第65話―ガッペムカつく!―
「こんのーっ!!」
瞳は閉じられ、目尻から溢れる涙。胡椒はイーサンの眼球に突き刺さり、視力を奪う。
「増山さん!」
「おうっ!」
木下は腰から提げたノサダを抜き放ち絶叫する。それに呼応する増山の動きは、野の獣を彷彿とする荒々しいものだった。
姿勢を低くしたまま、ジグザグに駆けていく。
髪を振り乱しながら悶絶するイーサンの背後目掛け、渾身の力を込めた正拳突きを見舞う。
一切の容赦などない。
イーサンが着こんでいるトレーナーの背中に、拳が到達した瞬間。
「ぐふっ!」
増山の体に強烈な衝撃が加わり、後方へ弾け飛ぶ。
イーサンの体に触れたのは拳の先端、僅か数センチのみ。
増山の全身に圧力が加わり、見えない巨大な拳で殴りつけられたかのように吹き飛んで行く。
イーサンは再び力を解放していた。
増山の攻撃に一瞬意識を奪われたイーサンだったが──。
「首チョンパ!させてちょーだい!!」
両手で瞼を押さえ込みながら喘ぐイーサンの真正面から、ほとんど冗談にしか聞こえない言葉を発し、袈裟懸けに切り込む木下。
だが、その眼差しは殺気に満ちていた。
一般市民や公安部隊のメンバー、幾人かの命を救えなかった後悔の念が怒りとなり、この穏やかな青年の心を貫く。
常人の目には捉えきれない速さで、之定の刀身が銀色に輝きながら半円を描いた。
「ふざけんな!!」
イーサンは怒号を吐き出すと、更なる力の解放を行う。
弾き飛ばされた増山の前方に広がる、目に見えぬ圧倒的パワー。
「くっそ!!」
抗うことの叶わない力に、増山は為す術もなく倒れ込む。その力は絶大で、増山の体もろとも屋上のコンクリートを放射状に押し潰し、陥没させた。
「増山さんっ!!」
木下の叩きこんだ之定が、球体状に四方八方へと広がるみえざる力に亀裂を刻む。
「うぉぉーっ!」
ビリビリと震える木下の全身。強化装甲服の外装が波打ちながら、頑強な炭素繊維に幾筋もの裂傷が走る。
「ガッペムカつく!!」
「ふぁっ!?」
突如木下が発した言葉に、拍子抜けするイーサン。木下は片手を自らの脇の下に手の甲から押し付け、指先を開く素振りを見せた。瞬間、之定が目映く輝き出す。
「なっ!?」
刮目するイーサンの目前で、刀身全体が強烈な電撃に包まれていく。
木下の背中に担がれているバッテリー、その後方に備え付けられたラジエーターの電動ファンが一気に回り始め、熱風を排出する。
之定の柄、その下部に取り付けられたチューブを介し、刀身へ向けて1000万ボルトの狂気的な電流が伝う。
自らの道場で増山が使用した、両手のグローブに仕込まれた電磁装甲。その発動モーション“コマネチ”と同様、木下は敬愛する江○2:50の“ガッペムカつく”を発動ワードとして使用していた。
イーサンの操る謎の力。そこから生み出された見えない壁に、爆発的な電撃を纏った之定がゆっくりと突き立てられていく。
木下とイーサンが激突している最中。
1キロ程の距離を置いたビルの屋上に、テレビ局のクルーが陣取っていた。
「ご覧下さい!」
女性リポーターがマイクに向けて声を張る。
雷鳴が轟く方角へカメラを向け、リポーターからスタッフまで、皆一様に驚愕していた。
あどけない少年と、全身を装甲服に包んだ謎の男達が戦っているのだ。
その映像は全国へ向け放送されている。
市街地から離れた郊外にある公民館へ避難した看護婦の東は、右往左往する市民でごった返す広間で、激しい戦いの模様を克明に放送するテレビに釘付けになっていた。
「あの人……」
