オレたち冒険社会人
王都バラジル。大陸西部に位置するアルマン王国の首都として栄える大都市。中央に王宮が聳え、その周りを取り囲むように城塞都市が広がる。
その王宮の執務室で、正装に身を包んだ自由騎士ソーマ・プラレルは担当官の登場を待っていた。
毛の長い柔らかな絨毯に、意匠を凝らした調度品、贅沢過ぎる装飾品。王宮に来る度にこの国の汚点が垣間見れソーマは辟易とする。
ソマリア王国との戦争が続きアルマン王国の国土は衰え餓死者すら出ている。それにも関わらず貴族や王族は平民に重税を課し、自分たちだけは私腹を蓄えこのような贅沢な暮らしを続けているのだ。
王宮を彩る装飾品一つ売れば何人の民の命を救えるのだろうか。そう考えるとソーマは胸糞が悪くなってくる。
ソーマは貴族でも無ければ王国兵士でもなく、一端の冒険者に過ぎない。そんなソーマが騎士の称号を持つのは自由騎士登用制度によるものだ。
普通の冒険者は国家に所属することなく自由に旅を続けている。国としては、例え自国内で経験と武勇に優れた冒険者が生まれても、自国内で働いてくれている内は国益になるが敵対する他国に流れると不利益になる。
そこで優秀な冒険者を国家に迎え入れ国益を担保しようとしたのが先代の国王イルミタス3世だ。
彼は腕利きの冒険者でも特に優れた功績を上げた者に騎士号を授け国に抱え込むことにしたのだ。それが自由騎士登用制度だ。
自由騎士の門は狭く、辞退や死亡した者がいるとはいえ制度発足から15年経った今でもその称号を持つ冒険者はたったの4名しかいない。
ソーマはその4名の内の一人だった。
自由騎士になる利点は、冒険者組合に集まる難易度の高い仕事を他の冒険者たちより優先して受領する権利がある他、冒険者としての名声が格段に上がり割の良い名指しの依頼が増えることだ。
ただし、自由騎士は国家から命令があった場合、直ちにそれに応じなければならなかった。
ソーマが今日王宮に馳せたのも招集の命令があったからに他ならない。
重厚な扉が開き担当官サクスが入ってくる。背が低くひょろりとした、目の吊り上がったまだ若い貴族だ。
サクスはソーマを一瞥しわざとらしく咳払いするとローズウッド製の豪奢な机についた。
もう一度わざとらしく咳払いし、向かいの椅子に座るようにとソーマを促した。
「自由騎士ソーマ・プラレル殿。本日お呼び立てしたのは他でもない。あなた方に依頼している魔術師アルバトラス討伐の件だ」
サクスはまたわざとらしく机の上で手を組み、ソーマを睨み付けるようにして言った。
「先日、アルバトラス討伐に失敗したとの報告は頂いたが、その後の進捗は如何かな?」
「特に大きな進捗はありません。前回の失敗を受け、念入りに準備をし直しているところです」
「ほう、念入りな準備とは?」
「ご報告差し上げた通り、魔術師アルバトラスの力には未知数のところがあります。そのためアルバトラスに関する情報を集め直しているところです」
「まさか王国が提供した情報が足りなかったのが敗因とでも言いたいのかね?」
「いえ、そういう訳ではありませんが。アルバトラスのダンジョンに潜入した際、無数に仕掛けられた複雑なトラップや作戦失敗の要因となった人語を話すスケルトンなど、頂いた資料からは想定出来ないような事象に多く直面しました。アルバトラスと対面する前でこの状態でしたので、再度ダンジョンに挑む前に情報を集め直し対策を練る必要があると判断しただけです」
「その人語を話すスケルトンというのも俄かに信じ難いが。まあ詰まる所、不倒の自由騎士殿も先日の敗走で自信を無くし尻込みしているという訳だね」
毎回何かとつけて難癖を付けてくるサクスに、ソーマは心の中で唾を吐き捨てる。貴族でもないただの冒険者が騎士を称し王宮に入ってくるのがよほど鼻持ちならないのだろう。
