16王宮に急ぐ(テオドール)
俺は猫から人間の姿に戻ってとにかく王宮に急いだ。
猫の姿にされてもう3カ月ほど過ぎていた。それにさっき聞いたカトリーヌが離縁して国に帰ったのが事実なのかもまだ受け止められていない。
半信半疑で王宮の城門で護衛に名乗ると護衛は驚いた。
「で、殿下。おい、殿下がお戻りだ。すぐに知らせを‥殿下よくぞご無事でエリウス国王陛下がどんなに心配をされていたか」
「父上が心配など‥」
俺の母はハルビート公爵令嬢で国王の正妻。王妃だった。そして俺が生まれて俺は王太子として育てられた。
でも、王妃である母は俺が5歳の時病でこの世を去った。父上は母を愛していたのだろうが、やりきれない寂しさを別の女で紛らわせ始めた。
次々に妾を作り子も産まれた。
俺には7歳違いの弟ディオンがいる。ディオンの母は伯爵家の女で彼を産んだことにより王妃となった。いつも父のそばに張り付いている。
その頃から俺は邪魔な存在として扱われ始め、父も母に似た俺の事が疎ましかったのだろう。俺は次第に居場所を失くしていった。
キルナート国は質実剛健などとうたわれているが、その実裏では貴族たちは秘かに贅沢をしている。
表向きは品のあるペンダントの内側に豪華な宝石を埋め込むとか、ラベルは通常のものだが中身は年代物の高級ワインだったり、キルナート産の子羊肉だとラベリングされた肉が実は隣国の特別な製法で育った高級肉だったりと表向きは質素を装い裏では贅沢な暮らしをしている。それが今のキルナート国の貴族の現状だった。
国王である父も幼いころから質素倹約を押し付けられた反動か、母が亡くなると欲望も赴くままの行いをするようになった。
見たこともないような豪華な料理を平気で食べたり妾に豪華な宝石を買い与えたりしていたらしい。
前国王の頃からの古株の側近であるセバスチャンは何度も苦言を呈したが、父は止めなかった。そして始まったのが表向きは質素に見える工作だった。
それに倣ったのが貴族たちだった。
そんな中、俺が8歳の時、俺の暗殺未遂が起きた。食べ物に毒が入っていた。俺は瀕死の中何とか命は取り留めた。だが、このまま王宮にいるのは危険とハルビート公爵は判断した。
俺はハルビート公爵家の助けで王家の親族であるリンズベル侯爵家に預けられる事になった。だが、そこでも命を狙われた。
リンズベル侯爵は俺をデヴェーラ国の辺境領に預ける事にした。
俺は8歳から7年間デヴェーラ国のメートランド辺境伯の元で暮らした。名前はセバスチャン・リンズベルと名乗る事になった。
ルーカス・メートランド辺境伯はリンズベル侯爵とは友人でリンズベル侯爵の娘が駆け落ちしてスタールクス侯爵と結婚している事も知っていた。
国境の守りをしていると色々な事情が見えるらしい。
リンズベル侯爵は決して娘の事の様子を聞いたりすることはなかったが、メートランド辺境伯は王都に出向いた時には、スタールクス侯爵家を訪ねる事にしていたらしく妻のナタリアの様子を気にしていた。
初めて王都に出向いてスタールクス侯爵家を訪れた日、俺は事情があってリンズベル侯爵預かりの子だと伝えられた。
メートランド辺境伯からは ”お前が世話になっているリンズベル侯爵のお嬢様だ。よく覚えておけ”と言われた。
ナタリア様は銀色の髪で紫色の瞳。キルナートの王族の色をしていた。
俺も銀色の髪で紫色の瞳だったがナタリア様は何も聞かなかった。すぐに事情がある子供と思ったようだ。
「あなたお名前は?」
「セバスチャンです」
あえてリンズベルとは言わなかった。
「うちにも娘がいるのよ。ジュリアーナって言うの。一緒に遊んでくれる?あなたみたいなお兄さん喜ぶと思うわ」
ナタリア様は髪色の事など何も聞かずにジュリアーナと遊ぶように言ってくれた。
ただの子供として俺を受け入れてくれたのだ。
ジュリアーナは確か5歳くらいだった。案内された部屋に入ると彼女は名前を名乗りきれいなお辞儀をした。
「ジュリアーナ・スタールクスでしゅ」
「僕はセバスチャン・リンズベルです。どうぞよろしく」
「こちらこしょ」
リンズベルと聞いて何の反応もしないので少し驚いたが、すぐにこの子には実家の事を話していないのだと思った。だから俺も知らないふりをした。
庭で一緒に遊んでいるうち子猫が木の上に上がって降りられなくなっているのを見つけた。
ジュリアーナはすぐに駆け寄り子猫を呼ぶが子猫は怯えるばかり。
「俺が助ける!」
俺は靴を脱いで木によじ登り子猫を捕まえた。そっと枝を伝って下りたが、最後の一枝を踏み外した。
どたっ!
