19廊下で最悪な出会い(テオドール)
国王と話を終えて俺とマルクは王の執務室を出た。表には俺の護衛が控えている。
王の側近がすぐに部屋に案内すると言って執務室から慌てて出て来た。
「こちらは話が済んだのでもうお暇させて頂こうかと」
もちろんさっきの国王との会話は魔道具を使って録音してある。後で話を覆されてはたまらないからな。
「そのようなわけには行きません。このまま殿下をお返しするなどとんでもないことにございます。それに、もうすぐに日が暮れます。どうか今夜はごゆるりと旅の疲れを癒して頂くようにと陛下も申しておりますので」
そこまで言われれば逆らうのも逆効果だと滞在する事にする。
側近がすぐに使用人に案内を頼むで俺達は王宮内の客間に案内された。
その途中でカトレーヌと出会った。
「こんなはずじゃなかったのに!お父様に言って何とかしてもらうんだから!!」
カトレーヌは豪華なドレスを身にまとい一寸の乱れもなく髪を整えているが声はいきり立っていてふるまいは乱暴だ。
止めようとする侍女の手を払いのけ持っている扇子を振り回しとてもじゃないが淑女とはいえないそぶりだ。
そしてカトレーヌの目が俺を捕らえた。
「えっ?て、テオドール。‥‥どうしてあなたが?」
そりゃ驚くだろう。自分が禁忌の魔法で猫にした男が目の前にいるんだ。
「ずいぶんな言い草だな。俺を猫に変えておいて」
「っつ!そんな。知らないわ。私はあなたがいなくなってどうしようもなかったのよ。義理父様からはお前のせいだって言われ離縁しろと脅されて、それで仕方なくわたしは‥」
怯えたように身体を震わせ瞼を少し伏せ唇を歪ませる。
「よくもそんな嘘が‥平然としていられるな。全部証拠は挙がっているんだ。お前が騎士と浮気していたことも侍女をいたぶっていたことも、そして裏ギルドで禁忌魔法を使えるものを雇った事もな!」
「なっ!そんなの出たら目よ。勝手に離縁したのは認めるわ。だからってそんな嘘を」
言い合いが廊下に響いていたのだろう。
「カトレーヌ!いい加減にせんか!」
気づけば国王がいた。
「おとうさま!違うんです!わたしは」
「この期に及んでまだ言うか。キルナート国で辛い目に遭ったんだからと婚姻していたダリルが離縁してお前と一緒になる事も目をつむった。お前にダリルの元妻を王都に置いておけば火種になると言われてメートランド辺境伯に王命で婚姻をしいた。考えればすべてお前のわがままだ。ダリルがお前を好きだった事を利用して離縁までさせてその妻を追いやり‥私はばかだった」
俺は知らない事実を聞かされながらダリルも被害者だが、その妻があのジュリアーナだとは知っていた。
メートランド辺境伯は俺が世話になっていた頃は温厚で優しく頼りがいのある人だった。だが、俺が去ってから妻を亡くし息子を亡くしてからはまるで人が変わったと聞いた。
寂しさからか女と見れば見境なく言えに連れ込み、気に入らないものはバッサリ切り捨ててしまうと伝え聞いていた。
彼の心の苦しみは分からなくもないが、いい加減目を覚ましてほしいと思っていた。
一度訪れてはみたかったが、何しろこちらも手一杯だった。
カトレーヌは当然黙ってはいなかった。
俺たちはその場でふたりの会話を聞く羽目になる。
「違うわ。お父様。ダリルの妻は、奥様は喜んで離縁したのよ。あの方とダリルは最初からうまく行っていなかったわ。だってダリルは私が忘れられなかったの。だからジュリアーナ様は離縁出来て喜んでたはずよ」
「そうか。だが、お前はその人を辺境に追いやった。そこまでする必要があったのか?」
「だって、あの女、私を侮辱したのよ!それなのにダリルったらあの人に宝石や慰謝料も与えて‥だから」