だがサクス以外の殆どの貴族が自由騎士を良く思っていないのも事実だった。ソーマは王宮に参集される度に嫌な思いをさせられるので心底辟易としていた。
「話はこれで終わりですかね」
ソーマはさっさと切り上げ仲間たちと酒場で一杯やるかと席を立とうするが、サクスが「まあ、待ちたまえ」と鷹揚な態度で制止する。
「実はね、この依頼を一旦取り下げることになったので貴殿を呼んだのだよ」
「……なんだと」
ソーマが眼光鋭くサクスを睨む。
どんなに困難だろうとやりかけの仕事を途中で投げ出すということは誇りを持って仕事をしている冒険者にとっては屈辱でしかない。例え依頼者側が取り下げたとしても同じだ。
それを担当官であるサクスが認識していないはずはなかった。ソーマの苛立ちは頂点に達していた。
「まあまあ、これは国王陛下のご意向なので仕方がないことなのだよ。何しろ君たちに任せていても一向にアルバトラスの首を持ってきてくれないのでねえ。まあアルバトラスの根城の場所は分かったので、あとは王国騎士団で討伐隊を編成することになっているから。ということで君たちの出番はもう無くなってしまったという訳だ」
「居場所を見付け出したのはオレ達だぞ」
「その分はきちんと報酬を支払うので帰りに受け取ってくれたまえ」
ソーマは机を叩いて席を立ち無言のまま執務室を出た。
「クソが……!」
荒い足取りで回廊を歩くソーマに、中庭にいた貴族の女たちが熱い視線を送ってくる。
はっきりとした目鼻立ちに隆々とした筋肉を持つ冒険者上がりの自由騎士ソーマは、貴族出身の王国騎士にはない荒々しさと逞しさがあると王宮の女達の間で密かに評判が高かった。
勿論ソーマはそんなことなど露知らず、貴族の女たちを睨み返すのだった--が、ソーマが去った後、彼女達は野性的な男の鋭い視線に黄色い声を上げるだけだった。
城下の宿『笑う子鹿亭』。そこはソーマとその仲間達がまだ駆け出しだった頃に愛用していた馴染みの木賃宿だ。
ある程度の収入を確保できるようになった今でも、王都を拠点に活動する際はこの宿の一階にある酒場を良く利用していた。
コツを知らないと開けられない半分腐った木戸を押し開けると、酒場は大勢の冒険者達でごった返していた。まだ日が暮れる前から陽気な喧騒と酒の臭いに包まれている。
彼の仲間達は、リーダーの帰りも待たずに定位置の奥のテーブルを陣取って既に飲み始めているようだった。
「すまんな。遅くなった」
ソーマはいつもの椅子に座り襟元を緩める。
「お疲れ様っす。今始めたとこっすよ」
メンバー最年少の盗賊アルミが屈託のない笑みでリーダーを労う。
「店に来てからもう2時間も経っています。始めたばかりというのはずばり間違っています」
ハーフエルフの聖職者イミーナが眼鏡をくいっと持ち上げドヤ顔でアルミの気遣いを台無しにする。
「まあ、細かいことは気にせず。飲もうぜボス」
フードを目深に被った魔術師オルカが店員の持ってきたジョッキをソーマに手渡す。
「それじゃ、オレたち『寝起きのマーメイド』の最高の一杯に--」
リーダーの音頭に合わせてチーム寝起きのマーメイドのメンバーが一斉に『乾杯!』とジョッキを掲げる。
「ぷはーッ! 滲みるねー!」
「オルカのビールはそれで6杯目です。既にだいぶ滲みている筈ですが?」
「おいアルミ、この馬鹿の相手をしてやってくれ」
「姉さん、正確には7杯目っすよ」
「だー、ちげーだろ!」
「そうです6杯目が正解です。しかしオルカ、馬鹿という方が馬鹿なのです。例え自分が飲んだお酒の杯数を正確に覚えていても、既にそれは証明されています。オルカは正真正銘の馬鹿です」
「ボス! どうにかしてくれ」
相変わらず賑やかなメンバーたちに、ソーマは頬を綻ばせジョッキを傾ける。
「ああ、今日の酒は格別に美味いな」
