22カフェは順調です
テオドール殿下から花束が届いたのも驚いたけどまさかカフェに現れるとは思っていなくて訪れた時は本当に驚いた。
まず思ったのはどうして? それにはっきり言って迷惑だった。私は二度と貴族と関わる気はない。
でも、下手に逆らって不敬にされるのも困る。適当に距離を取って相手をするしかないと考えた。
しばらくは殿下がいつ来るか身構えていたが、数日してもそんな気配はなく安堵した。
カフェは思っていたよりお客さんの入りも良く順調だった。毎日の日替わりランチも好評だし、ケーキセットも人伝に聞いたらしいお客さんが増えている。
仕入れは繁華街の食料品店からしていた。食料品店のご主人のゲイルさんは50代のおじさんで奥さんも気やすくて優しい人でいつもおまけをしてくれる。でも、最近奥さんは調子が悪いってぼやいている。他にもパン屋のリックさんは腰を悪くしたお父さんの後を継いで頑張っている。肉屋のウィルさんは配達がてらランチをよく食べて行く。
そうやって顔見知りが増えた。
ところがある頃から肉やバター、チーズ、小麦粉などが品薄になり始めた。
ウィルさんに尋ねると最近、貴族の屋敷からの注文が多くなったと言う事で、生肉や乳製品などをまとめて買っていくらしい。そのせいで一般の人に売る品物が減って来ているらしい。
「心配するな、リアナの所にはって言いたいが何しろ品物がなぁ‥」
ウイルさんが配達の時に渋い顔で言った。
「ええ、もちろんです。ウィルさんも大変でしょう。私も何とか他の者でメニューを考えますから」
「そりゃ、また楽しみが増えたな。そうだ。チキンは俺の知り合いがいて手に入るから心配するな」
「それは助かります。でも、いいんですか?」
「当ったり前だろ!じゃ、リアナも頑張ってな。俺も何とかやりくりするから」
そう言ってウィルさんは帰って行った。彼は一度結婚したが離縁して今は独身らしいがあんないい人なのにと思う。
「メイア、困ったわ。肉が手に入らないとなると保存のきくハムやソーセージを使うしかないかしら」
「そうですね。一番人気の煮込みハンバーグが出せないとなると困りましたね。それにバターやチーズもですし」
メイアも困った顔でぼやく。
「ねぇ、メイア、ミルクはある程度手に入るみたいだからバターは作れるでしょう。それに簡単に作れるクリームチーズもいいわね。でも、ウィルさんがチキンは手に入るって言ってたから、肉はチキンをメインにして後はハムで代用が出来るドリアがグラタン、ピザもいいし、そうだ!マヨネーズも作ってポテサラとか」
前世の記憶からレシピがいくらでも思いつく。それに節約料理ならいつも作ってたから。
粉屋で米を見つけた時には飛び上るほどうれしかった。
これを食べるって言ったら店主が驚いた顔をした。米は家畜のえさにするのだとか。なんてもったいない。
こうして肉があまり手に入らなくはなったが【キャット】のランチセットは人気だった。
米が手に入ったのでドリアはもちろん、オムライスのデミグラスソース掛けやリゾットにパエリア風のものまで肉の代わりにベーコンやソーセージを代用して他にもトマトソースやスパイスを使って味にアクセントを添えたりした。
「リアナ。あんたが作る料理はまじうまいな。それにこんな料理食べたことがない。どこで知ったんだ?」
なじみ客のバートンさんが尋ねる。彼は奥さんを失くした少し年配の男性。
「料理を作るのが好きで、ほとんど創作料理なんです。でも、バートンさんやお客さんが美味しいって喜んでくれるとすごくうれしいです」
まさか前世の記憶があるんです何て言えるはずもない。
クスッと笑いながら答える。
「自分で考えたのか?あんたすげぇな。これからも俺たちの為に美味しい料理作ってくれよな」
「ありがとうございます。頑張りますね」
「そりゃこっちのセリフだ。ごちそうさん。また明日も来るからな」
「はい、明日のランチは春巻きを出そうかと思ってますから楽しみにしててください」
「そりゃ、楽しみだ」
バートンさんはその日きれいな花束を持ってきてくれた。奥さんが花が好きで家の庭にたくさんの花が咲いているらしい。彼は豪快に笑うと店を出て行った。
店が終わると夜は明日の仕込みで忙しい。
でも、メニューを考えるのは楽しい。新たに新商品の春巻きを考えている。
春巻きの中身は、チキンをつくねにして甘辛醤油味のもの、ポテトサラダとベーコン、コーンコロッケにドライカレーをおにぎりみたいにぎゅっと巻いたもの、それにリンゴのコンフォートにシナモンをいれたら‥あっ、これケーキセットで使えるかも。
それに野菜のスティックサラダとか出したら女性のお客さん喜ぶかな?
