11辺境領の宿で
私とメイアはまだ明けきらないうちに辺境伯の屋敷を出た。
こういう時使用人が少ないってすごくいい。見つかるリスクもなく私たちはすんなりと屋敷から表に出た。
辺境伯の屋敷は小高い丘の上にあってそこを下って行くと辺境伯領で一番賑やかな宿場町マトスに出る。
ここからキルナート国に向かう馬車やデヴェーラ国の王都や北や南に向かう馬車が出ている。
街はキルナート国に向かう商人や逆にキルナート国から入って来た商人。国境があるので騎士もたくさんいて街はかなり大きい。
それなりに人の行き来も多く姿を紛らわせるにはいい。
私とメイアは歩いて丘を下りて街に入った。
前世の私からしたら信じられないほどの体力のなさに驚いた。ほんの30分ほど歩いただけで脚は痛くなるし呼吸も上がった。
なに?この身体。貧弱すぎ。
「お嬢様大丈夫ですか?こんなに歩かれた事などないのでは?」
メイアが声をかけて来た。
「だ、大丈夫よ。これくらい。メイアこそ大丈夫?」
そう、メイアは母と同じ年齢、私よりずっと労わらなきゃならない年齢でしょう?
「私はこれくらい何でもありません。いつも一日中立って動いていますから」
平然とした顔でメイアが言葉を返す。
「‥‥そうね。私、これからは少し体力をつけなきゃって思うわ。はぁ、街についたらどこかで休みたいわ」
正直情けないけど、どこか座れる場所が欲しい。
「でしょうね。お嬢様もう日が開けます。すぐに宿屋も開くはずです。宿屋では泊っていなくても朝食だけでも頂けるはず。そこで一休みしましょう」
この世界の飲食店などは昼前に空くのが普通でそのため朝食を摂るのは宿屋の食堂を利用するらしい。
「ええ、助かるわ」
空を見上げれば山のすそ野が白けている。雲の隙間から優しく淡い紅赤色の空が広がりそれはきれいだった。
「うわぁ綺麗。こんな空の色初めて見たわ」
「お嬢様が起きられる頃にはすでに陽は上がっておりますからね」
「もう、メイアったら私がお寝坊さんみたいじゃない」
「そんな事は、貴族のご令嬢なら当たり前のことでございます」
「メイア、そのお嬢様はもうやめて、これからはジュリアーナでいいから」
「ですが」
「そう呼ばれる方が危険でしょう?それに私、あなたの事は家族も同然と思ってるんだし、ねっ、いいでしょう」
「わかりました。ではジュリアーナ様と「様はいらないわ」
メイアが驚いたような困ったような顔で私を見る。
「でも、必要な事、でしょ?」
「‥ジュリ、アーナ」
「ええ、メイアこれからもよろしくね」
やっと繁華街について宿の食堂に入った。
はぁ、歩いたせい?お腹が空いた。
食堂はにぎわっていた。宿泊してこれから出発する人や騎士、街の労働者風の人たちがパンとスープ、それにチーズやハム。簡単な卵料理。それらを急いでかきこむような勢いで食べている。
その中に騎士が3人。彼らはそんな急ぐ様子もなく食事をしている。
「おじょ、ジュリアーナはここで待ってて、私が頼んできますから」
「そうね、お願い」
慣れない状況に少し驚いている私を席に座らせるとメイアが注文をしに行った。何となく学園の食堂みたい。先に注文して食べ物を受け取る仕組みらしい。 厨房の方からは忙しそうな声や食器が触れ合う音が聞こえる。
メイアは慣れたように食事をしている人たちの間をすり抜けて配膳口に向かった。
私はその姿をじっと目で追う。
「あれ?メイアさんじゃ?」
騎士がメイアに声をかけた。メイアが振り返る。
「まあ、イアンさんじゃありませんか」
「はい、昨晩はこの宿に泊まったんです。これから王都に戻ろうと思っているんですが、こんな所で会うなんて何かあったんですか?」
メイアが一瞬何かを考えるようにした。そして私をちらりと見て手招きをした。
私はメイアの所に行った。
「お嬢様、どうされたんです!」
そこにいたのはイアン、ダニエル、ロイドだった。昨日私を送り届けた護衛騎士の3人。
どうしよう?本当のことを話すべき?でも、ごまかしようもないのでは?
