閑話 司書視点
ある日、驚くことが起きました。
「あの、本を直していただきたいのですが……」
鳳凰学園の生徒が、本を直してほしいというのです。
「どのような本でしょうか?」
「図書室の本ではありませんの。それでも、頼むことはできるでしょうか?」
図書室の本ではない?
私は、学校に雇われて図書室で働いている。業務は図書の管理などだが、生徒個人の本の修復作業を果たして受けてもいいものか?
生徒の差し出した本を見て、声をあげる。
「まぁ!素敵な本ですね!」
「素敵?」
生徒は、びっくりした顔をしている。それもそうか。ボロボロになった本を見て素敵だと言う人間に会うのは初めてなのかもしれない。
「ええ、素敵にボロボロですね。大切に長い間読んでいたことが一目で分かりますもの」
「素敵にボロボロ……」
何度も何度も開いたことで弱くなった背表紙。
同じような場所を持ってめくったことで、少しかすれている場所がある。
小さなころから読み続けていたのだろう。紙の端が上手くめくれなくて少し折れ曲がったりもしている。
あちこちに持ち歩いたのか、本の角が潰れて丸くなっている。
「これは、涙の跡かしら?」
開き癖が一番ついているページの中央には丸い濡れた跡がいくつかある。
「涙?」
生徒がハッとした表情を見せた。
「と、友達の大切な本なのです。あの、私、昨日図書室で本を修復しているのを拝見して、それで、ここなら直していただけるのではないかと……」
本を大切にする友達と、友達を大切にする生徒……。
そして何より、私たち司書の本の修復する仕事を認めてくれる生徒。
「ばかばかしぃ。新しい本をお買いになればよろしいのに。本を直す時間がもったいないですわ!」
「直したって、あんな本誰もよまねぇのになぁ。汚い本を手に取るくらいなら、自分で買うっての」
「えー、直してる本って、江戸時代とかの古い本じゃないんだ。どんな価値があるかと思ったじゃん」
本の修復作業をしていると聞こえる声。
同僚たちのため息。
「明らかに、これはわざと破られていますね……」
「こちらの本はペットの爪とぎにされたみたいです。どこに本を置いていたのでしょう」
「ああ、こちらの本は修復は無理ですね。本に落書きがしてあります……」
「返却するだけマシなのですかね……。戻ってこない本もありますから」
同僚たちの言葉に、私は心の中でうなずく。
そう、戻ってくるだけマシという言葉は本当だ。
返却予定日を過ぎても返却されない本。
「あら?どうしたかしら?ごめんなさい、読み終わったら処分する癖がございますの。自分の本と一緒に処分してしあったようですわ」
まだ、この生徒は「ごめんなさい」と謝ってくれただけマシな方だ。
「はぁ~?俺たちの学費や寄付金で図書室にもいっぱい金が回ってるんだろ?返した返さないなんてけち臭いこというなよ」
借りたものを返すということを理解していない者。
「おいくらですか?」
本屋と勘違いしている者。
もちろん、普通に利用してくれる生徒もいる。
本が好きな子たちもいる。
だけど、このように私たちの仕事に気を留めてくれ、大切にしていた本を直してほしいと言う生徒は今までいなかった。
図書館で、個人の本の修復を請け負うのは駄目だろう。
だが、ここは学校の図書室だ。
生徒のための図書室だ。生徒が、本のことで相談に来ている。それに答えるのは、業務外だとは言えないのではないだろうか。
今後、修復依頼が他の業務を圧迫するほど増えてしまうのであれば問題だが、この学校でその可能性は……まず、ないだろう。
一人の生徒が、友達のために、1冊の絵本の修復を望んでいる。
もし、一人の生徒の個人的な本の修復を請け負ったことが問題になるのだとしたら……。
机の引き出しの奥に入れてある辞表を提出するだけだ。
私は、疲れた。本を大切にしない人と向き合うのが。
目の前に差し出された絵本の修復が最後の仕事になるなら、何の悔いもなく転職できる。
すがすがしい気持ちになり、ニコッと笑って生徒から壊れた絵本を受け取る。
「直したとしても、新品のようにはなりませんよ?」
「ええ、分かっていますわ」
「ですが、思い出が一つ増えた素敵な絵本になりますよ」
絵本の持ち主にとって、友達が修復してくれたという思い出が絵本にプラスされるだろう。
「あ、ありがとうございます!」
女生徒は、ぱぁっと明るい顔になった。
表情豊かな子だなぁ。
本を持って、カウンターの奥に行く。
女生徒は、まだ心配そうにこちらを見ている。
「作業を見てみますか?」
尋ねると、女生徒は「よろしいのですか?」と嬉しそうに奥の部屋に入ってきた。
「まず、この破れたページを修復しましょう」
いつものように、クッキングペーパーを取り出す。
「クッキングペーパーには糊がくっつきにくいんですよ。ですから、はみ出した糊がくっついて紙が破れることがないんです」
説明をしながら作業を進める。
「うまく糊代が残って破れているから、糊でくっつけられますよ」
にこっと笑って、破れた部分を指さす。
印刷が出ていない紙の中。白い部分が3~5ミリ出ている。ここを糊代として糊を塗り、印刷がずれないように丁寧に張り付けていく。
はみ出した糊をふき取り、上にもクッキングペーパーをのせ、おもりとなる木の板を置く。
破れたページすべて同じ作業をする。
「ずれないように、こうしてそっと1日置いておくの。完全に糊が渇いてから、次の作業をするのよ」
「1日置いておく?ということは?」
次はどんな作業をするのかと、期待に満ちた目で生徒は見ているけど、残念ながら今日の作業はここまでだ。
「月曜までには修復しておくので、月曜以降に取りにきてもらえるかな?」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げて、部屋を出て行こうとする女生徒を引き留めた。
「クラスと名前を教えてもらえる?何かあれば連絡するけれど、持ち主の友達に連絡した方がいいのかな?」
「いえ、私にお願いいたします」
紙とボールペンを差し出す。
女生徒がボールペンを見て肩を揺らして反応した。
ああ、そういえば昨日ボールペンを貸した時に、友達がD-SPORのファンだって言ってたっけ。
「ちょっと待っていてね」
自分の机に戻って、引き出しからD-SPORの人形を取り出す。ガチャで、キャラかぶりした物だ。実に、全種類そろえるために、4つも5つも同じのがかぶっている。
「これ、よろしければお友達にどうぞ」
差し出してから、青ざめる。
しまったぁ。
話口調からするに、この生徒もお嬢様だよね。
お嬢様に、数百円のガチャの人形……しかも、かぶったようなレアでもないようなもの差し出すなんて……。失礼なことしちゃったよ……。
「え?いいんですか?みやこきゃ……」
「みやこきゃ?」
「い、いえ、何でもありませんわ。ありがとうございます!とっても嬉しいです!」
満面の笑み。
良かった。喜んでもらえた。
だけど、この顔見てると……、次々与えたくなるのは何でだろう?
「他にもまだあるけど、いるかな?」
ぱぁーっと、明るい顔になる女生徒。
友達のために、ここまでいい顔ができるのって、すごいなぁ。
いつもありがとうございます。
本編に先だった内容となっておりましたが、裏側を先に読んで、表を読むのはどうでしょうか?
ホワイトデーですが、通常営業です。