「だが、カトレーヌお前はやり過ぎた。考えてみろ。テオドール殿下との離縁をお前は勝手に行って、ダリルをそそのかして離縁に持ち込んだのもお前だ。そしてジュリアーナとか言う女性の未来までもお前の勝手で決めたんだ。屈辱された?お前が先に相手を傷つけたからではないのか?」
「ダリルが自分で離縁すると決めたのよ。私が‥あっ」
カトレーヌは思わず扇子を口元に宛てた。何か思い当たる事でも思い出したのだろう。
「なんだ?思い当たることでもあったか?人も心を弄んでその心の隙に入り込み。それで今日はどうしてここに来た?さっきから随分と不躾な声が聞こえたが」
カトレーヌの顔がハッとしていきなり甘えた声にすり替わった。
「お父様、聞いて。ダリルったら酷いの。私が無駄遣いばかりするって言うの。私は王女よ。少しくらい値の張るドレスだって、それに宝石だって必要でしょう?それなのにしばらく控えてくれって言うのよ!ひどいでしょう?」
俺は顔をしかめた。
そんな事をわざわざ国王に言うためにここに?さすがカトレーヌ。思考も行動も普通ではない。
さらに。
「それにダリルったらジュリーアナには一千万ルルも慰謝料を支払ったのよ。それなのに私のドレス代は出せないって!ねぇ、お父様これが許せると思う?」
俺はカトレーヌの調査をしていて彼女がデヴェーラ国に帰ってすぐに元の護衛騎士とよりを戻したと知った。だが、こんな事情だったとは思ってもいなかった。
婚姻していた相手を横取りして、相手の妻を辺境領に送りそして今もなお贅沢が出来ないとぐだを巻いている。
この女の神経は一体どうなっている?
いや、理解出来るはずがない。こいつは人間ではない。二度とカトレーヌには関わりたくない。
それにバルハン公爵とジュリアーナが婚姻したとは知っていた。なぜなら俺は子供の時知り合ったジュリアーナがずっと気になっていたからだ。
淡い初恋とでも言う感情なのだろう。だから時々彼女の様子を知りたいと思って調べさせていたのだ。
でも、知らされる事実はいつも俺の心を曇らせた。彼女は母を失くしてから幸せの遠くにいると感じた。それでも俺が何かする権利もない事だと思っていた。
そんなジュリアーナをカトレーヌが妻の座から追い出し辺境に追いやった?
今は酷い有様になったあの辺境伯の元にジュリアーナが?
俺はすぐにメートランド辺境伯の所に行くことを決めた。
考えてみれば俺が誰かの為に行動を起こすのは初めてだ。改めてジュリアーナが俺にとって大切な人だと気づいた。
それに引き換えこの女。ったく、どうにかならないのか。
俺は侮蔑の目でカトレーヌを見る。
「ずいぶんと賑やかな事だ。私的な話は部屋でされた方がいい。私達はこれで失礼する。国王陛下、条約はこれまで通りで間違いありませんね」
国王ははっと我に返った。
「これはお見苦しいところを見せた。ああ、もちろん、今までと変わらない取引をする。鉱脈の支援もキルナート国への支援も帰るつもりはない。テオドール殿下これでカトレーヌの不始末を許してくれるか?」
「はい、もちろんです。寛大な国王陛下の決断に感謝いたします。今後もお互いの国の発展に尽力を尽くす事をお約束します。それと余計な事ですが‥先ほどのバルハン公爵の元奥方の件ですが、王命を取り下げられてはいかがかと思います。いくら何でも少しやり過ぎの気がします」
「ああ、私もそのつもりだ。もう、二度とカトレーヌの言う事は聞かん。安心してくれ殿下に迷惑はかけない」
当たり前だと心の中でつぶやく。
「ご厚意ありがとうございます。もう二度とカトレーヌには関わりたくありません。どうかそこはご理解ください。では、失礼いたします」
最後に国王に念を押すと俺たちはさっさと王宮を後にした。