画面に小さく映る、強化装甲服に身を纏った男。東は直感的に、それが木下だと気づく。
病院から木下と増山が単車で走り去る際に見た、日本刀。
それだけではなく、僅かな時間に数度言葉を交わしただけで、木下の気配を身近に感じていた。
「……やっぱり可笑しい」
何故か東の口許に笑みが浮かぶ。
「るるっらぁっ!!」
木下は全身の力を両腕に集中させ、更なる膂力を刀身へ伝える。
だが、イーサンの操る超能力と、木下の振るう之定に宿る電磁装甲の力は拮抗していた。
「あと一押しぃ!!」
木下が吠える。
「ぐぅっ!!」
呻くイーサンの上唇を、再び血が伝う。
「し、少年を、全身黒ずくめの人物が日本刀?でしょうか……襲っています!あっ!」
女性リポーターが髪を振り乱しながら叫んだ。
「あ、あれは!?……コ、コマネチです!!少年の背後にいる長身の人物が、コマネチのポーズをとっています!!」
カメラがズームして増山の姿を捉える。
「うぉぉっ!!」
吹き飛ばされた衝撃による痛みと、足に響く鈍痛を感じながらも、増山は歯を食いしばりながら立ち上がり、両拳のグローブに電磁装甲を宿らす。
開脚しながら両腕を左右の足の付け根目掛け下ろし、一気に引き上げ、発動モーションである“コマネチ”を敢行した。
その姿は全国へ向け放送され、茶の間の度肝を抜く。
「はぁっ!!」
気合いを吐き、増山が渾身の二段突きを放つ。
木下の攻撃と同時に、イーサンの前後から挟撃する形となった。
殺人的な電撃がイーサンの周囲で渦巻き、青白い電光が目映い輝きと共に弾け、少年の小さな体を前後から襲う。
(ち、力を使い過ぎた──)
木下が見つめるイーサンの表情が歪む。
開いた眼球と鼻、そして口。
鮮血が溢れていた。
「ひぇーっ!ホラー!!」
おどけながら白い歯を見せると、木下は更に刀身へ力をこめた。
そして、増山の拳が、少年の背後から“見えざる壁”目掛け炸裂する。
爆音と共に、少年の背中に2つの拳が刻印された。
──刹那。
「がっ!!」
言葉にならない吐息をつくと、イーサンは白目を剥きながら全身を痙攣させた。
不可思議な力はイーサンの体を中心に一瞬で収束
し、空中に舞い上がっていたコンクリート片が雨のように落ちていく。
イーサンはその場でゆっくりと膝をつき、うつ伏せに倒れた。
全身からはもうもうと黒煙が立ち昇り、少年の体はピクリとも動かない。
数秒前までの轟音は止み、不気味な程の静寂が訪れた。
「ガッペムカつく!」
勝利を確信した木下は、再び自らの脇の下に手を押し付けながら叫ぶと、之定へ伝導させていた電撃を停止させた。
「コマネチぃ!」
増山も再び発動モーションを行う。
その姿も克明にカメラは捉えていて、更に騒然となる全国の茶の間。
事情を知らない者からすれば、木下と増山の姿はいたいけな少年に一方的に折檻を加える凶悪犯にしか見えないだろう。しかし、その凶悪犯の二人が、“コマネチ”と“ガッペムカつく”を全力で披露する姿は、見る者を混乱に落とし入れた。
イーサンの全身は電撃により黒焦げになり、目を背けたくなる程に凄惨な姿を晒す。
「増山さん、大丈夫?」
「あぁ……やっと死にやがったか?」
増山は足を引きずりながら少年に近づくと、小さな背中へ向けてゆっくりと手を伸ばした。トレーナーの後ろ襟を掴んだ瞬間。
「うっ!?」
イーサンの首が180゜後ろへ向けて回転し、その両眼が増山を睨み付けた。
ほとんどホラー映画の様相に、さすがの増山も戦慄する。
一瞬にして、増山と木下の体を再び超能力が襲う。
抗うことも出来ず、互いの体が屋上の両端へ向けて吹き飛んだ。




