第142話 璃々亜はラッキーガールらしい
はっ!
ここは昇降口からすぐの廊下。次々と登校してくる生徒たちが、通るに通れなくて溜まっている……っていうか、私と小悪嬢のやり取りを見てたっ!
きゃーっ、目立ちたくないのに。
ほ、ほほほ?
にこっと優雅に微笑んで見せると、教室に向かった。
やっべ!絶対、顔が引きつってたよね。
本を大切にしない人間に思わず腹が立てるなんて……。ううん、違う。
私、相原さんだったから、腹を立てたんだ。
本を雑に扱う人間にも確かに腹が立つ。だけど、あんな風に思わず突っかかるような声を掛けたのは、相原さんが泣いていたから。
いや、だけど、ちょっと大げさに脅しすぎたかな?
相原さんの持っていた本って、割と有名な絵本じゃなかった?例え絶版していたとしても、いきなり入手できなくなるとは考えにくい。
本屋の店頭に在庫として残っているんじゃないかな?出版社の倉庫にあるかもしれない。作者が献本として受け取ったものが手つかずで残っている可能性もある。
いずれにしても……。
相原さんは受け取らないだろうけど。
私の耳にはしっかりと聞こえていた。相原さんの声。「亡くなった祖母からいただいた大切な形見の本」って。(注*空耳です)
教室の入り口に立つ。真ん中当たりの相原さんの席に視線を向けると、机の上にバラバラになった絵本を置いて、椅子に力なく座っている相原さんの姿があった。
「テープを借りてきましたわっ」
相良さんが、少しだけ息をあげて教室の後ろのドアから姿を現した。手にはセロハンテープを持っている。
「これで、直しましょう?」
相良さんが、相原さんの机にテープを置いて、声を掛ける。
相原さんはぼんやりしていて、まるで相良さんの声が聞こえていないみたいだ。そんな相原さんを慰めようと、必死な相良さん。絵本を張り合わせようとテープに手を掛けた。
「相良さん、ダメ!」
思わず大きな声がでる。
相良さんの手が止まったのを確認すると、急いで相良さんの手からセロテープを奪い取る。
「相良さん、ダメですわ。セロハンテープで貼っては、本が傷むばかりです」
思い出しても泣けるわ。
あれは、高校卒業の年だったかなぁ。
大ファンだった同人作家様が、同人グッズでポスターを売ってたの。それを買って、部屋に貼ったんだけど……。あろうことか私は、画鋲で穴をあけるなんてとんでもないと、ポスターよりも一回り大きな紙を用意して、そこにポスターを貼ったのですよ。……セロテープで。周りをぐるっと一周。
補強にもなって破れにくくなると思っていた過去の私、出てこい!
セロテープの色が変わり、パリパリはがれてやっと気が付いた。セロテープは変色した上に、その色が紙に残るんだよ!
張り合わせてもパリパリになってセロテープははがれちゃうんだよ!色だけが、紙に残るという最悪な結果をもたらすんだよ!
あああ、蔵王大師様のサイン入りポスターが……涙。
「白川様……」
私の顔を見上げる相原さんの目からは、涙がぽろぽろとこぼれてます。
「だ、大丈夫ですわ!」
何が大丈夫だと言うのだ。自分でも呆れる。
机の上には、表紙側と裏表紙側の2冊に分かれた絵本。裏表紙側の何ページかは、敗れていくつかの破片となっている。
相原さんの涙が一瞬止まる。
「よかったですわね、白川様が大丈夫だと言うのであれば、大丈夫ですわ!」
相良さんが、相原さんのに力強く宣言する。
うっ、
あっ、
……い、痛いの痛いのとんでいけ~ってくらい、怪しい。そんな呪文じゃ怪我治らないから。痛いのが飛んでいったのは気のせいですよ?
私が大丈夫だって言ったから大丈夫っていうのも、それくらい気のせいですよ?
やばいですぅぅぅ。
期待に満ちた目で、相原さんが見てる。
うううっ、えーっと、同人誌を作る時に、背表紙に塗るゴムっぽい糊とかなんかあったような……あれで、くっつくかしら?
破れたところは、セロハンテープじゃなくてメンディングテープなら大丈夫かな?
漫画の原稿で張り付ける必要があるときにメンディングテープを使っているって同人誌に書いてあった……。
あれ?でも、それって、トーンがはがれないように貼る時だったっけ?セロハンテープみたいな光沢がないからよかったんだっけ?やっぱり長期間だと劣化しちゃう?
おおーうっ!
わ、分からないわ。
冷汗がだらだら。
「白川様……。この絵本は、祖母からいただいた大切な本なのです。私……辛いことがあった時に、何度もこの本に救われてきたんです」
一度止まった涙が、はらはらとまた流れ落ちている。
うわーん、泣かないで。
「だ、大丈夫ですわ。私、これでも図書委員ですもの!本のことならお任せください!」
うおー、言ってしまった。痛いの痛いの飛んでいけー呪文……。
ああ、そうだ。似たような呪文に「つばつけとけば治る」ってのもあったなぁ……。
「大丈夫か、京!」
部活帰り、公園で1ON1をしていると、京様が転んでひざを擦りむいた。
「大丈夫ですよ、これくらい、なめとけば治ります」
にっと笑う京様の前に跪く都キャプテン。右手を、京様の膝の裏に回し、顔を傷口に近づける。
優しく、舌で傷を舐める都キャプテン
「あっ、キャ……キャプテンッ」
驚き声を上げる、京様、その先は……ふふ腐。
って、現実逃避してる場合じゃない!
「本当ですか?ありがとうございます!」
あああ、い、今更、大丈夫じゃないかもなんて言えない、言えるもんですか!
ちくしょー!
「図書委員として当然ですわ」
なわけあるかーい!
ん?
待てよ?図書委員?
「あ!」
思わず声が出る。
「?」
「えっと、相原さん、数日絵本を預からせてくださいますか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
そうでした。
ちょうど昨日、本の修復してるの見たばっかりでした!
うふふっ。
私ってば、ラッキーガール。
お読みいただきありがとうございます。
実際に、昔はスクリーントーンがはがれてこないように、小さい部分(髪の毛の先とか目の中身とか)の上からメンディングテープを貼っていたんですよ。今はデジタルでトーン処理しちゃう人も多いだろうから、こういう知識もすたれていくんだろうなぁ。
ちなみに、原稿を切り抜いてコマとコマを貼る場合は、裏に紙を当てて糊付けですよ。テープじゃないです。
……これらの知識は、漫画家の友人に教えてもらったものです。




