第141話 小物悪役令嬢がやらかしたらしい
昇降口で靴を履き替えると、少し前方に相原さんと相良さんの姿が見えた。
ふふふっ。今日は私から声を掛けちゃおうかなぁ!
おはようじゃなくて、ごきげんようだからね。
噛まないように。うん、大丈夫。
「ご」
おや?相原さんの向こうに、昨日見た顔が。
えーっと、名前、名前、もし話しかけられた時のために思い出さなくちゃ。流石に昨日の今日で名前を忘れるとか失礼すぎるよね?
小悪嬢の須田?須磨?須下?下衆?ち、違う、だんだん離れている気がする。えーっと、えーっと、す、す、す……。
小悪嬢はの後ろには取り巻き4人。きっちり人数そろえて歩き回ってるのかな?
大変だなぁ。悪役令嬢って。
もしや、トイレに行くにもどこへ行くにも一緒なのかな?……。トイレで手を洗った後とかに、取り巻きがさっとハンカチ差し出すとか?やだわー、トイレの前で出てくるの待たれるとか……。想像しただけで……怖っ!よかった、私には取り巻きがいなくて!
取り巻きの一人が何か声を掛けたようで、小悪嬢が後ろを向いたその瞬間、何と間の悪いことに、男子生徒の一人が早足で廊下を通り過ぎる。
どんっと、男子生徒は相原さんにぶつかり「すまない」と、謝りながら急ぎ足で立ち去っていった。
幸いにして、相原さんが痛がる様子もないので、ほっとしたのも束の間、バサッと音を立てて相原さんは手に持っていた紙袋を落とした。
中に入っていた数冊の絵本が廊下に散らばる。相原さんは慌てて拾おうと本に手をかけた。。
そこに、後ろを見ながら歩いていた小悪嬢が、広がった本の端を踏んだものだから、持ち上げようとした相原さんの手が踏みつけられた本を引っ張る形になり、本がビギッと音を立てて真っ二つに裂けた。
「ああっ!」
相原さんが大きな声を上げ、そこではじめて、小悪嬢は足元を見た。
「あら、失礼、見えてなかったものですから」
足の下にある半分になった絵本を取り巻きその1が拾い上げ、相原さんに手渡す。
受け取った相原さんは、目に涙を浮かべて、絵本を両腕に抱きしめた。
「祖母に買っていただいた大切な絵本が……」
相原さんが、震える声で呟いている。
「そんな本、いくらでも弁償して差し上げますわ!」
小悪嬢がくいっと顎を揚げ、取り巻き2に指示を出す。
「同じ本を買って、すぐにお届けいたしますわ」
両腕に抱きしめている相原さんの手から、取り巻き2が強引に絵本を取ろうとした。
相原さんが、首をフルフルと小さく振り、うつむく。
「結構です」
小さいけれど、声の震えも止まりしっかりした声で、相原さんが声を発する。
「遠慮することはありませんわ。そんなボロボロな本より、新しい本の方がよろしいでしょう?」
取り巻き2も面子があるのか何なのか、断っている相原さんの手から、さらに力を入れて本を取ろうとした。
うわー、あんなに引っ張ったら……。
ビリリッ。
ああ、想像通り、絵本はさらに破れた。
「あらら、素直に渡していただければ、こんなことにはならなったのですのに。でも、どうせ新しい本を買って差し上げるのですから、タイトルさえわかれば問題ありませんわね?」
ふふふっと、取り巻き2が、敗れた絵本の端きれをつまみあげる。
「かっ、返してください!」
相原さんが、取り巻き2の手から端きれを奪うようにして取り、走り出した。
「あら、廊下は走ってはいけませんのよ。はしたないですわよ」
くすくすっと、小悪嬢と取り巻きが笑い出した。
残された相良さんが、床に落ちている他の本を拾い集め紙袋に入れて、相原さんの後を早足で追いかけて行った。
なぁーにが、新しいほうがいいでしょうだ!
んなわけあるかーっ!
ボロボロであればボロボロであるほど、繰り返し何度も読んだ思い入れのある本ってことでしょうが!
