冷たい身体
ゴンッ。
『……痛い』
頭を何かにぶつけた。
どうして?
どうして、そんなふうに扱うの?
涼太とあの女の人が、私の身体を運んでいた。
廊下を通り、洗面所へ。
そして浴室へ。
私は床に横たわったまま、2人の姿を見ていた。
不思議だった。
自分がそこにいるのに、私は少し離れたところから、その様子を眺めていた。
涼太が私の腕を持ち上げる。
女の人が足を抱える。
2人は私を浴槽へ入れようとしていた。
でも、うまくいかなかったみたい。
私の頭が浴槽の縁にぶつかった。
ゴンッ。
『……痛いよ』
涼太。
もう少し、優しくしてほしいな。
『あ……』
今度は腕が変な方向に曲がった。
痛い。
痛いよ。
そう思った。
でも、何も感じなかった。
頭をぶつけても。
腕が曲がっても。
もう、私が痛みを感じることはなかった。
『……そっか』
私、死んじゃったんだ。
涼太に殺されちゃったんだ。
そう考えると、少しだけ悲しくなった。
でも、涼太はもっと悲しそうだった。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ……」
「大丈夫だから。落ち着いて」
「でも……」
「今さらどうにもならないでしょ」
女の人は、ずいぶん落ち着いていた。
涼太とは対照的だった。
私の身体を浴槽に収めると、2人はどこかへ行ってしまった。
『……涼太?』
返事はない。
しばらくすると、玄関の扉が開く音がした。
ガサガサ。
何かを運んでいるみたい。
2人が戻ってきた。
大きな袋をいくつも持っている。
『何、それ?』
女の人が袋を開けた。
ガラガラガラ。
白くて透明なものが、私の身体に降り注いだ。
氷だった。
大量の氷。
涼太も袋を持ち上げる。
ガラガラ。
また氷が降ってくる。
私の足が埋まった。
お腹が埋まった。
胸も、腕も。
最後には、顔の周りまで氷でいっぱいになった。
『……寒い』
思わず呟いた。
『寒いよ、涼太くん』
でも、寒さも感じなかった。
ただ、見ているだけ。
氷に埋もれていく自分を。
「これで少しは……」
「そうね。しばらくは大丈夫だと思う」
女の人が言った。
何が大丈夫なんだろう。
私は全然、大丈夫じゃないのに。
涼太は浴槽を見下ろしていた。
私の顔を見ようとはしなかった。
『ねえ、涼太くん』
そんなに悲しそうな顔をしないで。
私まで悲しくなっちゃうよ。
女の人が浴槽の蓋を閉めた。
浴室の扉が閉まる。
静かになった。
『……涼太くん』
もう一度、名前を呼んでみた。
返事はなかった。
季節は冬。
ただでさえ寒いのに、こんなに氷を入れなくてもいいのに。
私は浴槽の中に横たわる自分を見つめた。
氷は、残された体温を奪いながら少しずつ溶けていた。
『……この氷、いつ溶けるのかな』
誰も答えてくれなかった。




