15カフェ開きます
テオドール王太子の事はすごく驚いたが、でも、彼は高貴な身分、しょせん平民の私が関わることもないだろうと思っていた。
それからすぐにカフェを出すことを決めてテーブルや椅子、キッチンにもコンロや保冷庫や食器などを揃えた。
繁華街にはない、ちょっとしたお昼とのんびり過ごせる午後をコンセプトにしたカフェにするつもりだ。
居間の壁を一部取りはらいキッチンと店になる場所を繋ぎ、カウンター式のいわゆる学園の食堂のように配膳台から客が自分で料理を受け取ってテーブルに付き食べ終わったら食器を戻してもらう形式をとる事にした。
店の中央には大きな楕円のテーブルを置き窓の周りにテーブルと椅子を置いた。
所々にハーブの鉢植えとランプを置いた。
ランチにはサンドイッチと日替わりセットを用意してに飲み物も付けることに、午後にはケーキ付の飲み物を用意した。
そして飲み物はいわゆるドリンクバーにしてお替り自由とすればこちらがいちいち動く必要もない。
私からしたら当たり前だったが、この世界ではドリンクバーや料理と飲み物がセットになっているのはなかった。
だって料理を作るのがメイアと私だけだからたくさんの種類の料理が作れないのも理由の一つだった。
他にも皿を洗ったり飲み物の補充などもやる必要がある。
でも、人を雇うのも面倒だから。
カフェの準備は10日ほどで整った。
店の名前は【キャット】メイアから意味はって聞かれて「テオドール殿下」って言うと「まあ、不敬ですよ」って叱られた。
店の名前に特に意味はなかった。思い付きで始めたようなカフェだから名前も思いつきで決めた。
もちろん責任もってきちんとやるつもり。
その間に料理やケーキの練習をしたりチラシを作って馬車乗り場や人通りの多い場所でチラシを配った。
開店初日、11時の開店前には20人ほどの行列が出来た。
夢に見たカフェの開店で私は結構興奮気味だった。
「メイア、私、人生で一番興奮してるかも」
「バルハン公爵と離縁した時より?」
「足元にも及ばないわ」
「王命で辺境伯との婚姻が決まった時はどうです?」
「相手にならないわ」
「では、辺境伯に襲われた時は?」
「ああ、でも、今の方がスリルがあるかも」
「最後に国境を越えた時はどうです?」
「ええ、あの時に私は生まれ変わったの。メイア新たな時代の幕開けよ。ふふ」
「そうですね。お嬢様私もすごく楽しみです」
「メイアったら、私はリアナよ。今日からまたよろしくね」
「こちらこそ、でも、ご無理はなさいませんように」
「それはメイアもね」
私達は互いに見つめ合いこれから始まる新たなわくわくに胸が躍っていた。
開店の日にはおおきな花束が届いた。送り主はテオドール殿下だった。
うわ、彼きっと私がカフェを開く事を調べたんだ。だから花束を贈ってくれた。でも、来たりしないはずよね。
まさかよ。あんな人が来るはずがない。
私は迷惑と思いつつもお祝いの花束はうれしかった。誰かに門出を祝ってもらうのは嫌ではない。
花束は店の中央にある大きなテーブルの横に置いた。もちろんテオドール殿下からのカードは外してある。
開店と同時にお客さんが店に入って来た。
すでに表には店のシステムの説明を書いた看板があって客はカウンターに押し寄せた。
ドアにはカウベルを取り付けて扉が開くとカラカラと心地よい音がしたが、客の多さに緊張がぐっと高まる。
「いらっしゃいませ。カフェ、キャットにようこそ。ご注文がお決まりの方はこちらでお願いします」
声が裏返りそうになる。しっかり私。
「あっ、俺、ランチセットを」
「私もランチセット。飲み物は自由なんですか?」
「はい、こちらに用意してある中から選んでいただいて何杯でもおかわりは自由です。その代りセルフですのでご自分で入れて頂くようになっています。よろしくお願いします」
うん、なかなかいい調子。
「じゃ、先に飲み物を飲んで待っててもいいのか?」
後ろから男のお客が尋ねる。
「お客様申し訳ありませんが注文が終わって席に着いてから飲み物を取りに来ていただくようにさせていただいておりますので」
自分でも驚くほどスラスラと言葉が滑る。前世の接客の経験値が役に立ってる。
「本日は開店で込み合うと思いますがどうぞよろしくお願いします。さあ、次の方ご注文をどうぞ」