本に興味がない人間ってのは、時に残酷だ。
「ごきげんよう、須田様」
ん?名前あってるかな?自信ないけど知らない。
「ご、ごきげんよう、白川様っ」
声を掛けられて若干うろたえる須藤さん?やばい、本気で名前が分からない。
「ご存じでして?本は新しい物よりも古いものの方が価値があることがございますのよ?」
思い出せ、思い出すんだ!
ドラマ化もしたBL漫画家「よしながるみ」先生の昔の同人誌の値段は8万もするんだぞ!なめるな!
あ、いや、違う、違う、えーっと、えーっと、そうだ。歴史で習ったあれ、
「グーテンベルクの聖書はご存じかしら?確か、何十年か前に4億円だったはずですけれど、今はおいくら出せば手にはいるのでしょうね?」
取り巻きその2が青ざめた。
「よっ、四億っ」
「あ、あら、らいやだわ、先ほどの生徒が持っていらした本が、そんなに古いものに見えまして?」
少しだけ頬を引きつらせて小悪嬢が反論する。
「いいえ、それほど古いようには見えませんでしたわ。ですが、たかが4、50年前の本でも初版となると100万を超える本はたくさんありますし」
そうそう「オバケのG太郎」の初版が100万とかいう話も聞いたことがあるな。
漫画ですらその値段!
宮沢賢治や芥川龍之介の初版本なんていくらするのやら……。
「ふふふ、白川様はおかしなことをおっしゃいますのね?須田家の人間が、たかだか100万円の金額で驚くとでも?」
ぐお?驚かないの?
私は驚くよ!
100万だよ?本1冊に100万だよ?いくら欲しくて、お金があっても、やっぱり買うのはためらわれる。
そもそも、璃々亜はまだ働いていないんだから、すべて親の金だ。親の金を趣味に使うのは気が引ける。……。
いくら金持ちでも、その辺はきっちりしないと「3代目は会社をつぶす」っていうバカな子供が出来上がると思うんだよね。
だが、私は最近鍛え上げている得意のポーカーフェースで、驚きを隠して言葉を続けた。
「そうですわね。100万だろうが、1000万だろうが、手に入るのであれば運がよろしいですわね。絶版になって手に入らない本も世の中にはたくさんありますから。そうそう、新しい本をと仰っていましたが、絶版している本を中古以外で探すのは大変ですわよ?見つからなければ、作者に連絡を取って新たに出版されるおつもりかしら?須賀家であれば、それくらいは造作もないでしょうか?私にはとても無理ですわ。デザインから何からすべてまったく同じ本を作るというのは、想像しただけでも気が遠くなりますもの。作者だけではなく、装丁のデザイン、使用フォントなど利権関係をはっきりさせなければならないだけではく、もし今はもう製造されていない紙を使っていたら、紙の復元までしなければなりませんものね?」
小悪嬢と取り巻きが、うっと言葉に詰まった。
悪役令嬢を目指している割なら、ポーカーフェイスくらい身に着けてほしいものですねぇ。
って、私は、悪役令嬢など目指してないし!ポーカーフェイス頑張ってるのは悪役令嬢になるためじゃないし!
「か、彼女には『結構です』と断られましたから!」
小悪嬢は、明らかに上ずった声でそう告げ、「失礼いたしますわ、ごきげんよう!」と踵を返し去っていった。
いつもありがとうございます。
本当、悪役をにくにくしく書くのがへたくそなので、須賀さんをもっと悪者にしようとがんばってますが、小物感が半端なくて……。っていうか、ざまぁする前に、ちょこちょこプチざまぁされてて、どうしてこうなった!な感じですよ……。
まだ、ざまぁのお時間ではないのですが……。
やはり、もっと、大物悪役を登場させねばならぬのだが……うーむ、うーむ、魔王兄の支配する鳳凰学園に、璃々亜を脅かす悪者なんて、登場させるの難しくないかい?・・・・うーん、兄が卒業してから、後輩にすんごいやつを登場させるとか?
まて、まてまて、まだ4月なんだぞ?141話だというのに、4月から話が進んでな・・・・ぐはぁっ




