閑話 弟視点 後編
美術館へ行くと言ってやってきた、同人誌即売会。まぁ、ある意味僕にとっては美術品が並んでいるから完全な嘘ではない。
メガネとマスクは電車の中ですでに身につけていた。
会場についてから、ジャージ上下に着替え、カツラを付ける。更衣室出入り口に設置されている姿見で自分の姿を確認する。
弟だな。うん。
顔は、ほとんど見えない。前髪の隙間から、メガネのフレームと、目の一部が見えるような見えないような……。
知り合いが見れば分かる?……。いや、こんなところに鳳凰学園の生徒が出入りしてるなんて誰も思わないだろうな。
だけど、念のため……。
メガネを外すと、指でレンズをぺたぺたと触り、汚した。
メガネをかけ直して鏡を見る。
手の脂が付いたメガネは、ちょいと曇り、変な光を発している。
汚いメガネ、それだけで少し下品な感じがする。不潔感というのか……。メガネの奥の目は、メガネの汚さの印象にかき消される感じだ。
まぁ、そのメガネも前髪でほとんど見えないのだが。これで知っている人がもし僕を見たとしても分からないだろう。
いつもは、清潔感のある人間というイメージのはずだし、こんな姿を見ても、僕を知る人物は僕と同一人物だと思うことこ心が拒否するんじゃないかな。ははは。
着替えを済ませて、いざ会場へ。
初めての同人誌即売会。
ああ、どうしよう。どこから回ろうか。
どうしよう……、今更ながら、緊張して来た。
嬉しさと緊張がない交ぜになったドキドキで心臓が破裂しそうだ。
そこで、僕は運命の出会いを果たす。
「鳳凰学園」
僕を家じゃなく、オタクな僕自身を見てくれる人。
初めてだ。
怖くない。嫌いじゃない。
違う、怖がられたくない。嫌われたくない。
大切にしたい女の子。
あの日から、学校へ行くのが楽しくなった。
あれほどうっとおしかった学校の女子たちも、平気になった。
もしかしたら、この子たちの誰かが姉さんなのかもしれない……そう考えるだけで幸せな気持ちになれる。
僕を好きだと言ってくれてる誰かが、姉さんだったらいいのに。
そうすれば、オタクな僕も背景にある家も全部ひっくるめて僕のことを好きになってくれるはずだ。
もし、姉さんが特待生の子だったら……。
僕の家のことで、僕のことを避けるようになるかもしれないんだから……。
「どのような女性が好みなのですか?」
毎度おなじみの質問。
いつもは答えることもなく、曖昧に微笑む。
だが、今日の僕は違う。
頭には姉さんの姿しか思い浮かばなかった。
優しくて、照れ屋で、BL好きな女性だ。それが僕の好み。
ああ、声を大にして言えたらいいのに。
BL好きの子が大好きだと!
だけど、両親との約束がある。趣味がバレるような言動をするわけにはいかない。
姉さんの姿を思い出す。
白くてきれいな指をしていた。
ピンクのキラキラした財布を持つ手。
ああ、姉さんの手を独り占めしたい。
ずっと、手をつないでいたかった。
あの日身に着けていた物は、すべて宝物だ。姉さんの触れた服……。壁にかけて置いてある。洗濯するわけはない。
そして、出会いのきっかけになった靴も、箱に入れて部屋に置いてある。
学校へは新しい靴を用意してそれを使っている。
そして、一番の宝物、姉さんの唇に触れたマスクは……。
お守り袋に入れて、肌身離さず持ち歩いている。
ああ、ダメだ。あの時のことを思い出すだけで、心臓が。
衝動的にキスしちゃったけど、姉さんは許してくれた。色々と誤解してたからだって言うのは分かってるけど……。
僕が、あんな大胆な行動をとるなんて、僕自身が驚いた。
そして、もっと自制心を持たなくちゃって思ってる。反省してる。
だって、嫌われたくないんだから。
なんだったっけ?ああ、そう。女の子の好みを聞かれたんだった。
「ピンクの財布が似合う子……」
その財布から嬉しそうにお金を出してBL同人誌を買う子だよという言葉は飲み込んだ。
模試の次の日、食堂へ足を運んで目に飛び込んできたのは、女の子たちの財布だ。
模試の日は、勉強に必死で全く目に入らなかった。
だけど、今日は女の子たちが持つ財布に目が行ってしまう。
探さない約束。
学校でお互いの正体は知らないままでいようという約束。
だけど、やっぱり……ごめんね、姉さん。
探しちゃうんだ。
会いたいんだ。
あの子の財布も違う。
あの子も違う。
ピンク、色は同じだけれどあれも違う。
姉さんの持っていた財布は……確か……。
え?
今、姉さんの声が聞こえたような?
後方から、姉さんの声によく似た声がした?
耳を澄ましてもう一度声を聴こうとする。
「そうですか、そんなに私の手伝いをしたいというのですね?」
ああ、この声!
姉さん?
「ええ、白川様、ぜひ、お手伝いさせてくださいませ」
別の女生徒の声に続いて、姉さんそっくりの声が高飛車なセリフを口にした。
「いいでしょう、そこまで言うのでしたら、この私、白川璃々亜の手足として働かせてあげても良くってよ?」
思わず振り返る。
後姿で声の主の顔は見えない。だけれど、財布は見えた。
緑……!
ホッと胸をなでおろす。
よかった。
姉さんじゃない。
似ているのは声だけだ。
確か、白川璃々亜と名乗っていたな。
誰かが噂をしていた。
中学では孤高の女帝と呼ばれ、かなりの家柄の生徒だと。
孤高か。
誰も寄り付かないような人間なのか。
あれほど人を見下したような台詞を平気で口にできるのだ。
最悪だな。
いい家だからと、それを笠にに着て、威張り散らすとか……。
僕の一番嫌いなタイプだ。
姉さんと声だけでも似ているなんて、白川璃々亜……。姉さんの声で醜い言葉を話すところなど、聞きたくもない。
絶対に近づかないようにしなければ。
ごらんいただきありがとうございます。
むふ。
弟の中で、璃々亜と姉さんは別人認定です。
いやぁ、すごいタイミングの台詞を聞いちゃったもんだね。
わっはっは。