俺は落ちた時ジュリアーナを巻き込んでいた。一緒に土の上に転がってジュリアーナを下敷きにしていた。すぐに跳ね起きてジュリアーナに手を差し出した。その頃の俺はすっかりいじけていてまた怒られる。またひどい言葉を浴びせられるとびくびくしていた。
それでもこんな小さな子に怪我でもさせていたらと。
「ジュ、ジュリアーナ?大丈夫か!ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ。しっかりして」
パッチと紫色の瞳が開いて俺に手を伸ばした。
「ううん、わたしこそょ、ごめんなしゃい。子猫をたちゅけてくれてありがとう」
素直なお礼の言葉に胸が熱くなった。
でも、それは人としては当たり前の言葉だろうがあの頃の俺に取ったらそのありがとうは天から差し込む一筋の光くらいの感動だった。
「いや、そんなの。いいんだ。それより怪我はない?」
ジュリアーナは立ちあがるとくるりと自分を見た。
「うん、どこもいたくにゃい。ふふ、子猫逃げちゃったね。でも、セバスチャンたちゅけてくれてありがとう」
「お礼はさっきも言っただろう。何度も言わなくても‥」
俺はすごく照れ臭かった。でも、すごくうれしかった。
「だって、セバスチャンすゅごいんだもん!ありがとう」
そう言うとジュリアーナが背伸びして俺の頬にキスをした。俺は照れ臭くて飛び跳ねた。
「だから、もういいって、さあ、服が汚れたな。着替えなきゃ。俺が連れて行ってあげる」
柄にもなく手を差し出した。ジュリアーナは俺の手をぎゅっと握って一緒に屋敷に戻った。
王宮に向かう間、そんな記憶が蘇った。
ジュリアーナ元気にしてるかな?もう26歳くらいか。とっくに結婚して子供もいるかもな。
何だかふっと寂しい気がした。
15歳までは辺境領で穏やかな暮らしだったが、15歳になって父であるエリウス国王から呼び戻された。
そして俺は王太子に正式に任命されそこからは誰も俺を軽々しく扱うことはなくなった。
いや、そのあからさまな態度の変わりようと言ったら、高位貴族たちの下心満々の笑顔。令嬢たちのねっとりとした視線や媚を売るような言葉や態度に本心が透けて見えてどんな美しい令嬢にも心がときめくことはなかった。
ただ、流されるままに生きていたと思う。
何度も婚約の話が出たが俺は断り続けた。そして父からの王命に近い婚姻が決まってしまった。
それがデヴェーラ国王女のカトレーヌとの婚姻。
王族や貴族たちの裏ではびこる贅沢のせいでキルナート国の国庫はもはや崩壊寸前だった。
少し前に新たな鉱脈があることが分かったが何しろ国には金がない。
そこに援助を申し出て来たのがデヴェーラ国だった。デヴェーラ国はキルナート国の技術が新たな鉱脈の権利が欲しくてたまらなかったのだろう。
父はデヴェーラ国と契約を交わしキルナートの支援と鉱脈の開発の権利半分を渡す条件で俺を売った。
おまけにカトレーヌ王女は純潔でもなかったし、わがままで贅沢ばかりを好む腐った女だった。
俺は政略結婚だと言い聞かせて何とか彼女とベッドを共にしようとしたが、どうしてもその気にはなれなかった。
何度かの失敗でカトレーヌとの関係は悪くなるばかりだった。
そしてとうとう浮気の現場を見つけて、いくら何でも王太子妃が浮気など許せる話ではない。
俺はやっと自分の意志で離縁を決めた。
そんな時に魔法で猫にされた。
この国には魔法を使えるものはいない。隣国に魔法を使えるものがいるとは知っていたがこんな魔法は禁忌魔法のはずだ。
俺は必死で自分はテオドールだと訴えるがそんなもの分かるはずもなく俺は王宮から追い出された。
それから3か月、王都を彷徨い腹をすかし何とか魔法を解く手立てがないかと彷徨っている時にあのリアナとか言う女性に出会った。
まったく、運が良かった。とにかく王宮に戻ったらすぐにカトレーヌとの離縁を確認してデヴェーラ国との関係がどうなっているか調べる必要がある。




