天界からの使者3
部屋にはフルプレートアーマーや長剣、銀のカイトシールドなど、騎士団が落としていった戦利品が山積みになって置いてあった。
晶は山からチェインシャツと鎧の胴の部位を引っ張り出し骨に括る。
シャツと胴を着けただけでは手足の骨が丸見えだったが、全身に重い金属鎧を纏うとブカブカして身動きが取れなくなるため、骨の体ではこれが限界だった。
晶が鎧を括っている最中、自称天使は終始絡みつくように晶にまとわりついていた。
「ねー、ねー、もしかして怒ってる? わたしがロリコンって言ったから? それともプライベートを覗いたから?」
「別に怒ってないし」
晶は手を休めず答える。
「やっぱ怒ってるじゃん。さっきから目合わせないし、全然話さないし。ねー、何で? 何に怒ってるの? わたしが原因? ねえ、教えてよ」
(うわ、めんどくさ……)
しばらく晶が返答しないでいると、天使は小さく舌打ちしてふわふわと部屋の隅に移動した。
「あー、ダメだ。帰れない。今夜の合コンキャンセルだ。なんなのあの引きニート。キモいくせに調子に乗りやがって。マジありえない。ムカつくから評価点もっと下げてやる」
ぶつくさ文句を垂れながらバインダーにペンを走らせる天使。
晶は鎧を着け終えるとプレートヘルムを被り、長剣を腰骨に括り付ける。
鎧のサイズは合っていなかったが、革鎧の時と比べたら随分様になっていた。
準備は万端だ。
晶は自称天使に向き直る。
「それじゃあ行ってくる」
「え、本当に行くの? 道は分かるの? ていうか、スケルトンじゃん。人間に見付かったら即退治されると思うけど」
「しょうがないだろ。誰かの奇跡がぜんぜん使えないんだから」
「はあ? 使えない……?」
天使の眉間にめきめきと太い血管が浮かび上がる。
「だってそうだろ。天啓とか言いながら手帳に書いてあること読んだだけだし、5000ポイントも使う片道切符の転送をドヤ顔で説明されてもねえ。散々人を馬鹿にしておきながら全然ダメじゃん。ダメ天使じゃん」
「なっ! ダメ天使……ですって!?」
プツンと何かが切れる音がする。
「あっそう、分かったわ。じゃあ見せてやるわよ、わたしの本気。あんたの望み叶えてあげるわよ」
「できるのか?」
「当たり前でしょ。わたしを誰だと思ってんのよ。天界人よ? ただし残りの貢献度は全部貰うし、ソフィアちゃんを連れ戻したら即昇天して貰うからね」
天使はそう言って手帳から紙を破りとると、ペンを走らせ晶に渡した。
「そこにサインして」
紙には見たことの無い記号が並んでいて、見たことのない文章が書かれていた。しかし、不思議なことに晶はそこに何が書かれているのか理解することが出来た。
天使の差し出した紙には次のような内容が書かれていた。
【天使サポート契約書】
一、乙(晶)は甲(天使)に、契約締結時に所持する社会貢献度を全て捧げる。
二、乙(晶)の希望(ソフィアをリトナー侯爵の屋敷からダンジョンに連れ戻す)が叶うまで、乙(晶)は甲(天使)の奇跡によるサポートを無制限に受けられる。
三、乙(晶)の希望が叶ったら、甲(天使)の指示に従って乙(晶)は昇天する。
四、この契約は如何なる理由があっても解約できない。
晶にとっては、携帯の申し込み以外で初めて目にするちゃんとした契約書だった。
一番下には署名できるように甲、乙と書かれた空欄があり、天使は乙の欄をペンで指して晶にサインを促している。
要は、ソフィア救出の手助けをする代わりにこの契約を結べということだ。
「もし、この契約の内容を破ったらどうなる?」
「天界人との契約を反故すると神に裁かれるわよ」
(神様か……)
晶は固唾を飲んで契約書とペンを受け取り、慎重に内容を読み返す。
「この契約を結んだら手持ちの貢献度がゼロになるけど、そしたら俺、転生できなくなるんだよな?」
「ああ、それね。ソフィアちゃん乙女だし助け出せば1000ポイントくらいは貰える筈よ。1000ポイントあれば一応人間には転生できるんじゃない? というか、啖呵切ってた割には随分迷ってるけど、もしかしてビビってる?」
「いや、転生できるならそれで良い。ソフィアさえ助かるなら今更高望みしようなんて思ってないし」
「ふーん。献身的じゃない」
ソフィアの行方を確かめるために既に1000ポイントも払っている晶にとっては、多少貢献度が少なくなろうと、ソフィアが助かるかどうかの方がよっぽど重要だった。
どうせ契約を結ばなくても強制的に天界に連れて行かれるのだろう。昇天もマイナスの要素ではない。
四番目の「この契約は解約できない」という文言はきな臭くはあるが、逆に言えば天使もソフィアを助けるまでは逃げられないということだ。
つまり、晶にとってこの契約は、貢献度が1500から1000ポイントに減るだけ--実質500ポイントを支払うだけでソフィアを助けられるのと同義だった。
しかし晶は即決せず、下顎骨に指骨を当て逡巡していた。
(うまい話だよな、不自然なほど)
本来、貢献度500ポイントの代償ではあのショボい【天啓】の奇跡すら使えない。それにも関わらず無制限に奇跡を使ってくれるというのは随分と気前の良い話に思えた。
「さあ、早くサインしなさいよ。お得な契約でしょ」
急かす天使を見上げ、晶は更に考える。
(確かにお得だけど、なんか怪しいな……)
ペンを手に取り、契約内容の一番下に条文を書き足してから乙の欄に自分の名前を書いて天使に渡した。
五、この契約は乙(晶)の希望が叶うまで有効。
「何これ?」と、天使が小首を傾げる。
「一応保険だよ。ソフィアを助け出す前に逃げられたら嫌だからな」
「契約書読めないの? 希望を叶えるまで無制限にサポートと、契約は如何なる理由があっても解約できないって書いてあるでしょ。 --まあ、どうせ契約内容は変わらないんだし、書き直すのも面倒臭いからこのままで良いか……」
天使はそう言って甲の欄にサインし契約書を広げて晶に見せる。
「はい、これで契約成立ね」
ドヤ顔だった。
因みに、天使の署名欄には「ボラギノール」という残念な名前が書いてあったが、なんだか可哀想だったので晶はそっとしておいて上げることにした。




