第66話―ナノテクノロジー―
『木下君、増山さん、もう大丈夫ですよ』
三国の声は落ち着いている。
「……ふぅ、狸寝入りは性にあわねぇよ」
仰向けの状態から、増山はゆっくりと体を起こした。
「増山さん、うまくいった?」
「あぁ、なんとかな。あのガキの襟んとこにバッチリつけたぜ」
木下は何事もなかったように立ち上がると、音を立てながらスーツを煤けさせた埃を払う。
イーサンの操る謎の力の影響で、強化装甲服を構成する炭素繊維は裂け、中に着込む病衣が垣間見えた。
「野郎はいつも通りに、扉に入ったか?」
『はい。今、発信器の電波をGPSで追跡しています』
三国が注視する研究所のモニター。そこに映し出された地図上には、移動する物体が明滅しながら表示されている。
それは、戦闘の最中、増山がイーサンの襟につけた発信器の電波だった。
衛星を経由し、その動向は克明に辿られていく。
繰り返される謎の扉から出現する脅威。
その根元を叩くため、わざとイーサンに止めを刺さず、泳がせたのだ。
全ては三国の指示だった。
「人が……死にすぎたね」
静まりかえった夜空の下、木下はビルの群れを見つめながら呟く。
「あぁ……、救えなかった」
脚の痛みを奥歯で噛み殺しながら、増山は立ち上がり、同じく視線を巡らせた。
『いえ、君たちはよくやってくれました』
三国は隣にいる小見に笑顔を見せると、木下のバイクに装備したカーナビと、研究所のCPUを同期させた。
『この悪夢を終わらせましょう』
「あぁ」
「うん!」
装甲服のヘルメット越しに、互いの表情を伺い知ることは出来ない。だが、共に死線を潜り抜けてきた、相棒の瞳に宿る強い輝きを感じることは出来た。
ふと、木下が腕を挙げ、頭上で大きく振り始める。
遠くのビルに陣取るテレビ局のスタッフに気づいたからだ。
「東ちゃん見てるかな?駅前のお寿司、食べに行こう」
ピョンピョンと子供のように跳ねる木下の後ろ姿を眺め、増山は脱力しながら再びその場に座した。
「元気なもんだぜ」
破壊された街並みのそこかしこからサイレンの音が鳴り始め、夜の街並みを覆っていく。
◆
──少年の作ったゲームソフトは、世界的なヒットを飛ばしていた。その完成度の高さに、よもや年端もいかない小学生が製作したなどとは誰も思わない。
少年は、飛び級で大学に行けるだけの頭脳を持っている。
だが、父親に連れ添われ、地元の小学校に編入したことが間違いだった。日本語が拙いというのも一つの理由だったかもしれない。
そして、少年の高慢な態度と、学校に持ち込んだ自らが製作に関わったゲームソフトは、すぐに同級生の目にとまり、いじめの対象へ。
その後の経緯は小見が調べ挙げた通りである。
傷ついた息子を連れて、博士は山間部に位置する老朽化により廃棄された変電施設へ、人知れず身を隠していた。
「イーサン、もうすぐ彼らはここに来る。だが、残念ながら、転移装置は生身の人間を転送することは出来ない。……私達は逃げることが出来ないんだよ」
マリス・エイブラム博士は、黄ばんだヨレヨレの白衣姿で傍らのベッドを見つめた。その視線の先には、ベッドに横たわり、死んだように眠る息子、イーサンの姿が。
点滴に繋がれ、安らかに寝息を立てる少年の口元には鼻血が伝う。頬は痩け、土気色の肌は、その寿命が幾ばくも残されていないことを物語っていた。
あどけない、小さな額にそっと手を置くと、博士の表情には悲壮感が滲む。
「大丈夫だよ、イーサン。お前一人だけ死なせない」
ベッドを取り囲む様々な電子機器に繋がれた情報端末。それを見つめ、操作し始めた。
突如、轟音と共に部屋の扉が吹き飛ぶ。
「博士、そこまでにしてちょーだい」
増山が蹴破った入り口から入って来たのは、木下だった。
「これ以上、罪を重ねるのはやめてちょーだい」
相変わらずふざけた言い回しで、緊張感などない。
「……やあ、君か。木下大河君」
振り返った博士の瞳に宿る狂気的な光。
「やべぇな、目がイッテるよ……。大河、さっさと捕まえて公安に引き渡そうぜ」
『あ、あれは……』
木下のヘルメットに搭載されたカメラの映像を、研究所で見つめる三国は驚愕した。
ベッドに横たわるイーサンの頭部。そこに被せられた黒いヘッドセットには、電極とおぼしき銀色の物体が針ネズミのように突き立てられている。
『脳波増幅装置?……一体イーサンに何を……』
動揺する三国をよそに、博士は暗がりで白い歯を剥くと、瞳孔を拡大させながら木下と増山を見つめた。
「ナノテクノロジーをご存知かね?医療用に研究開発された、目には見えない程に小さな工学ロボット。それは無から有を生み出す奇跡のテクノロジーではない。現存する材料……すなわち有を用いて、自己修復、そして自己増幅が可能になる」
満面の笑みを浮かべているが、それが精神を破綻したものが浮かべる表情であると、増山と木下はすぐに気付く。
「……大河、あのイカれたオッサンが何を言ってんのかさっぱり分からねーが、とてつもなく嫌な予感がするぜ」
先刻の戦闘終了直後に、三国から転送され受け取った医療キット。その中にあったモルヒネを注射した増山は、脚の痛みが和らぐのを感じていた。
だが、博士の浮かべる狂気的な笑顔を目の当たりにし、背筋に悪寒を感じずにはいられない。
(ナノテクノロジー!?まさか、あれを実現したのか!?……そうか……それなら全て納得いく)
三国は愕然としていた。
「三国さん、ナノテクノロジーって?」
隣の小見は、目を丸くして三国を見つめた。
「実現不可能と言われた夢の技術ですよ。ですが、それを実現出来れば、あらゆる物質を作り出すことが可能になる……はっ!……まさか、あの電極は……」
狼狽する三国の見つめるモニターの中で、博士は両手でキーボードを叩き続ける。
「息子は……イーサンは、ゲームのプログラミングをやっててね。あの子はゲームが好きで。ただそれだけだったのに。同級生はこの子を屋上から突き飛ばし、首から下の自由と意識を永遠に奪った。だから私は、ナノテクノロジーと転移装置を使って、この子を自由にしてやったんだ」
「自由だと?」
増山と木下は、博士を見つめたまま動けない。
博士の放つ狂気的な気配が、増山と木下の意識を捉えていた。
「微量な脳波と意識を拾う増幅装置を、ダイレクトに脳幹へ埋め込み、彼をコンピューターのネットワークの中で、意識だけの存在として生かす。そして、ナノテクノロジーを使い、この子が望む姿を与える」
「望む、姿?」
木下が首を傾げた。
「そう。あの子が創造したゲームのキャラクター。そのままに」
ふと、木下は気付く。イーサンが横たわるベッドの周辺に散乱するゲームソフトのケースに。
「あれって……」
そのパッケージには、ロールプレイングゲームの主人公とおぼしき“勇者”の姿が。
他のパッケージに目をやれば、そこには格闘ゲームの主人公が、天狗の面を頭部につけ、道着姿で太い腕を組み破顔していた。
そのパッケージの一つを、増山が拾い上げる。
「BLACKTITAN?……シューティングゲームだと?さっき俺たちが戦った、あのロボットじゃねーか」
戸惑う増山の目前で、博士は再び笑顔を浮かべた。
「さぁ、始まるよ。もう止められない。全てがこの子になる」




