ミレディア、決意を固める。
私ミレディアはヴェルセ王国の王女として生を授かり、現在六歳になっている。
この年齢にしてすでに将来進むべき道が完全に決められていた。定められた男性と結婚し、やがて王女から王妃へと昇格。この道を辿っていけば私は何不自由ない暮らしを送っていけるだろう。何しろヴェルセ王国はただ今絶賛繁栄中の国だ。
父である国王はまだ若くはあるが賢王として評判の人格者。そして、母である王妃は国全体を富ませる固有魔法〈聖母〉を保有していた。
素晴らしく優秀な国王と魔法の加護をもたらす王妃の間に生まれた私は、きっと多くの者が羨む出自に違いない。
しかし、私にはこの上なく窮屈な人生に思えた。
何しろ、毎日ご機嫌取りにやって来る令嬢達の相手もしなければならない。
「ミレディア様、本日もお可愛らしい!」
「煌くような金の髪もとてもお綺麗です! これはご成長が楽しみですね!」
……まったく、歯が浮きそうなセリフをつらつらと。心の奥では一生お飾りの私を嘲っているのが透けて見えるぞ。
はぁ、本当に窮屈で退屈で死ねる人生だ……。
このように思うのはおそらく、私に前世の記憶があるからだ。
私達が暮らす大陸最大の国家、ゼファリオン帝国。私はその帝国を築いた初代女皇だった。今から八百年以上も昔の話になる。当時は戦乱の世で、一領国を治める家の長女だった私は、国と民を守るために軍を指揮して戦い続けた。いくつもの国を併合して大陸最大の規模になると、残りの国々と和平を締結。古より永く続いてきた戦乱に終止符を打った。
我ながらよく頑張ったと思う。
ゼファリオン帝国は八百年という歳月、間にあった世界の大変革も乗り越え、今も最大の帝国としてあり続けているのだから。内部では相当腐敗が進んでいるが、まあ仕方のないことだろう。前世の私はその天寿を全うするまでやれるだけのことはやった。
このような前世持ちのため、私は六歳にしてこれほど色々と考えてしまい、今の人生にも窮屈さと退屈さを感じざるをえなかった。
……ああ、これならいっそ前世の記憶なんていらなかった。そうすれば恵まれた王国の幸せなお姫様として能天気に生きていけたのに……。
馬車の外を流れる景色を眺めながら、私は心の中でそう呟いていた。
貴族令嬢達とのお茶会を終えた私は知り合いの屋敷に向かっている。私の王家と親戚の間柄にあり、最も権力を有する貴族でもある公爵家の邸宅だ。
到着後、通された部屋で待っていると程なく一人の男の子がやって来た。
「ミレディア様、ようこそおいでくださいました! 僕もちょうどお会いしたくてお伺いしようと思っていたのです!」
そう笑顔を弾けさせた彼は、私と同じ六歳の、この公爵家の長男エレアだ。私達は幼なじみであり、王国の事情もあって度々顔を合わせている。
まあつまり、エレアは私の未来の夫で次期国王ということ。彼の父は私の父である現国王の弟に当たり、母はこの公爵家を継いで元老院の首席を務めていた。
血筋も権力も他に並ぶ者がいないのだから妥当な線と言えるだろう。
当のエレア本人はそんな自分の定めなど考えていないかのようにのほほんとしている。
「相変わらずのほほんとしているな、エレアは」
私はつい口に出して言ってしまっていた。
これに彼は照れたようにはにかむ。いや、別に褒めたわけじゃないぞ。
もし私も普通の六歳児なら彼のように気楽に過ごせるのだろうか。そう思いながらも、二人でしばらく他愛ないお喋りを続けた。
ふとエレアが何か思い出したように「あ」と呟く。
「そういえば、お姉様が今ちょっと大変なことになっているのですよ」
「オルセラが? また何かしでかしたのか……」
この公爵家には長女がおり、私とエレアより五つ年上のオルセラという。昔から何かと騒がしく、貴族令嬢とは思えないほど自由奔放な人間だった。
ちょうどその時、部屋の外から何やら騒がしい話し声と物音が。
「ミレディア様が来てるって? この客間?」
ノックもしないで銀髪の少女が押し入るように入室してきた。
無作法に関してはいつものことなので特段気にならなかったが、今日は彼女の装いが格別気になった。
「……オルセラ、その格好はいったい何だ」
「何って、見れば分かるでしょ。メイド服だよ」
私が固まっているのを見てエレアが説明を始める。
「……お姉様、自由に使えるお金が欲しいと、来週からお城でメイドをするそうです」
公爵家の令嬢が、メイド……? 彼女は母親によってお金には厳しく躾けられていると知っていたが、それでもまさかメイド……?
