第63話―この世界に優しさはない―
「一体なんなんだ、ありゃ」
唖然とした心情そのままに、口を大きく開けた比嘉。
屋上に陣取る部隊は、一部始終を目の当たりにし、皆一様に狼狽していた。
「隊長……」
ライフルを構える隊員の一人が、いかつい顔には不釣り合いな、悲愴感漂う表情で比嘉を見つめる。
「ガキの姿をしているが、間違いねぇ、化け物だ。さっきまで大暴れしてたロボットから出てきた時点で普通じゃねーがな」
比嘉の言葉に、ごくりと唾を飲み込み、隊員は更に顔を引きつらす。
「構わん、撃ち殺せ。佐川、鹿島、お前らも狙え。確実に仕留めろ」
比嘉は険しい表情を作ると、先ほどまで各チームに別れていたメンバーの中でも、一番の腕利きの三人に狙撃を命じた。
「了解!」
それぞれ心中に不安を抱きながらも、遥か下界に見える小さな少年へ狙いを定める。
ライフルに備え付けられた暗視スコープを覗きこむ隊員達。
暗闇の中、路上でその小さな体を直立させているのは少年以外の何者でもない。
(ただの子供じゃないか……)
隊員の一人は、トリガーにかけた指が微かに震えるのを懸命に鎮めようとする。
屋上の際に並ぶ三人の隊員達が、狙撃準備を終えようとしているその時。
「──おじさん、教えてあげる……“この世界に優しさはない”って……」
そう呟くイーサンの体が、再びゆっくりと空中へ向け上昇し始めた。
「なんのことだ?」
増山の蹴り返したRV車が、不安定に横倒しになった状態から、ひしゃげたボディの腹を見せながらゆっくりと転がり、激しい衝撃音と共に砂ぼこりが舞う。
「あいつらは、僕の才能に嫉妬してたんだ。おじさん知ってる?子供って容赦ないよ」
「あいつら?」
増山は動揺を悟られまいと、声色を抑えながら平静を装おっている。
「そうだよ。あいつら。おじさんが助けてあげた、あいつら」
暗闇の中で仄暗く輝く碧眼が、増山を静かに見つめていた。
「俺には、お前のやってることのほうが、よっぽど“優しさはない”ように思えるが……なっ!」
言い切る前に、増山は地を蹴り跳躍していた。
無駄な予備動作などない、ノーモーションからの跳躍。
「オッラァ!」
一瞬で10メートル程前方の空中に漂っていたイーサンの前面へ到達すると、廻し蹴りを放つ。
波打つ金髪、その側頭部に叩きこまれたかに見えた……が。
「にっ!?」
僅か数センチの距離を置いて、増山の足が止まった。
正確には“止められた”。
「おじさんもあのお兄ちゃんも、不意討ちが好きだよねぇ。二人とも主人公的なキャラクターでしょ?……駄目だなぁ!!」
空中で静止した互いの体。
見えない圧倒的な力で、増山の右足が抑えつけられていた。
「ぐぁっ!」
増山が喘ぐ。自らの右足に激痛が走った。
『増山さん!』
研究室の三国が、強化装甲服のセンサーを通じてモニターに映し出される増山のステイタス表示を凝視する。
血圧、心拍数が一気に上昇し始め、モニター上の増山の五体を模したCG画像の右足が赤く点滅しだす。
「三国さん!なんなの!?」
同じく画面に見入る小見も、悲鳴に近い声を上げた。
「原理は相変わらずさっぱり分かりませんが、超能力的な何かで、増山さんの右脚が圧迫されています!」
「でも、増山さんはあのスーツを着てるから大丈夫なんでしょ?」
「それが、まったく防御力を発揮していなんです……増山さん!逃げるんだ!」
ヘルメットの中に響く三国の声は増山には雑音にしか聞こえない。
それほどまでの強烈な痛みが、増山の右脚を襲っていた。
「うぁぁっ!」
静まり返ったビルの谷間に、増山の絶叫が響く。
その叫びを切り裂き、突如として乾いた銃声がこだます。ビル屋上から放たれた銃弾が、イーサンの頭部目掛け空中を貫いた。
三発全てが、正確に少年の後頭部に着弾したかに見えた。
「!……」
ライフルを構え、暗視スコープを覗きこむ隊員が戦慄し、言葉を失う。
射出された弾丸が、少年の背後数センチの距離を残し、空中で静止していたのだ。
「馬鹿な……」
双眼鏡を持つ比嘉の両手が震える。
遥か眼下──。
イーサンはゆっくりと首を斜め後方に返すと、上空を見上げた。
「あ~あ。あんなとこにも卑怯なおじさん達がいるし」
暗闇に浮かぶ幼く白い顔に、邪気に満ちた笑顔が浮かぶ。
苦痛に身を捩る増山を尻目に、ゆっくりと細い右腕を掲げた。
「あぐっ!」
その瞬間、屋上に陣取る三名の狙撃手が突如として苦悶の表情を浮かべる。
全身を痙攣させ、それぞれが抱えている長大なスナイパーライフルを足元に落とす。
「お、おい!」
異様な光景に、比嘉は呆然となり立ち尽くした。
「た、隊長!……ぶぐっび!」
三名が同時に不気味な喘ぎ声を発し始め、悶絶し始める。
見る間にそれぞれの体を締め付けるかのような、不可思議な圧力が加わりだす。
「だ、だずげ……で!」
数秒と経たず、隊員のうちの一人の頭部が空き缶を握り潰すかのごとく変形し始めた。
眼球が半分ほど飛び出し、明後日の方向を向く。
「びっ!」
奇声と共に、比嘉の目の前で一人の体が盛大に破裂した。




