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彼氏に殺された私の七日間。  作者: 三久田ともかさ


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私だったもの


 今日は、朝から涼太くんが落ち着かなかった。

 何度もスマホを確認する。

 窓の外を覗く。

 玄関の方を気にする。


『……どうしたの?』

 私は涼太くんの後ろをついて歩いた。

 女の人は、今日はまだ来ていない。

 涼太くんは何度もため息をついていた。

 顔色も悪い。

 ちゃんと眠れていないんだと思う。


『……少し休んだ方がいいよ』

 私はそう言った。

 もちろん、返事はない。

 しばらくして。


 ピンポーン。

 呼び鈴が鳴った。

 涼太くんの身体がびくりと跳ねる。

 誰だろう。

 澪かな。

 また来てくれたのかな。

 私は少しだけ期待した。

 でも、聞こえてきたのは知らない男の人の声だった。


「警察です。少し、よろしいでしょうか?」

 警察?

 どうして?

 涼太くんはしばらく動かなかった。

 呼び鈴がもう一度鳴る。


「涼太さん、いらっしゃいますか?」

 涼太くんはゆっくりと玄関へ向かった。

 扉が開く。

 何人かの男の人が立っていた。


「少し、お話を伺いたいのですが」

「……何の話ですか」

「こちらにお住まいの美幸さんについてです」


『……え?』

 私?

 私のこと?

 涼太くんの顔が強張った。


「美幸は……今、出かけてますけど」

「そうですか」

 男の人は静かに答えた。

「中を確認させていただけますか」

 涼太くんは何も言わなかった。


 ◇


 知らない人たちが、私の家に入ってきた。

 何人も。

 靴を脱いで、廊下を歩いていく。

 部屋の中を見て回る。

 私は不思議な気持ちで、その様子を眺めていた。


『……何かあったのかな』

 涼太くんはずっと俯いていた。

 男の人が浴室の前で立ち止まる。


「こちらは?」

「……風呂場です」

「確認してもよろしいですか」

 涼太くんは答えなかった。


 浴室の扉が開く。

 ひんやりとした空気が流れ出した。

 浴槽には、まだ蓋がしてある。

 男の人が近づいていく。


『……あ』

 私は思った。

 もしかして。

 やっと、見つけてもらえるのかな。

 男の人が浴槽の蓋に手をかけた。

 ゆっくりと持ち上げる。

 今度は、誰も止めなかった。

 蓋が開いた。

 そこには、私がいた。


 ◇


 私の身体は、変わり果てていた。

 氷は、もう残っていなかった。

 濁った水の中に、私が横たわっている。


 肌の色が変わっていた。

 身体のあちこちが膨らんでいる。

 何かが、ゆっくりと動いていた。

 白くて、小さなもの。

 うねうねと。

 何匹も。


『……あれ?』

 私は首を傾げた。

 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

 私、ちゃんとお風呂に入ってたのに。

 毎日、身体を洗ってたのに。

 涼太くんが好きだって言ってくれたシャンプーも使ってたのに。


 男の人たちが何かを話している。

 私は、その言葉をよく聞いていなかった。

 ただ、浴槽の中を見つめていた。

 私だったもの。

 もう、私には見えなかった。


 ◇


 しばらくして、私の身体が浴槽から運び出された。

 何人もの人が、慎重に持ち上げていた。


 水が床に落ちる。

 ぽたぽたと。

 何かが剥がれ落ちる。

 私はそれを見つめていた。


『……やめて』

 そんなに見ないで。

 恥ずかしいよ。

 知らない人たちに、こんな姿を見られたくない。


 そして。

 ふと、涼太くんの方を見た。

 涼太くんは廊下に立っていた。

 顔を真っ青にして。

 私の身体を見つめていた。


『……涼太くん』

 目が合ったような気がした。

 もちろん、そんなはずはない。

 でも、私は思わず顔を背けた。


『……恥ずかしい』

 こんな私を見ないで。

 もっと、綺麗な私を覚えていてほしかった。

 笑っている私。

 涼太くんのために料理を作っている私。

 一緒にテレビを見ていた私。

 そんな私を。

 覚えていてほしかった。


 私の身体は、白い布に包まれた。

 そして、運ばれていく。


『……あ』

 待って。

 どこに連れていくの?

 私は慌てて後を追った。

 でも、玄関の前で足が止まった。

 どうしても、そこから先へ進めなかった。


『……待って』

 私の身体が遠ざかっていく。

 涼太くんも、知らない人たちに囲まれていた。

 どこかへ連れていかれるみたいだった。


『……涼太くん』

 私は名前を呼んだ。

『待ってよ』

 返事はなかった。

 玄関の扉が閉まる。

 ガチャリ。

 鍵の音がした。


 部屋が静かになった。

 私は、いつもの場所に立っていた。

 涼太くんが帰ってくるのを待っていた場所。

 毎日、「おかえり」と言っていた場所。


『……涼太くん』

 もう一度、名前を呼んだ。

 返事はなかった。

 私はしばらく、玄関を見つめていた。


 そして、ようやく気づいた。

 もう、誰も帰ってこないんだ。


 私と涼太くんの七日間は、こうして終わった。


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