12国境を越える
宿の食堂を出るとイアン達が馬を連れて来た。
「馬車は置いて行きましょう。そうすれば夕方にはキルナートの王都ヤガートにつけますから」
「イアン、ジュリアーナに馬に乗れと?」
メイアの声が強張った。怒っている。
「ええ、その方が安全で早いんです」
「だとしても」
「今この時にでも辺境伯が追いかけて来るかも知れないんですよ。国境までは一番早い方法で行くべきです。それに馬なら今日中にヤガートに辿り着けます」
「ええ、イアンに言うとおりね。でも、私一人で馬に乗れるか自信がないわ」
「大丈夫です。俺の馬に乗ってもらいますから」
えっ?それって相乗り?脳内でその光景を想像してみる。身体がかなり密着するのでは?
「イアン!そんな事出来るわけがありません」
「でも、他に方法はありませんよ。それに俺だけじゃなくダニエル達にも交代でお嬢様を乗せてもらいますから、その方が馬も疲れませんし、あっ、ご心配なく。メイアさんもちゃんと乗せますから」
メイアがイアンを睨むがイアンの言っている事は正しいと思えた。
「仕方ないわ。メイア、イアンの言う通りなんだしこんな所で言い合っている時間も勿体無いわ。さあ、急ぎましょう」
イアン達は私達が乗って来た馬車を預け馬車の馬も連れて来た。これで馬は4頭になった。一頭は交代ようにしてイアンの馬に私は乗り、ダニエルの馬にメイアが乗った途中で馬を変えたりロイドの馬に乗る事にしてマトスを出発する事に。
私は乗馬の経験はあった。でも、それはほんの嗜み程度でこんな状況で1人で乗る自信はなかった。
それにしても背中はイアンの身体に密着していて恥ずかしさと気まずさが半端ない。
「お嬢様、どこか不都合な所はありませんか?」
低音だけど優しく気遣いのある問いかけに私の身体はピクンと反応する。
自然に腰に回された手に戸惑いを覚えるが、これは必要不可欠な事だからと言い聞かせ「え、ええ、どこも痛くもないし、大丈夫よ」とこたえる。
気まずさから言葉は早口になった。
「良かった。さあ、しっかり手綱を掴んで少し揺れますが絶対落としたりしませんから安心して下さい」
安堵したらしいイアンはさっきよりしっかりと私の腰に手を回した。
「ええ」
怯えを隠すように私は背筋を伸ばした。
クスッと笑い声が聞こえたけどそれを見返す余裕もなくて私はぎゅっと手綱を握りしめた。
「ジュリアーナ、本当に大丈夫ですか?今なら馬車に変えることも出来ます」
メイアもロイドの馬に乗っていながらそう尋ねる。
「大丈夫よ。メイア、イアンに失礼よ。ねっ、イアン。あなたに任せてもいいのよね?」
気恥ずかしい気持ちやこれからの不安、馬への恐怖。何もかもがないまぜになった気持ち。でも、後戻りはしたくない思い。
きっと大丈夫と私は心に言い聞かせた。
そうやって途中で休憩を挟みながら国境に着いた。
国境では身分証を見せた。
「キルナートには何を?」
検問官が尋ねた。きっと通常の問いかけなのだろう。それに護衛を連れているとしても貴族の令嬢だけで国境を越えるのは珍しい事なのだろう。
メイアが質問に答える。
「お嬢様のご母堂はキルナート出身でして祖父の具合が悪くお見舞いに向かう所です」
「それはご心配ですね。それでどちらのお家で?」
「はい、リンズベル侯爵家です」
「リンズベル家ですか、それは失礼しました。どうかお気をつけて」
「ええ、ありがとう」
メイアのお陰で国境を無事に越える事が出来た。
「リンズベル侯爵家って?」
心の声が漏れていた。
「お嬢様知りませんでした。リンズベル家は歴代キルナート国の騎士団長を務める由緒ある家柄ですよ」
「騎士団長を?そうなの。私ったら何も聞かされていなかったの。本当にお父様ったら酷いわ」
次々に知らされる真実に驚きと怒りが沸き上がる。
「旦那様は奥様を愛していらっしゃったんですよ。辛くて言えなかったんじゃないんですかね」
「…イアン。そろそろ馬を交代した方がいいわ」
「えっ?でも、まだ早くないですか?」
「でも、切りがいいし」
「そうですか」
「イアンお嬢様がそう仰ってるんだ、今度は俺が乗せますから」
そう言ったのはロイドだった。いつもは控え目な彼が珍しい。




