思い出
今日も、あの女の人が来た。
涼太くんは相変わらず元気がない。
ソファに座ったまま、ずっと俯いている。
女の人はそんな涼太くんを見て、ため息をついた。
「いつまでそんな顔してるの?」
「……分かってるよ」
「分かってないでしょ」
「うるさいな……」
涼太くんが小さく呟いた。
女の人は何も言わず、テーブルにスマホを置いた。
私のスマホだった。
『……また?』
女の人は画面を開き、何かを操作し始めた。
私は隣から覗き込んだ。
『……あ』
写真だった。
私の写真。
涼太くんと一緒に撮った写真。
旅行に行ったときの写真。
誕生日にケーキを買ってもらったときの写真。
初めて2人で行った遊園地の写真。
女の人は、それらを次々と消していた。
『……やめて』
思わず声が出た。
『やめてよ』
どうして消すの?
それ、私の大切な写真なのに。
女の人は何も言わずに操作を続ける。
1枚。
また1枚。
思い出が消えていく。
『……お願い』
私は女の人の手に触れようとした。
でも、触れられなかった。
指先が、すり抜けてしまう。
『……やめてよ』
もう、これ以上。
新しい思い出が増えることなんてないのに。
せめて、今までの思い出くらい残しておいてほしかった。
画面に、1枚の写真が映った。
涼太くんと私。
付き合って初めて迎えたクリスマス。
2人で撮った写真だった。
涼太くんは、少し照れくさそうに笑っている。
私は、その隣で笑っていた。
『……あ』
覚えてる。
この日、すごく寒かったんだ。
涼太くんが自分のマフラーを貸してくれて。
私が「寒くないの?」って聞いたら。
涼太くんは笑って言った。
「美幸が寒くなきゃいいよ」
嬉しかったな。
すごく、嬉しかった。
画面に指が触れる。
ガリッ。
女の爪が画面を引っ掻いた。
そして、写真が消えた。
『……あ』
なくなっちゃった。
私の、大切な思い出。
女の人は最後の写真を消すと、スマホをテーブルに置いた。
「これでいいわね」
涼太くんは何も言わなかった。
ただ、俯いていた。
『……涼太くん』
どうして止めてくれないの?
あの写真、涼太くんも好きだったでしょ?
何度も見返してたじゃない。
『……ねえ』
「大丈夫よ」
女の人が涼太くんの隣に座った。
優しい声だった。
「私がいるでしょ?」
涼太くんは顔を上げた。
そして、小さく頷いた。
『……涼太くん』
その言葉。
前にも聞いた気がする。
私が倒れていたとき。
あの女の人が、私に言った言葉。
彼のことは私に任せて。
そう言っていた。
女の人が涼太くんの手を握る。
涼太くんも、その手を握り返した。
『……その女の人が好きなの?』
聞いてみた。
もちろん、返事はない。
『私のことは?』
もう、好きじゃないの?
涼太くんは何も言わなかった。
◇
夜になった。
2人はまた、私のベッドで眠っていた。
女の人は、私の枕を使っている。
涼太くんは、その隣。
私はベッドのそばに立っていた。
『……涼太くん』
返事はない。
『私、まだ好きだよ』
何度も言った。
でも、届かなかった。
女の人が寝返りを打つ。
涼太くんの方へ身体を寄せた。
私は目を逸らした。
『……嫌だな』
小さく呟いた。
もう、私の居場所はないんだ。
そう思った。
でも、どうしても離れられなかった。
私はまだ、涼太くんのことが好きだったから。




