天界からの使者4
契約書はドヤ顔の痔薬天使ボラギノールの手の中で、白い炎に包まれ跡形もなく消えた。
「じゃあ契約通り、今持ってる貢献度を全て頂くわね」
天使が仰々しく手を広げ目を閉じる。
静まり返った部屋の中、晶は固唾を飲んでそれを見守った。
しばらくしてボラギノールが目を開け、「ふう」と満足気に額の汗を拭った。
特に光や音が出ることもなく、その儀式は何となく終わったようだ。
「貢献度はゼロになったのか? 何も感じなかったけど」
「ちゃんと空っぽになってるわよ」
晶の問いにボラギノールは手元のバインダーを確認し頷いた。
「天啓の奇跡の時はもっとあっさりしてなかったっけ。今の手を広げるやつ必要?」
「雰囲気よ。雰囲気。それっぽかったでしょ」
天使がドヤ顔で返す。この地味な儀式は全く無意味だったようだ。
「じゃあ、早速奇跡を起こしてくれ」
晶は気を取り直し、ご満悦のボラギノールに言った。
「そうね、まずは見た目かな。このままだと人間に見付かったら即袋叩きに遭うだろうし」
痔天使ボラギノールは分厚い手帳をペラペラ捲って最後の方のページを開いた。
「霊体に肉体を与える奇跡【受肉】なんてどうかしら。人間そっくりさんになれるわよ」
「おお、それ良いね」
「じゃあベッドに横になって」
ボラギノールに促されるまま、晶はソフィアのベッドに横になる。一応、手を胸骨の上で組みそれっぽい感じにして眼窩を閉じた。
「それじゃあいくわよ。ラミパスラミパスルルルルル〜」
聞いたことのある呪文と共に、晶の体が暖かいものに包み込まれた。
「はい、【受肉】完了」
相変わらず奇跡は呆気なく終わった。
「おお!」
身を起こし手の平を広げた晶が歓声を上げる。そこには肉と皮膚に覆われた【手】があった。
だがその手は、晶の見慣れた自分の手とは違った。
色が白く薄っぺらい。随分と華奢な感じだ。
それでも指骨剥き出しの手と比べたら本来の自分の手に近い。何しろ人間の手だ。
「なんだよ、まともな奇跡もあるじゃん。鏡ない?」
久しぶりの人間の姿に上機嫌の晶。
天使はふふんと得意気に鼻を鳴らし、小さなコンパクトを開いて晶に手渡した。
「なっ……!」
ピンク色の少女趣味なコンパクトを覗き込み、晶は驚愕した。
小さな鏡の中で、黄色人種のものではない透き通るような肌をしたつぶらな瞳の若い女の人が、桜の花びらのような薄い唇を開けて絶句していたのだ。
晶はそっと鏡を閉じ天使に向き直る。
「すみません。オーダー間違えてますけど……」
「当店メニューとか無いお店なんで」
「メニューが無いってレベルじゃないだろ。性転換しろなんて誰が頼んだ」
「その骨に肉付けしたらたそうなっただけだし。文句があるならその骨の持ち主に言ったら?」
「この骨の持ち主って……」
恐る恐る視線を落とすと、眩いばかりの白い隆線と根元まで露出した細い手足が飛び込んでくる。晶は思わず目を逸らす。
「おおお俺の魂が宿ったのって、もももしかして女の人の骨!?」
「まあ、そういうことになるわね。良かったじゃない。変態だし」
(良かったのか……?)
自分の体とは言え、ブカブカの鎧の下は一糸纏わぬうら若き女性の裸体。それを好き放題覗き見出来てしまうというとんでもないシチュエーションに、晶の心臓は張り裂けそうなほど高鳴っていた。
だが直ぐに罪悪感と背徳感が押し寄せてくる。
それは所詮自称アブノーマルな晶では到底超えられない高い壁だった。
晶は慌ててシーツで女体を隠す。
「ふ、服とかないですか……!?」
「何で? 後で一人で楽しみたいの?」
「ち、ちげーよ! その……、変な目で見たら、死んでしまっただろう本来の持ち主に悪いなって。そう思っただけだよ」
「ふーん」
疑惑の目を向けるボラギノールに、晶は何とか頼み込んで服を着させて貰った。
ブカブカの鎧の下にはボラギノールが着ているのと同じ白いワンピース。着物を出せる奇跡はないらしく、こちらは天使の魔法によるものだ。
下半身がスースーするのは慣れないが、体の曲線が隠せるので邪な感情は大分抑えられる。
「しっかし、まさか女の人の体だったなんてな……」
ようやく落ち着きを取り戻した晶が、艶やかな亜麻色の長い髪を白魚のような細指で弄りながら、感慨深く呟く。
思い起こせば、親方の骨格が逞しく見えたのも自分の体が女の人のものだったからだ。
女の子だと思っていたミキちゃんが実は男で、当然男だと思い込んでいた自分が女だったとは、何とも皮肉なものである。
「さて、気を取り直して続きしよっか」
ボラギノールが手帳を捲り、次の奇跡を選び始める。
突然の性転換に取り乱してしまったが、この【受肉】も全てソフィア救出のためだ。
「あった、あった。次は【預言者のカリスマ】。神の教えを世に広めるために必要な資質を与える奇跡よ」
「ちょっと待て。それってソフィアを助け出すのにどう役に立つんだよ」
「まあ、わたしを信じなさい。--さて、準備も整ったし最後に【時空転移】でソフィアちゃんのいるスミノフに送るわね」
「え? 【預言者のカリスマ】もう終わり? 何にも変化ないんだけど」
「つべこべ言わずに、さっさとソフィアちゃんを連れてきな」
しげしげと体を眺める晶に向かってボラギノールが掌を翳す。
「【テレポーテーション】!!」
今度は空間が歪んでいくのを晶もはっきりと感じることができた。
しかし直ぐに、それは空中にぽっかりと空いた黒い穴として具現化する。
晶の体は、まるでブラックホールのようなその黒い穴に強い力で引っ張られていく。
「ちょ! テレポーテーションってなんだよ!【時空転移】って名前はどこいった。うお--」
【預言者のカリスマ】の効果も分からぬまま、晶は一瞬にして黒い穴に飲み込まれ、時空の狭間に姿を消した。




