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最優先する青  作者: 青木りよこ
19/35

就業時間

「ご卒業おめでとうございます。先輩」


先輩か。

お前は一度も俺のこと先輩なんて呼んだことなかったよな。

二つも年下のくせに出逢った時からずっと呼び捨てだった。

ピンクが基調になった花束はどう見てもお前が選んだのではないと無情なほど教えてくれる。

もう本当にお前はいないんだな。


「大学に行っても時々遊びに来てくださいね」


これが百パーセント社交辞令だと言うのをうんざりする程俺は知っている。

お前の口から出ると違和感を通り越して滑稽ですらある。

お前は社交辞令もお世辞も言わなかったな。

でも自分が称賛されるのは当然と思っていた。

その通り、お前には称賛されるところしかないよ。

今気づいた。

お前は本当に美しかったんだな。

口の悪さと傍若無人さが全てを相殺できないくらい。


「あの、先輩?」


その声で俺を先輩と呼ぶのはやめてくれ。

その目で俺を見ないでくれ。

そんなこと言っても目の前の後輩は困るだけだろうな。

実際俺も困ってるんだ。

どうして俺だけが憶えているんだろうな。

他の奴に聞いても誰もお前を憶えていないんだ。

お前は確かに此処にいたのに。


「悪い。花有難う。じゃあ、元気で」


俺は初めて彼女に背を向け歩き出す。

あいつなら待て、私を置いていくなんて何様だと言うだろうな。

お前は絶対に俺の前にしかいなかったよな。

並んで歩いたことすらなかった。

いつだって俺はお前の背中ばかり見ていた気がする。

その細い背中が何を抱えているのか何も知らぬまま。

お前は全部持って行っちゃったんだもんな。

そういえば春が来たら一緒に桜を見に行くって言ってたな。

俺は一人で見に行くよ。

あと一度も言わなかったけど、お前のピアノが好きだったよ、俺は。

ピアノだけじゃないな。

お前が好きだったよ。

もう一度ピアノを限界までやってみようと思えたのはお前に出逢えたからだ。

有難う。

お前のこと誰も憶えていないならそれはそれでいいな。

もう俺だけだ。

いつも言ってたな、お前。

渚は私のものだと。

その通り。

俺はお前のものだよ。

でもお前だってそうだろう?

目を閉じれば浮かんでくるのは、初めて逢った夕焼けの色。

振り向いたお前がピアノから離れ近づいてくる。

まるで約束してたみたいに。

そう言えば言ったなお前。

遅いって。

悪いな。

俺はいつだって遅れてくるんだ。

ああ、でも今度はちゃんと行くからそこで待っててくれよな。

俺がどんな姿でもお前は見つけてくれたよな。

だから何も怖くない。

灰になるまでピアノを弾くよ。

そうすれば逢えるな。

お前のことを皆憶えていないなら、お前のピアノも誰も憶えていないってことだよな。

最高だ。

美しく傲慢な俺の俺だけの市場最高最強のピアニスト。

連城小鳥。

もう二度と聞くことはできない。

夢のような俺の、俺だけが知っている世界一可愛い、嵐のような俺の。






俺の何だよ?

あと市場って何だよ、史上だろ。

まあでも、こういう小説ばっかりだったら楽なのにな。

可愛らしい男女が恋愛する話ばっかりだったら。

しかも俺の好きな二重人格ヒロインで、主人公はヒロインに一途。

アニメ化の暁には青野が連城小鳥をやりますように。

というより全世界の多重人格ヒロインは全て青野に話が行きますように。

でもこれ、アニメ化より実写化したら最後まで碌に描写されていない主人格ヒロインとくっ付くとか言う最悪なオチにされそうだな。

やめてくれ。

これは別れるから素晴らしいんだ。

主人公がピアノを弾き続けると決断し音大に合格したら消えていくなんて最高のラストじゃないか。

しかも本当に唐突に別れが来るのとか実にいいと思う。

これ以上ない結末だから、もうやめてくれ。

ただ青野が連城小鳥やるならオリジナルオチでも構わない。

青野次第だ。

でも青野がやるなら連城小鳥のライバル役の石野ゆかりだろうか。

あー、そうかも。

主人公は上坂君がいい。

というより上坂君しか考えられない。

時計はあと一分で五時で就業時間が終わる。

今日一日で何回見ただろう。

こんなに時計を見たのは初めてだ。

一日が酷く長く感じた。

あと三十秒、二十秒、十秒。

俺は立ち上がった。

電車が予定通り来るのか不安になる。

自然と足が速くなる。

速く歩いたって早く石山に着くわけじゃないのに。

待ち人が美人だからだろうか。

まあ、そうに決まっているか。

もう一度見れるんだ。

あの彼方までため息が届くような美しさを。

電車は自分で運転するわけじゃないから人任せだ。

だから俺は今まで電車遅いななどと思ったことはなかった。

でも今日は早く着かないかなと思った。

もう見るのは最後だろうから少しでも早く着いて長い時間見ていたい。

未来まで行っても断言できる世界一美しいその顔を。

まるでイベント前だ。

そわそわする。

それはそうだ。

だってこれはかなり大きなイベントだ。

世界一美しい顔を見に行くという。

そうだ、そうなんだ。

だから燥いだって仕方ないんだ。

鼓動が飛び出して喧伝しているような気がしても、わけもなく喉が渇くような気がするのも、階段を急いで登っているのも、仕事中時計ばかり見ていたのも、夜お腹いっぱい食べようと思って昼きつねうどんだけにしたのも、全部そのせいなんだ。

恐らく俺の人生最大のレアイベント。

美人と二人きりで食事。

改札を出て呼吸を整える。

窓から見える夕焼けが赤くて眩しいほど鮮やかで、早く目に優しい青を見たいと思った。

























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