メイアが耳元で言う。
「どうします?こんな時間に居合わせたら何を言いつくろってもおかしいと思われます」
「ええ、本当のことを話して黙っててもらった方がいいと思うわ」
「イアン、とにかく朝食を持ってそっちに行くわ。話はそこで」
メイアがイアン達に座って待つように言った。
そしてとりあえず朝食を頼んでスープやパンをトレイに乗せるとイアン達と同じテーブルについた。
そして昨晩の出来事を伝えた。
「私、あんな人と婚姻は絶対無理。王命なら婚姻を変えることは出来ないでしょう?だから逃げる事にしたの。キルナート国に逃げればきっと大丈夫だと思うの」
3人は一瞬目を丸くした。そして私の話にもっともだと頷いた。が。
「ですが、お嬢様一人で隣国に逃げてどうするつもりです?」
イアンがもっともな事を言った。
「何とかなるわよ。メイアもいてくれるし」
「そうとしても、これからの生活はどうされるのです?」
ダニエルはそんなの無理ですよ見たいな顔で。
「働くわ。平民として生きていくつもり!」
「そんなの無理に決まってますよ。お嬢様は働いた事もないんですよ」
ロイドはもはやあきれ顔で私を見る。
「そんなのやって見なきゃわからないじゃない」
私は少しむきになる。
「でも、こんな所にだって入ったのは初めてでしょう?どうです。驚いたでしょう?平民になればこの程度じゃ済みませんよ」
まあ、そうかもしれないけど私には前世の記憶があるからこんなの全然平気。平然と粗末な椀に入ったスープに手を付けた。
「そんなの平気よ。ああ、このスープすごく美味しいわ。パンはスープに浸して食べるといいのよ」
お行儀が悪いけど滴るスープを落とさないようにパンにかぶりつく。
「「「お嬢様!」」」
「だから、これからはもうお嬢様なんて言わないで!この国を出たら平民として生きていくつもりなんだから!」
「ったく!どうしてもその気持ちは変わらないんですか?」
ダニエルが少し面倒でも心配みたいに尋ね3人が真意を探るような目で私を見る。
「当たり前でしょう。あんないやらしいエロじじいなんかと暮らして行くなんて死んだほうがましだわ。それならいっそキルナート国に逃げる方が絶対にいいじゃない」
「お、ジュリアーナ!そんな言葉遣いをするなんて‥」
メイアが呆れて私をたしなめる。
「決心は変わりませんか?」
イアンが尋ねた。
「ええ、変わらないわ」
「わかりました。俺たちがキルナート国に送り届けます。王都まで行けばそれほど治安も悪くはないでしょう。キルナートの王都までなら馬で走れば夕方には着けますし」
「イアン本気か?」
「ああ、お嬢様を安全に送り届けるように言われている。だからいいだろうダニエル」
「ああ、俺も賛成。でも、お嬢様ほんとにいいんですか?」
ロイドが心配そうな顔で見る。
「大丈夫よ。これもあるし当分生活には困らないわ」
私は首に付けたダイアモンドを見せた。
「まあ、そうですけど‥」
「ジュリアーナには私が付いていますから、決して無理はさせません。皆さん安心して下さい」
「まあ、メイアさんが言うなら‥じゃ、急いで食事を済ませて出発しよう」
イアンが決意したようにそう言うとみんな一斉にパンにかぶりついた。
彼らは私を心から心配している。顔つきが気配が態度が前世での経験からかわからないが、私は妙にそんな確信を持った。
何だか私って、人をみる目があるのかも。
メイアは急いで店に行って茶色い髪のカツラと眼鏡を買ってきてくれた。キルナート国に入ったらこれで変装をするつもりだ。




