私の死んだ日
私は彼氏に殺された。
付き合って3年。
そろそろ結婚だって考えていた。
そんな大好きだった彼に、私は殺された。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
ほんの少し、お金の話をしただけなのに。
ただ、それだけだったのに。
あの日のことは、今でもよく覚えている。
そう、あれは仕事帰りに親友の澪と会った日のことだった。
◇
「ねえ、美幸。涼太くんって、家賃とか払ってくれてるの?」
「え? ううん。別に同棲してるわけじゃないし」
「でも、ほとんど美幸の家にいるんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
仕事終わりに立ち寄ったカフェ。
向かいに座る澪は、呆れたようにため息をついた。
「それって、ほとんど同棲じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ。食費とか光熱費とか、美幸が払ってるんでしょ?」
「うん。でも、涼太の職場が近いから泊まってるだけだし」
「それでも、少しくらい負担してもらった方がいいと思うよ」
澪は昔からしっかりしている。
私が困っていると、いつも相談に乗ってくれた。
だから、今回も私のことを心配してくれているんだと思った。
「でもね、涼太って、ちょっと怒りっぽいところがあるから……」
「知ってる。でも、美幸たち結婚するつもりなんでしょ?」
「……うん」
「だったら、なおさらだよ。結婚したらお金の問題ってもっと複雑になるんだから」
確かに、その通りだった。
いつまでも曖昧なままじゃいけない。
私だって、涼太とちゃんとした将来を考えていた。
「一度、話してみようかな」
「うん。それがいいと思う」
澪は嬉しそうに笑った。
「美幸には幸せになってほしいから」
「ありがとう、澪」
◇
「ただいま」
夜。
仕事を終えた涼太が帰ってきた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「おう。腹減った」
涼太は上着を脱ぎ、いつもの席に腰を下ろした。
私の向かい側。
テレビの見やすい、彼のお気に入りの場所だった。
「今日さ、澪と会ってきたんだ」
「へえ」
「それでね、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「何?」
私は少しだけ迷った。
でも、ちゃんと話し合わなきゃ。
これからも一緒にいるために。
「あのね、生活費のことなんだけど」
涼太の箸が止まった。
「生活費?」
「うん。ほら、最近ほとんどこっちに泊まってるでしょ? だから、少しだけでも負担してもらえたらなって」
「……は?」
涼太の声が低くなった。
「俺に金払えってこと?」
「そうじゃなくて、これからのことも考えて……」
「同棲してるわけじゃねえだろ」
「うん。だから全部じゃなくて、少しだけでいいの」
「じゃあ何? 俺がここに来るのが迷惑ってこと?」
「違うよ」
どうして、そうなっちゃうんだろう。
私はただ、これからのことを話したかっただけなのに。
「澪に何か言われたのか?」
「え?」
「さっき澪と会ったって言ったよな」
「うん。でも、澪は私のことを心配してくれて……」
「人の生活に口出ししてんじゃねえよ」
「そんな言い方しないでよ」
思わず声が大きくなった。
涼太が私を睨んだ。
「お前、最近うるせえんだよ」
「……そんな言い方」
「何が?」
「私だって、涼太とちゃんと暮らしていきたいから言ってるのに」
「だったら黙ってろよ!」
涼太が立ち上がった。
私は驚いて、一歩後ろに下がった。
「ちょっと、落ち着いてよ」
「お前が余計なこと言うからだろ!」
「だから、話を……」
その瞬間。
強い力で身体を押された。
視界が傾く。
足が床を離れたような感覚。
そして。
ゴンッ。
何かに頭をぶつけた。
痛い。
とても、痛い。
目の前がぼやけていく。
「……美幸?」
涼太の声がした。
「おい、美幸?」
返事をしようとした。
でも、声が出なかった。
「なあ、冗談だろ?」
涼太が私の肩を揺する。
やめて。
頭が痛いの。
「おい! 美幸!」
そんなに大きな声を出さないで。
ちゃんと聞こえてるよ。
でも、身体が動かない。
指先ひとつ、思うようにならなかった。
「……嘘だろ」
涼太の声が震えていた。
どうしたの?
そんなに怖い顔をしないでよ。
私はここにいるよ。
しばらくして、涼太が誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし……頼む、来てくれ」
誰に電話しているんだろう。
ねえ、涼太。
私、ちゃんと聞こえてるよ。
だから、そんなに慌てないで。
少しだけ、休ませて。
◇
どれくらい時間が経ったのだろう。
玄関の扉が開く音がした。
女の人の声が聞こえる。
「涼太、大丈夫?」
知らない声だった。
「どうしよう……俺、美幸を……」
「落ち着いて。とりあえず見せて」
足音が近づいてくる。
涼太と、知らない女の人。
誰だろう。
私の知り合いではないと思う。
女の人が、私の顔を覗き込んだ。
やっぱり知らない人。
「涼太くん。この人はだれ?」
もちろん、声は出なかった。
女の人はしばらく私を見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「……彼のことは私に任せて」
どういうこと?
なんで、そんなこと言うの?
「だれ? いやだよ、涼太くん」
私がいるのに。
涼太くんは、私の彼氏なのに。
ゴキッ。
意識が、ぷつりと途切れた。




