25焦り(テオドール)
俺は王宮に帰るとマルクが待っていた。
「いかがでしたか?」
「いかんマルク。ジュリアーナが危険だ」
俺はどさっと執務室のソファに座り込んだ。
マルクの顔が強張る。
「何があったんです?」
「何があった?どいつもこいつもジュリアーナに言い寄ってるんだ!ジュリアーナもジュリアーナだ。親切にされるからって嬉しそうにへらへら笑って‥!」
脳裏に食料品店のおっさんと話をするジュリアーナを見た時。
パン屋でジュリアーナを心配して出て来た男の顔がジュリアーナに恋をしている顔に見えた時。
肉屋の男を頼りにしている口ぶりのジュリアーナを思い浮かべる、あの肉屋もジュリアーナを狙っているに違いない。
言いようのないもやもやした気持ちが込み上げて来てジュリアーナは俺の物なのにと怒りがこみ上げた。
「国王代理?大丈夫ですか?」
「マルク、お前好きな女はいるか?」
「好きな女。まあ一応婚約者がいるので、エリーナの事は好ましく思っていますが」
「まあ、いずれ結婚するんだ多少好意がなければやっていけないだろうな。そうか、結婚か」
俺はいい事を思いついたとばかりに立ちあがる。
「おいマルク、俺は結婚するぞ」
「はい?いきなりですね。それでお相手は?国王代理のお相手となると公爵家の令嬢ですか?」
マルクはものすごく真面目な顔で尋ねた。
「ジュリアーナだ。彼女はナタリア様がデヴェーラ国で婚姻してスタールクス侯爵家で生まれたがリンズベル侯爵家の血を引いている。俺の相手としても釣り合うはずだ」
「いえ、ですが、彼女は今は平民なんですよね?それに肝心のジュリアーナ様は何と?」
「今は平民でも、リンズベルの血筋の令嬢だ。そこは何とかなるだろう。が‥ジュリアーナの気持ちか‥それはおいおいと。まずは外堀から埋めて行こうかと」
「それはリンズベル侯爵に話を持って行くおつもりで?」
「ああ、カイルと話をする。何しろあいつとジュリアーナはいとこだ。そうだ。今夜一緒のジュリアーナの所に食事に連れて行くって言うのはどうだろう?ジュリアーナも親族に会ってみたいはずだ。それにリンズベル元侯爵はジュリアーナの祖父だ。きっと孫に会いたいに違いない。だろう?」
「そうかもしれませんが、やはり一度ジュリアーナ様の気持ちを聞いてからの方がいいのでは?あまり勝手をすると逆効果かも知れませんよ」
「そうか?俺は女の気持ちはほとんど読めない。じゃ、とにかくカイルに話をしておきたい。ジュリアーナにも今夜、祖父母に会いたいか聞いてみよう‥いや、その前にまず指輪を選んだ方が?いや、花束か?マルク、女が好む贈り物はなんだ?」
「いやいや、一度に何もかもなんて一番女性に嫌われますよ。まずは何度か食事に行ってデートに誘うんです。劇場とか女性用の店に行ってドレスではなく少し質のいい服や靴を買うのもいいのでは?ああ、今の時期ならば庭園もいいかも知れません。何度かデートをして‥」
「時間がかかるって事か‥」
「当たり前です。女性に自分の気持ちを知ってもらうには時間が必要です」
「時間か‥その間に他の男がジュリアーナに結婚を申し込んだら?パン屋と肉屋は絶対ジュリアーナを狙っている。でなければあんな顔でジュリアーナを見たりしない!」
「国王代理、相手は商売人ですよ。商売人と言うのは客にはいい顔をするもんです。仮に結婚を申し込んだとしてもジュリアーナ様がそれを受け入れるかもわかりません。平民の結婚と言うのはまず好きかどうかです。気持ちもないのに結婚する事はあり得ません」
マルクの言う事はもっともだった。俺はそれを聞いてやっと気持ちが落ち着いた。
午後にはカイルが執務室に来たのでジュリアーナとリンズベル侯爵家の人間を一度合わせるべきだと話をしておいた。
俺がこういえばカイルは祖父母や母親のミランダに話をするはずだ。
後はリンズベル侯爵家が動いてくれればジュリアーナに話を持って行くはずだ。
ジュリアーナだってきっと祖父母や叔母に会いたいに違いない。
夕方になって執務室にも灯りが灯る。
窓から空を見れば暮れかかった灰色の空にインクを流し込んだような雲が点在し街には橙色の光が流れ込んでいる。家の壁は暗い影を伸ばし人々は道を急いでいる。
帰る家か‥そんなもの俺には縁の無いものだと思っていたのに。
俺は急ぎの書類に目を通しサインをするとジュリアーナの所に行く支度を始めた。