メイアが機転を利かせて客に声をかけてくれた。
「まあ、仕方ねぇな。皆な順番に並べよ」さっきのお客さんがそう言って客を並ばせてくれている。
「ありがとうございます。ここは私がリアナは料理にかかって」
「ええ、メイア。任せるわ」
二人の息はピッタリ。
今日のランチセットは煮込みハンバーグ。思っていた通りランチセットの注文が次々と入っていた。
良かった。予め10個は出来上がっていた。次も今煮込み中。私はそれを皿に盛り付けるとすぐにテーブルに運んだ。
お客さんの反応はばっちり。前世でも良く作っていた特製デミグラスソースの煮込みハンバーグ。
お客さんは2時間ほど絶えることなく店は満席状態で、仕込んでいた煮込みハンバーグも完売した。サンドイッチも売り切れランチは終了。
午後のケーキセットもあっという間に完売した。ちなみに今日のケーキはチーズケーキ。昨日3ホール焼いたがこの分だと5ホールくらい必要かも。
夕食をやらなくて良かった。
カラカラ
へとへとになって椅子に座り込んでいると扉があいた。
「ケーキセットはまだあるか?」
そこに入って来たのはあのテオドール殿下だった。
「て、テオドール殿下?どうしてここに?」
「改めてお礼に来るって言っただろう。でも、驚いた。カフェをオープンしたなんて聞いてないぞ」
今日はきちんとしたスーツに髪はきちんと整えられた見目麗しい殿下がにこやかに笑っている。
私は内心ドキドキが止まらなくなる。だって、こんなの見せられたら誰だって!目はハートになっているかもしれない。
もう、年齢は26歳にもなる出戻りだと言う事を忘れてないでしょうね?現実を見ろと脳内で必死の攻防戦が。
「でも、それは殿下には関係ない事で‥それに申しわけありませんがケーキセットはもう完売していますのでお引き取りをお願いします」
殿下はきゅっと眉を寄せた。
「いや、そういうわけにはいかない。君は俺の恩人だ。それなのにこのまま引き下がるとでも思ってるのか?あっ、それに君の事調べた。リアナってリンズベル侯爵家の令嬢じゃないか。ナタリア様って言う令嬢がデヴェーラ国でスタールクス侯爵と結婚して生まれたのが君だろう?でも、名前は確かジュリアーナって報告を受けたが?もしかして私に嘘をついたのか?」
怒っているようには見えない。でも、纏っている雰囲気には確実に獲物をしとめようとするような、言い逃れはさせないような威圧感がある。
「も、申し訳ありません。お嬢様は決してそのようなおつもりではなかったのです。ただ、このキルナートで新たな人生を穏やかに過ごしたい、その一心で‥」
メイアが頭を上げて謝る。
「俺は怒っているわけではない。彼女には感謝の気持ちばかりだ。ただ、それほど私が信用がなかったのかと思えたのでつい。すまない。ジュリアーナでいいんだよな?」
私はぎゅっと唇を引き結ぶ。
この人に嘘は付けない。
「申し訳ありません。事情はメイアの言った通りです。私はこの国で穏やかに暮らして行きたいだけです。貴族令嬢に戻る気もありません。だから、お礼などいりません。どうかお引き取りを」
「そういうわけには行かないだろう?いや、怒ってなんかないんだ。ただ、俺の気持ちが収まらないだけで。でも、さすがだな。俺が王太子と知っても態度を変えないとは‥まあ、俺が出入りしていると分かれば店にも迷惑が掛かる。今度お忍びで来るからランチセットを残しておいてくれないか?」
「ですが‥お客様がたくさんいらっしゃればきっと殿下だと‥」
「ふ~ん。そうか。では、店が終わって特別にランチセットを出してはもらうと言うのは?どうだ?」
「‥あの、それでは殿下が直接来ていただかなくてもお弁当を作って従者の方に取りに来ていただければいいのでは?」
チッ!
殿下が舌打ち?したよね。今。
「それじゃジュリアーナに会えないだろう。俺は君に会いたい‥いや、何でもない」
なぜか殿下の耳が赤い。
「とにかくここに来る。いいな。来るときは先に知らせを出す。それなら問題ないだろう?」
鋭い視線を向けられて何も言い返せない。
「はい、わかりました」
難しい顔だった殿下の顔が子供みたいな笑顔になる。
「ああ、頼んだ。では、今日は帰る」
殿下はそれだけ言うとさっさと店から出て行った。
悪い人ではなさそうだ。でも、また面倒に巻き込まれるのはごめんだ。




