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美少女のいる暮らし

枯れ木で出来た背もたれがやたら大きな肘掛け椅子。足下にひれ伏す緑の小さなおっさん達。


「なんだかなあ……」


トロールを偶然倒して以来、自分を取り巻く環境の変化に晶は戸惑っていた。



仕事から帰ると毎日のように部屋の前にアバさんが待ち構えていた。晶を半強制的にアバさんハウスに連行するためだ。


そして毎日のように豪華(?)なアバさんお手製の巨大肘掛け椅子に無理やり座らされ、まるで王様のように持て成される。


今日もそうだった。


晶は仕事帰りにアバさんハウスに拉致され、変てこな椅子に座らされていた。



「もう良いから、それ扇ぐのやめてよ」


「アバババ?」


芭蕉扇みたいなデカい葉っぱを扇いでいた奇妙なアバさんが手を止めて小首を傾げる。


「洞窟の中っていつも冷んやりしてるし、暑いとか絶対ないから。--ていうか、鬱陶しいからそれもやめて」


「アババ〜」


両脇でクネクネと意味あり気に腰を振っていた、ちょっと小柄で若干腰のくびれているアバさん二人が何事かと晶にしなだれ掛かり、心配そうに顔を覗いてくる。


「それだよ、そういうセクシャルなのが一番いらないよ! 全然嬉しくないから!」



晶の足下にひれ伏していたアバさんたちがザワザワと騒ぎ出す。


その中の一人が神妙な面持ちで晶の前に仰々しく進み出てくる。


「アバ……」


神妙なアバさんが錆び付いたナイフを晶に手渡し、これ見よがしに首をさしだす。


「えーと、なにこれ? これで首切れと……? 」


「アバ……」


「いや、そんな覚悟を決めた目で見られても……。もう! いつも通り皆で楽しく飲もうよー!」


その時、アバさんハウスの扉が荒々しく開け放たれた。


(うわぁー、来ちゃったよ……)


晶は指骨でこめかみを摘み、心の中で大きなため息をついた。



「いい加減にしなさいよ! この薄汚い肉便器ども!」


突然入ってきた目の覚めるような美少女が鬼のように目を吊り上げ、晶にしなだれ掛かる意味あり気なアバさんたちを睨み付ける。


「アババ〜!」


アバさんたちがざわつく。毎日のように繰り返される修羅場だ。



闖入者ソフィアはアバさんたちを睨み付け、ズカズカと足を鳴らし晶のところにやってくる。


「あんたもあんたよ! なんで鼻の下伸ばしてんのよ! うちを一人にしないって約束したじゃない! このド変態スケベ野郎!」


そう言ってその白魚のように細っそりした指先を晶の上顎骨辺りに突き付けた。


「え、いやいや、鼻の下なんて絶対伸びませんから」


(というか、そんな約束もしてないし……)


「とにかく、もう帰るよ!」


ソフィアが晶の細腕をむんずと掴み、来た時と同じのようにズカズカとアバさんたちを睨み付けながらアバさんハウスを出て行く。



ソフィアが怪我をしてから一週間。ソフィアの傷はもうすっかり回復し、今では元気すぎるくらい元気になった。


しかし、あの時アルバトラスが何故、まだ約束を果たす前にソフィアを治療してくれていたのか、晶には未だに分からなかった。


ソフィアは「うちが可愛いからでしょ」と言っていたが、晶には治療してくれた理由がアルバトラスがダンジョンの奥に篭っている理由に関係しているのではないかと思っている。


それに高齢のアルバトラスがロリコンだというのは、流石に気持ちが悪すぎて想像したくはなかった。




アバさんハウスから部屋に戻るなり、晶は椅子に座らされソフィアから説教を受けていた。


最近ほぼ毎日繰り返されている日常の光景だった。



「あんたは一応うちの管理者なんだから、もっとしっかりしてよ」


「ご、ごめんなさい」


「大体なんなの、あのゴブリンのメス豚ども! 図々し過ぎると思わない? ちょっとスタイルが良いからって……」


「え? スタイル?」


ソフィアが視線を落とし、地味な服に包まれた自分の平坦な体をしげしげと見詰め、急に顔が赤くなる。


「……な、何うちの体を見てるのよ! このど変態ロリコンスケベ!!」


(いやいやいや、全然見てませんでしたけど……)




