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Part.20 男の過去(8)


貴族との繋がりを作ってもただの孤児である自分では謝礼を受け取ってその場で終わってしまう。

しかし魔法が使えるジロウを引き合わせれば、もしかしたらちゃんとした魔法の教育を受けられるようになるんじゃないかと考えていたそうだ。


ジロウの治療魔法は珍しい。


一方的に教えるのでは貴族側も良しとしないだろうが、珍しい魔法を教え合うのであれば貸しの件も含めて初級魔法くらいは引き出せるのではないかと。

また初級魔法さえしっかり習えばジロウならばそれ以上は独学で学んでいけるのだと期待しているとも。


「あいつは…オレを買いかぶり過ぎだ」


溜息にも、独り言にも聞こえる返事をする。


いまのジロウにとって魔法は万能ではなく、上手く扱える自信もない。


アイリはそんなジロウを見続けていた。


「なあ、オレはどうすればいい」


彼の問いかけに彼女は答えない。

ただ真っ直ぐにジロウを見続けているだけだ。


夜の教会で2人は見つめ合ったまま対峙し続ける。


ユウキがジロウに魔法を覚えさせたかったのはアイリを支える術を確立するためだ。

そして友達に対する応援でもあることを理解している。


短い間でジロウはアイリのことを好きになっていった。


関わっていけば情が生まれ、異性であれば恋愛感情に発展することも珍しくはない。

彼にとってこの《世界》で一番初めに出逢ったのは彼女であり、一番初めに全力で関わったのも彼女である。


それに友達と仲間をくれたのも彼女なのだから。


出逢った頃の印象と大きな落差があり、それを可愛いと思い始めた頃から徐々に自分の気持ちに気が付いていったのだった。


頬を挟まれて顔を突き合わせたときは気恥ずかしいが嬉しかった。

しかしユウキのこともあって、顔を背けたい気持ちが中途半端な行動を取らせたのである。


縋るように見つめてもアイリはそれを拒否する。


ジロウが悩んでいるのは友達の好意をどうするかだけではない。


貴族の指南を受けるのであれば、最悪ここを離れることになる。

逆に受けないのであれば友達の面子を潰すことになり、相手の貴族からも睨まれる可能性がでてくる。


(普通に考えりゃ受けるしかないんだがな…でも、オレは…)




───ユウキとの約束がある。




だからアイリの傍から離れちゃいけないんだ。

ユウキの最後まで一緒にいなくちゃいけないんだ。

オレが皆を守らなきゃ、いけないんだ。


思考の渦に嵌っていく。


選ばなくてはならない都合、優先したい約束、守りたい相手。


答えがでない自分が情けなくなって顔が沈んでいく。


「ねえ、あんた」


シンとする空気の中に彼女の声が通る。


何か助言をしてくれるのか、言って欲しい言葉を掛けてくれるのかと期待して顔を上げれば、




怒ったアイリがそこにいた。




「何を悩んでる?何を考えようとしてる?まさかと思うけどあたし達のことで悩んでるなんて言わないよね」


びくりと身体を震わすジロウに彼女は大きく拳を振りかぶって殴る。


「ざっけんな、ユウキがあんたのために作った折角の機会だろ!あたし達を理由に、決断を鈍らせるための足枷にするな!

 ユウキがここに居たら2人であんたをしこたま殴って貴族のところに放り出してやるところだ!」


殴られ尻もちをついた彼にアイリは怒鳴りつける。

そして腕を引っ張り立たせると、また殴る。


近場の長椅子に身体をぶつけるとジロウはそれを支えにアイリを睨みつけた。


「あいつとの約束なんだ、それを気にして何が悪い。オレが…オレがやらなきゃいけないんだ!」

「なんであんたがやらなきゃいけないんだ、あんたじゃなくてもいいだろうが!」


言い返すジロウに彼女は飛び掛かる。

周囲の家具を吹っ飛ばして馬乗りになるとまた彼を殴りつける。


「馬鹿にするのも大概にしろ、あんたに守って貰わなくてもこっちはやってこれてたんだ。いまだってあたしに殴られてるような軟弱な野郎に、この後も任せられるとでも思っているのか!」

「アイリ…てめえええ!」

「威勢だけは立派じゃないか、殴り返して見せろよ!」


彼は力いっぱい身体をひねると上に乗ってるアイリを跳ね退ける。

すさかず起き上がると腕を上げて構える。


ジロウもただ過ごしてきたわけではない。

日々の競争の中で何度も喧嘩を行い、ユウキや仲間達と切磋琢磨してきたのだ。


「へえ、構えくらいはいっちょ前に見えるじゃない。あのへぼだったジロウが」

「あの頃のオレだと思うなよ」

「どうせ大して成長できてないんだろ、その面見れば分かるよ」

「言ったな!」

「ぐちぐち言ってないでさっさと掛かってこいって言ってんだよ!」



彼が殴る──────────────それを受け止める。

─────彼女が受け止めて殴り返す─────────。



彼女がぶつかってくる───────────。

───────────彼が避けて飛び掛かる。



アイリを押し倒してジロウが馬乗りになった。

怒りのままに拳を振り上げて彼女の顔に殴りつけようと注視し、気が付いた。




彼女が怒りながら泣いていた。




「殴ってこいよ、その後思いっきり殴り返してやるこの腑抜け!根性見せないあんたなんてジロウじゃない!」

「アイ…リ?」

「やるんなら最後までやれよ!できることがあるなら全部やれよ!貴族でも何でも行ってすぐ戻ってきて、それでユウキを治せばいいだろ!」


震えた拳が彼の腹に突き刺さる。

自分より柔らかく小さな拳が、皆を守るために傷ついた少女らしからぬ拳が彼を殴りつける。


「あんたが居なくってもあたしらは居なくならない!ユウキはくたばったりしない!誰もあんたのことを忘れたり、しない!」


彼女は怒ってるのではなく、自分のために怒ってくれているのだと分かる。


不甲斐なさを感じる彼にこれ以上の責任を負わせないために弱さを突き付ける。


彼が悔しさのために、毎晩独りで泣かなくて済む道を決めさせるために放り出す。


(これがアイリだ。オレの…オレたちが…手に入れたいと願う女だ)


ジロウは殴り続けているアイリの手を受け止めて、引っ張り上げるように一緒に立ち上がる。


起き上がった彼女は涙を拭くこともせず、彼の前に立ちはだかる。


(これじゃどっちが男か分かんねえ、なっさけねえな)


「アイリ聞いてくれ」

「なんだ泣きごとか」

「違う、これは宣誓だ」

「…なんの」


これから伝えることは震えたらいけない、弱気を見せてもいけない。

男だったら根性出して見栄張って、張りぼてでもいいから大きく見せなきゃいけない。


「オレはここに宣誓する。貴族でも何でも利用して力をつけて戻ってくる。力を手に入れるまで何度挫けても立ち上がって前に進み続ける!」

「………」

「必ずここに帰ってくる!」


これまでしたことのない一世一代の宣誓を行う。

力強く、認めて貰うために、そして本当の望みをここでいま伝えるために。


「ああ、わか…」

「戻ってきたときにはアイリ、お前をオレの女にしたい!」




「は?」




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