「王宮でまた何か言われたっすか?」
アルミが心配そうに顔を覗き込む。
「いや、大したことではないのだがな……」
「そう言えばソーマさん。私、今日街で良いものを買いました」
アルバトラス討伐の仕事を干されたことを打ち明けようとしたソーマを、イミーナがドヤ顔で遮る。
「見てください」と、どかりとテーブルに置いたのは見るからに安っぽい壺だった。
「なんとこの壺、持っているだけでどんな呪いからも守ってくれる幸せの壺だそうです。これでもうアルバトラスの呪術だって怖くありません」
「あ、ああ。そうだな……」
「で、その壺いくらで買ったんだ」
「なんと! たったの300Gです!」
「うわ、高ッ! そんだけありゃ、アルミの小手が新調できるじゃねーかよ」
「はい? どんな呪術も無効化できてたったの300Gですよ? こんなお得な話、今まで見たことも聞いたことありません」
「そりゃそーだろ。そんなもんがあったら魔術師は皆廃業だっつの」
「姉さん、それ騙されてるっす」
「しかし、ここで残念なお知らせがあります。この幸せの壺は一点物だったので皆さんの分はありません」
「元々いらねーよ。つーか、アルバトラスの呪術から俺らを守るのは聖職者たるお前の役目だろうが」
「ええ、だからこの壺を買ったのです。けれど一つしか買えなかったのでどうしようかと悩んでいたところです。どんな呪いも祓ってくれる魔除けの水晶は3000Gもするので高くて買えませんし」
「姉さん、それ騙されてるっすよ」
「……えーと、お前ら良いか? ちょっと話があるんだが」
ソーマが言い辛そうに切り出す。
「何だよ改まって」
何かを察したのか、勘の良いオルカが嫌そうな顔をする。
彼のその勘は外れた試しがなく、お陰で何度チームを危機から救ってきたか枚挙に暇がない。因みに、アルバトラスのダンジョンを発見したのも、再挑戦に待ったをかけたのもオルカの頭脳と勘だ。
「実はだな、アルバトラス討伐の仕事を干された」
「ああ、やっぱりな」
「もうあの人語を話すスケルトンと勝負できないってことっすか?」
「あのー、周りが煩くて良く聞こえませんでしたのでもう一度お願いします!」
「すまん……!」
「ボスが謝る必要はねえよ。どーせあのサクスって嫌味な担当官の悪巧みなんだろ?」
「ここまで僕らにやらせておいて本当に酷い奴らっすよ」
「あのー、何の話をしてるのでしょうか! 聞こえなかったのでもう一度お願いします!」
個性的なメンバーが多いが、寝起きのマーメイドは粒揃いだった。
不倒の異名を持つ屈強な自由騎士ソーマを筆頭に、輝かしい経歴を持つ秀才な魔導士オルカ、英雄の孫に生まれたサラブレッドで若くして罠の奇術師として名高い天才盗賊アルミ、人間の王とエルフの王女の間に生まれた(自称)という謎の経歴を持つ年齢不詳の美魔女聖職者イミーナ。
彼らがこの大陸に刻んできた冒険譚は数知れない。
「それで、これからどうするかだが……」
ソーマがテーブルに身を乗り出し声のトーンを落とす。
「俺たちの仕事を横取りした奴らに一泡吹かせてやろうってか?」
オルカがニヤリと笑ってそう言い、ソーマは「ああ、その通りだ」と頷く。
「オレたちの仕事を横取りした担当官サクスと王国騎士団共に、寝起きのマーメイドの恐ろしさを教えてやろうかと思っている」
「はは、そりゃアルバトラスを討伐しに行くより断然面白そうだ。乗ったぜボス」
「僕も当然乗るっすよ」
「ならば明日から早速動くぞ。オルカは作戦を練るのを手伝ってくれ。アルミとイミーナは王宮の動きを見張っててくれ。いいな?」
「オーケー」
「了解っす」
「あのー、ところで皆さん! さっきから何のお話をしているのでしょうか! 周りが騒々し過ぎて全く聞こえませんでした! もう一度初めからお願いします!」