そんなソフィアだったが、彼女は彼女なりに頑張っていることを晶は知っていた。


あの強力で凶悪な冒険者達が壊していった罠の修理が終わり、ようやく仕事を平常運転に戻せたのもソフィアが頑張ってくれたお陰なのだ。


いつもツンツしてはいるが、根は真面目な子なのだろうと晶は思う。ソフィアが毎日ベッドの中でこっそりと、その日教わったことや気付いたことをアルバトラスに貰った羊皮紙に熱心に書き込んでいるのを晶は知っていた。



ソフィアが来てくれたお陰で、会話をしながら仕事ができるようになったのも大きい。


親方やミキちゃんと仕事をしていた頃は意思疎通が上手くできなくてしんどいこともあったが、今はスムーズに意思疎通できるように--


「ソフィ、それ取って」


「……」


「ソフィー」


「……」


「ソフィ?」


「煩い。今作業に集中してるの。話しかけてくるな粗大ゴミ」


「……」


--なったと思う。


とにかく、誰かと会話できるということは晶にとってとても嬉しいことだった。




そしてソフィアは仕事だけではなく、家事も良くやってくれていた。


仕事の空いている時間に部屋の掃除や洗濯をこなし、アルバトラスに分けて貰った食材で食事も作る。



「ついでにあんたの分まで作っておいたから」


「おお」


テーブルに並べられた料理を見て晶は思わず感嘆の声を漏らした。それはソフィアが初めて晶の前で食事を作った時のことだった。


焼き魚と肉じゃがっぽい晶好みの和風テイストの料理。ちゃんと副菜や、味噌汁っぽいスープまである。


思った以上にきちんとした料理に晶は感心していた。


「流石5人姉妹の長女、料理が得意なんだね」


「良いからさっさと食べなさいよ。食器を片付けられないでしょ」


ソフィアはそっぽを向いてそう言った。



(こんなにまともなご飯食べるのいつぶりだろうな)


晶はさっそく指骨で器用に木箸を掴んで「いただきまーす」と言うと、大好きな肉じゃがを口に運ぶ。


「う、美味いゾ!」


肉じゃがを口に入れた瞬間、晶は思わず叫んだ。


濃すぎず薄すぎずの絶妙な味加減。トロけるほど柔らかく煮込まれたお肉の甘い脂が舌骨の上にじわっと広がる。ジャガイモは味がよく浸みていながらも決して煮崩れることなく、ちゃんとほくほくしている。


「こんな美味い肉じゃが初めて食べたよ! 凄いよソフィ!」


「当たり前でしょ」


そう言いながらも、夢中で肉じゃがに貪りつく晶の姿にソフィアは満足気だった。


美味いと褒められたのもそうだが、自分が作った料理を沢山食べてもらえるというのは嬉しいものだ。


といっても、半分は咀嚼している間に顎骨の隙間から溢れてしまうし、残りの半分も骨の間から床に落ちていく。


「もうちょっと行儀良く食べなさいよね」と文句を言いながらも、ソフィアは頬を綻ばせ床やテーブルの上を拭いていた。



その後、晶が食事をしなくても平気なことを知ったソフィアは酷く怒っていたが、それでもたまにはついでに、晶の分まで肉じゃがを作ってくれるのだった。




ソフィアと暮らすこうした安穏とした日々は、親方とミキちゃんを失った晶の心の傷を確実に癒してくれていた。


冒険者が浸入してくることもなく、晶は何となくこのまま楽しい毎日がずっと続くような気がしていた。



しかし、こうした安穏とした日々は、長くは続かないのだった。


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