仕事は本当にサクサクと片付いていった。
お昼を過ぎた頃、全ての書類がなくなる。文官の人達は半日の休暇を取得して嬉しそうに帰宅。手伝ってくれた二人のメイドには特別ボーナスを約束して通常業務に戻ってもらった。
私は父と二人、執務室で遅めのワーキングランチをとることに。
彼はサンドイッチを片手にしみじみと呟いていた。
「信じられない、普段なら夜までかかる仕事が……」
「父様はいつも働きすぎです。明日以降も私が手伝うので、少しご自分の時間を持ってください」
「……え? ということは、毎日このくらいの時間に終わるのか!」
国王アルフレッドの顔が、娘の私でも久々に見たほどに輝く。
ふむ、私の能力は充分に分かってもらえたらしい。そろそろ切り出していいだろう。
私は一口お茶を飲んで間を取り、それから改めて父に向き直った。
「いずれ私は父様の後を継ぎたいと思っています。応援してくださいますか?」
「それはつまり、女王になりたいということか?」
「はい、その通りです」
「……この数時間でも、君なら務まるだろうことが分かった。いいよ、ルクトレアは俺が説得しよう。そのために味方になってほしいんだろう?」
話が早くて助かる。まずは父様からの信任を得られた。こうやって徐々に地盤を固めていけば、ルクトレア様もいずれは認めざるをえなくなるはず。
安堵と共に再びお茶を飲んでいると、不意に執務室の扉が開いた。
現れたルクトレア様が私達の所にカツカツと靴音をたてて詰め寄ってくる。
「私への説得は必要ありません。ミレディア様にはすぐに女王の座にお就きいただきます」
この発言に、私よりも父の方が面食らう形になった。慌てた様子で説明を求める。
「どういうことだ! 俺はもう退位させられるのか!」
「とりあえず王位だけ譲ってください。仕事には今日のようにお二人で当たればいいでしょう」
父とルクトレア様は子供の頃から付き合いのある幼なじみなのだとか。きっとこんな風に昔から振り回され続けてきたに違いない。気の毒と言う他ない。
ルクトレア様は息を一つ吐いた後に改めて説明を始めた。
「アルフレッド様、心配しなくても〈聖母〉の効力は王妃が女王の母になっても変わりません」
「それはよかったが……、どうしてこんなに急ぐ必要があるんだ?」
「それは、ミレディア様が女王とおなりになることでさらなる加護が国全体を覆うからですよ」
なるほど、どうやら彼女は本当に未来が見えるようだ。
前世で私が大帝国を築けたのは、私自身の政治手腕もさることながら、欠かすことのできない力があったゆえ。今世でもそれが使用可能らしい。
笑みを浮かべつつルクトレア様はこう締めくくった。
「目の当たりにすれば誰もが納得しますよ。まず発表だけしてしまいましょう」
――その晩、城の大広間で開催された夜会は騒然となった。
「本日、アルフレッド国王様がご退位を決断なさりました。王位はミレディア様に継承されます」
ルクトレア様はそう宣言すると父をずずいと前に押し出す。
「……というわけで、退位する運びとなった。これからはミレディアを盛り立ててやってほしい」
「はい。では、ここにミレディア女王様の誕生となりました」
今度は私がずずいと押し出されてお披露目となった。
まだまだ現役の父の引退と六歳の子供の着任に、集まった貴族達は一様に呆然とする。頻繁に私の所にご機嫌伺いに来ていた令嬢達もぽかんと口を開けていた。
私はそちらに視線をやる。
「これからはそなたらとお茶をする時間も取れそうにない。すまないな」
「「「……と、とんでもございません、ミレディア、女王様……」」」
箱入りお姫様が急に女王様となって、どうも思考が追いつかない模様。ざまあみろ、と思わなくもないが、とりあえずようやく全く意味のない奴らのお喋りから解放されるのはよかった。飼い殺し確定のお姫様だった私が女王になってすまない。
一方で、私の頭に手をかざしていたルクトレア様がうずうずした様子で。
「条件が整いました。付与可能ですよ、ミレディア様!」
「それでは、クラスの付与をお願いします」
この世界では、ほぼ全ての大人がクラスを保持している。例えば文官なら大抵が【セージ】、メイドならそのまま【メイド】といった具合に。クラスの付与によって各自一つ固有魔法が発現する。
女王となった私は、前世と同じ特別なクラスを宿せるようになった。
ルクトレア様は「ご静粛に」と場を引き締めたのち、再び高らかに宣言。
「ミレディア女王様に統治者のクラス、【ルーラー】を授けます!」
直後、私の全身が仄かな光に包まれる。
そしてわずかな間を置き、私以外の全員の全身が同様に光に包まれた。ルクトレア様も父も、夜会に出席している者達も、一人も例外なく全員だ。
さらに言うなら、おそらく今、国中で同じ現象が起こっているはずだった。赤子から年寄りまで、全国民の体が光っているに違いない。
これにどんな意味があるのかは、すぐに各々が実感するだろう。
夜会の会場ではすでにあちこちから声が上がりはじめていた。
「こ、これは、なぜか力が漲ってくる……!」
「体がすごく軽くなりましたわ……!」
私の固有魔法は母の〈聖母〉と同じく王国全土を効果範囲とする。ただ、〈聖母〉は母の性格を現したように、育んだものが何だかいい感じになる、というどこかふわっとした魔法。これに対して私の魔法はもっときっちりしていて分かりやすい。
私の固有魔法の名前は〈全体強化〉。その効能は、統べる全ての者の能力が十パーセント上昇する、というものだ。
強化された国民達を目の前に、私は思わずぽつりと。
「うーむ、また大帝国を創りたくなってきた」




