第62話―怒り―
「小見さんが俺の道場を訪ねてきたのは、その話がしたかったんだな?にしても、あの少年が博士の息子で、暴れてる理由がいじめられた腹いせとはな」
三国と小見の話を聞いていた増山は、ゆっくりと歩を進め始めた。
視線の先の少年は、無表情のまま微動だにしない。
『増山さん!ここは一旦引くんだ!今までの戦いから考えて、一人で戦うのは危険です!』
三国の胸中にはとてつもない不安が垂れ込めていた。
「三国さん、手筈通りに俺はやるよ。この機会を逃したら、また罪もない人達が巻きぞえになる」
そう口にする増山の言葉とは裏腹に、心中では目の前の敵と戦うことだけを考えていた。
一方の、金髪の少年。
自分の体の10倍以上はある、死んだように仰向けになっている黒い巨体を蹴り出すと、空中へ飛び出す。
「!」
近隣のビル屋上からその様子を伺っていた比嘉は、我が目を疑う。
薄暗がりの中で、少年の体が虚空に浮いていたからだ。そして、ゆっくりと緩やかな放物線を描きながら、増山の目前へと進んでいく。
「手品かなんかの類いか?」
明らかに宙に浮いている少年の姿を見て、隊員達の間にも動揺が走った。
無理もない。増山の道場で僅かな時間金髪の少年と交戦した隊員達は、木下と増山との壮絶な戦いにより、満身創痍になった状態まで追い込まれた少年にとどめを刺したにすぎなかった。
それ以前の圧倒的な力を持つ少年の姿を知らない。
イーサンはゆっくりと増山の10メートル程手前に着地した。
「よぉ、この前は世話になったな」
「……おじさん。割りと元気だね。この前は途中で邪魔が入ったから、殺してあげれなかった」
薄ら笑いを浮かべると、暗闇でも浮き上がる碧眼をギョロリと剥いた。
「お陰様でな。で、今回はどんなコスプレするつもりだ?見たところただのガキのまんまだが」
減らず口を叩く増山だったが、内心、この男らしからぬ恐怖心を覚えていた。
(今のふわふわ浮いてたのはなんなんだ?それに、勇者の格好や格闘家の格好じゃなくて、そのまんまガキじゃねーか。余計に不気味だぜ──)
増山の不安を知ってか知らずか、イーサンは白い歯を見せた。
「おじさん、怯えなくていいよ。おじさんの被ってるヘルメットの音声で、三国社長とあのお姉ちゃんの話は聞かせてもらったから」
「ほーっ、半端ねー地獄耳じゃねーか。で、“お姉ちゃん”の話は当たってんのかい?」
「ズバリだよ。お姉ちゃんの捜査能力は警察より凄いね」
喉を鳴らして笑うイーサンの表情が、次第に禍々しさに満ちていく。
「で、女教師を殺して、いじめたガキ共をチビらせて気は済んだのか?」
「そうだった。あのバカ二人をせっかく屋上から放り投げてやったのに、おじさんが助けてあげたんだったよね」
瞬間、イーサンの目付きが変貌した。
「っ!」
とてつもない圧力を感じ、増山は全力で後方へ跳躍していた。
ほぼ同時に、ほんの一瞬前まで増山が立っていたアスファルトが深々と陥没し、その破片が天へ向け柱を作り爆散した。
「なんだ!?」
空中で姿勢を崩しながら、反対側の歩道へ着地すると、横倒しになり腹を見せているRV車の陰へ咄嗟に身を隠す。
(何しやがった?まったく攻撃が見えねぇ!)
戦慄した。背筋に冷たいものが伝う。
不可思議な魔法や、驚異的力を持つ直接攻撃でもない、まったく違う攻撃が自身を襲ったことで、増山の思考は混乱していた。
「三国さん!今のは!?カメラの映像で確認してくれ!」
増山の言葉に先んじて、三国は強化装甲服のヘルメットに搭載されたカメラの映像を再生させていた。
「増山さん……逃げてください!」
三国の声は動揺で裏返っていた。
「なんだってんだ!」
増山の呼吸も乱れる。
「恐らく、超能力です!」
三国の言葉と同時に、更に驚愕することになる増山。
自らが盾にしていたRV車が、猛烈な勢いで自身へ向け吹き飛んで来たからだ。
「ぐっ!」
全く予想だにしない事態に、反応が遅れる。
数トンある巨大な車体が、増山の上へ載しかかっていく。
「ッオラァッ!」
全身の筋力を総動員し、渾身の廻し蹴りを放つ。増山の脚部が空を裂く轟音が響き渡った。強化装甲服がその力を数十倍にも高め、RV車の屋根を打ち砕く。ベッコリと車体全体が凹むと、重鈍な車体が弾け飛び、元の位置へ向け転がり落ちた。
後方へ仰け反りながらも、なんとか体勢を保持し、増山は半身の構えをとった。
「サイコキネシスだぁ?冗談じゃねーぞ!」
最早自らが自然ととった空手の構えが、敵に対してなんの効力も持たないのではと悟り、愕然とする増山だった。