駄目だ、私の理解の範疇を超えてしまっている。
私が頭を抱えている間に、オルセラは不満そうな顔でこちらに詰め寄ってきていた。
「ミレディア様、私のことは呼び捨てじゃなくオルセラお姉ちゃんと呼んでって言ってるでしょ」
「……無理だ。オルセラだけは、たとえ義理の姉になろうとも、口が裂けても姉と呼ぶことは不可能だ……」
「私だけはってどういうこと!」
「そのままの意味だ。他意はない」
「相変わらず失礼な従妹だね、まったく! あ、エレアもいつも通り私をお姉ちゃんと呼べばいいでしょ。ほらほら、お姉ちゃんと言ってみて」
とオルセラはエレアの隣に座ってその髪をなでなで。
「やめて、お姉ちゃ……お姉様! ミレディア様の前だから!」
どうにか取り繕おうとエレアは慌てて姉を引き剥がしにかかる。
幼なじみなだけに私は全て知っているので別に気にしないのだが。とにかくオルセラのような姉がいては苦労が絶えないに違いなかった。昔から彼女は興味のあることに向かって全力で突っ走る。自分の立場など忘れてしまったかのようなその振る舞いを私はずっとどこか羨ましく……、いやいや、ずっと呆れて見ていたんだ。
仲のいい姉弟をぼんやり眺めていると、オルセラがこちらに向き直った。
「ミレディア様っていつもどこかつまらなそうにしてるね。私みたいにやりたいことをやればいいんじゃないかな」
できるわけがない……、私は王女だぞ。
考えもなしに自分のやりたいことを押し通したりしてはならない。王女がそんな振る舞いをすれば大変なことに……。
……待てよ、それが許される立場になればいいんじゃないか?
今の私がなれるもので、王女よりも王妃よりもずっと自由が利く地位がある!
「オルセラ、感謝する!」
「お姉ちゃんって呼びなさい! あれ、ミレディア様が私に感謝なんて珍しいね」
ソファーから立ち上がった私はそのまま客間も後にした。メイドに取りつぎを頼み、同じ屋敷内にある一室へと向かう。
一際大きな扉の前で待っていると中から「どうぞ、お入りください」の声が。
広い執務室の中央に一つの仕事机が置かれている。そこで書類に目を通していた女性が顔を上げて私に視線を寄こしてきた。
「ミレディア様、エレアに会いにこられたのでは? 私に何かご用ですか?」
「はい、どうしてもルクトレア様にお伺いしたいことがありまして」
彼女はオルセラとエレアの母にして、この公爵家の当主ルクトレア様だ。元老院を仕切っていて我が父である国王も、重大な決定については彼女の同意なしでは事を進められない。
つまり、このルクトレア様がヴェルセ王国の最高権力者だった。まだ二十代後半の彼女がここに上り詰めたのには訳がある。〈導く者〉という固有魔法を有しており、未来を覗き見たりもできるらしい。その力で、孤児だった私の母の〈聖母〉を発現させ、父との仲を取り持って王妃に据えた。今のヴェルセ王国の繁栄はそうして始まっている。
この間に、まだまだ現役だった前王を退位させ、自身は父親の代をすっ飛ばして祖父から直接当主の座を奪うという荒業をやってのけていた。
こうしてルクトレア様を前にするといつも思う。前世でもここまで突出した人間はそうそういなかった。しかも現在の私は六歳の幼児。
相手にするには余りあるが、避けては通れない!
一歩前へと進み出た私は早速本題に切りこんだ。
「私が女王になる未来は、存在しますか?」




