10ここから逃げなきゃ!
私はメイアと一緒に荷物をまとめながら考えた。
何とかあの場はしのいだ。ここを出て行こうなんて思ったけど。隣国にでも逃げればいいなんて簡単に思ったけど。
そんなこと出来るのだろうか?
でも、でも、あいつが明日も明後日もやって来たら?
今夜のようにうまく追い払える?いや、無理だろう。
「メイア、ここを出て行くにしてもどこに行けばいい?私、簡単にキルナート国にでも行けばいいんじゃって思ったけど‥」
メートランド辺境領の隣はキルナート国だった。キルナート国はデヴェーラ国の5分の一ほどの大きさで昔は金鉱で栄えた国で昔は金も底をついて国が乱れたがそこから国を立て直し今では堅実で安定した国となっている。
元々金や鉄の加工技術が発達していたので剣や盾の生産も長けていて、おまけに几帳面な国民性で騎士団の強さはこの辺りの国でも群を抜くと言われていた。
おまけに彫金技術や革の加工技術も優れていて他国からも生産依頼が後を絶たず国はますます潤っていると聞く。
それに移民を受け入れにも寛容で働き口に困ることもないらしい。真面目に一生懸命働く気があれば将来商会を起こす事も夢ではないとも言われている。
だから、キルナートに行けば何とかなると思っていたわけだが、いざとなると怖気ずいた。
「でも、お嬢様。ここにいれば遅かれ早かれメートランド辺境伯に‥あの方はかなり強引みたいですし思い込みも激しそうですから、気に入られれば案外うまく行くかもしれませんが」
メイアがそんな事を言った。
「冗談じゃないわ。あんな奴。何でもかんでも自分の思い通りにならないと気が済まないタイプじゃない。私の事なんかただの性欲解消の道具くらいにしか思ってないわ!」
そこまで言って絶対あの男の結婚するのは嫌だと気持ちが決まった。
「やっぱりここを出るわ。あんな男と結婚するくらいなら一か八かキルナート国に行ってみる。幸いお金はあるしすぐに働けなくても食べては行ける。メイア。私と一緒に来てくれる?」
「もちろんです。ナタリア様が亡くなった時約束したんです。お嬢様を生涯支えて行くって。お嬢様が決めたなら私はどこでもついて行きます。さあ、こんな事をしている場合じゃありません。夜が明けたらここを出ましょう」
「ええ、今からここを出て朝一番にキルナート行きの馬車に乗りましょう」
この辺りの周辺国は身分証さえ見せれば他国への出入りが簡単に出来る。だが、移住となると手続きが必要と思う。でも、今は取りあえずここを出ることが最優先にしよう。
「もし、あいつ(メートランド辺境伯)が追っ手を出したら?」
「ですからお嬢様。キルナート国に入ったら着る服は平民のような格好に着替えましょう。髪の色を変えて名前も変えるんです」
「ええ、そうね。それがいいわ。メイアったらすごい」
「それに私はナタリア様のご実家を知っていますので万が一の時はそちらを頼るのもいいのではないかと思います」
「お母様の?そう言えばお母様からおじい様やおばあ様は亡くなったって聞いたわ」
「実はお嬢様のお母様と旦那様は恋愛結婚でした。旦那様がデヴェーラ国の使節団としてキルナート国に行かれた時、使節団の接待役としてナタリア様は旦那様と知り合われたんです。それですぐにお二人は恋に落ちたのです。ですが、ナタリア様の家は結婚に反対されて彼女には婚約者がいたのです。それで、それでナタリア様は駆け落ち同然のように旦那様とデヴェーラ国に来られたんです。私はナタリア様の侍女をしていてナタリア様を追いかけて来たんです。そしてお嬢様が生まれナタリア様はお幸せそうでした。ただ、実家には二度と帰れないと思われていてそれでご両親は亡くなったと話されたのだと思います」
「そうだったの。お父様はそんな事一度も話してくれなかった。お母様が亡くなる前には義理母といかがわしい関係になったから‥だからお母様に悪いと思っていたから私に本当のことが話さなかったんだわ。ひどい!」
「お嬢様、御父上の事をそのように言うものではありません。きっと苦しんでいらっしゃいますよ」
「そんなのうそよ。現に私はずっと知らんふりされてたわ。この結婚だって‥」
そこまで言ってずっと抑え込んでいた悲しみに襲われた。
ずっとずっと寂しかった。お父様に優しい声をかけて欲しかった。私を見て欲しかった。ダリル様だってそう。一生懸命頑張れば振り向いてくれるかもって思った。
でも、それは間違いだった。
父は心の中では葛藤があったのかもしれない。でも、私に話す事は何時でも出来たはずだもの。でも、それをしなかった。
今回辺境に来る時にでも言えたはずなのに。
”キルナート国にはお前の祖父や祖母がいる。婚約者を捨てて駆け落ち同然で家を出た手前お母様は帰るに帰れなかったんだって、もし、行く機会があれば会いに‥”
でも、私はあちらの家には拒絶されるかもしれない?だからお父様も言えなかったんだろうか?
胸の中でもやもやした感情が渦巻く。
「お嬢様?大丈夫ですか?申し訳ありません。私が余計な事を言ったばかりに」
「ううん、メイアは悪くない。私、おじい様やおばあ様がいると分かってうれしい。会えなくてもこの世界にお母様を知っている人がいると思うだけで何だか幸せな気分よ。ごめんなさい取り乱して。さあ、急ぎましょう」
「ええ、今はここを出る事だけ考えましょう。キルナートでの案内は私に任せて下さい」
「メイア頼りにしてるわ。でも、私ずっとメイアに迷惑ばかりかけてキルナートに行ったらメイアも自分の好きな事をしていいのよ」
「私はお嬢様のそばにいることが一番の幸せですから心配いりませんよ」
メイアが泣いた私の目元を拭ってくれた。
「本当にメイアったら、本当にありがとう」
私は心からメイアにお礼を言った。