ほかにもポテトサラダサンドや卵サンドにスパゲッティをパンにはさんでもいいかも。どれも美味しそう。
いっそ、照り焼きハンバーガーとか。そうだ。チキン南蛮とか?タルタルソースがたまらないのよ。はぁ、よだれ出て来た。
思い付きで始めた照り焼きバーガーとチキン南蛮タルタルソース付きはとんでもなく人気が出た。
毎日開店と同時にバーガーは飛ぶように売れた。おかげで最近は疲れ気味。
それでも毎日が楽しくて時間があっという間に過ぎて行った。
そんなある日テオドール殿下が来ると知らせが来た。
その日も忙しい一日がやっと終わりカフェが閉店した。
「リアナ。今日は殿下が来られるんですよね?そろそろ着替えてきてください」
メイアが言った。
私は動きやすいワンピースにエプロン姿だ。殿下に出す料理はオムライスのデミグラスソースがけと野菜たっぷりのポテトサラダ、それにアップルパイ風春巻きと最近人気のプリンだ。
準備はほとんどできている。後は殿下が来られてからオムライスを作って春巻きを仕上げるだけだ。
「これでいいわ、殿下は料理を食べにいらっしゃるんだしこのままで」
「でも、せっかくですから」
「メイアだって私がそんな気がないって知ってるでしょう?変に誤解を招くようなことはやめておくわ」
それでも髪を少し整え淡い紅をさした。
賑やかな通りを一本入った道路は、空の色が薄藍色になると一気に人気がなくなる。馬車の行きかう音も人の急ぐ靴音もここまで届かなくなる。
窓から見える景色は夕暮れの色を纏いどこか寂し気だ。
ふと、バルハン公爵家での日々が脳裏をかすめた。
忙しい執務に疲れて外を見る。夜と言うにはまだ早いでもそろそろ人寂しいそんな薄青色の景色をよくひとりで眺めていた。
根を詰めて疲れた目頭を押さえているとじわりと疲れがにじみ出る時間だった。
寂しい。そんな気持ちが沸き上がり。ダリルと言う夫がいる事を思い出した。確かに婚姻はした。
でも、彼との間にはいつも見えないガラスの壁があって執務のことや天気の話、夜会の予定など必要最小限の会話はするけどそれ以上の会話はなかった。
悲しいのではない。でも、時には何でもなく甘えたり弱音を吐いたり抱きしめられたりしたいと思った。
もう、過ぎた事よ。
最初はダリルは優しい人だと思っていた。でもそうではなかった。
あんな態度を取られるよりはっきりと拒絶された方がずっと良かった。
もっとひどい拒絶をされていたらおかしな期待もしなかった。必死で公爵家を支えようとも思わなくて良かった。
でも、離縁を告げられた時以外にもすんなりと受け入れられた。もう、限界だったのだと思う。
そして私はやっと自分の居場所を見つけた。
今はすごく幸せだ。
馬車の音がした。窓を見ると豪奢な馬車でなく黒塗りの馬車が入って来た。
馬車が止まると中から髪を整え正装ではないがきちんとした姿のテオドール殿下が降りて来た。
人は少ない。最小限の護衛がいるだけらしい。
私とメアリは急いで迎えの準備をする。髪を撫ぜつけ鏡で一度乱れがないか確かめた。
カラカラ
すぐに扉が開く音がした。
テオドール殿下が1人で入って来た。護衛は外に立ったままだ。
「いらっしゃいませ」
「久しぶりだなジュリアーナ。今日は朝からここに来るのが楽しみだった。おや、なんだか疲れてないか?」
テオドール殿下が覗き込んだ。整った銀髪がはらりと落ちた。その隙間から紫色の柔らかな瞳が見える。少し眉を寄せた。目元は柔らかだが唇は引き結ばれた。
心配してるの?
「とんでもありません。殿下にお越し頂けて光栄です」
とんでもない美麗な男性に見つめられて心臓がバクバク脈打つ。
「さあ、どうぞお席にご案内いたします」
メイアが気をきかせてくれた。
「ああ、ありがとう」
殿下はふわりと微笑みを浮かべて席についた。




