第37話―背中合わせの二人―
深紅の甲冑に身を包んだ新たなる敵は、木下に太刀を弾き返されると、その反動を利用して後方の闇にその姿を溶け込ませた。
増山は自らの懐で和泉守兼定を構える木下を一瞥し、瞬時に回転しながら背中合わせの陣を敷く。
背後から異様な殺気を感じ取ったからだ。
増山の打ち込んだ必殺の正拳突きは、拳に宿る1000万ボルトの電撃もろとも“金髪の少年”の腹部に叩きこまれたはずだった。
しかし、インパクトの瞬間、違和感を感じている。
不快感とでも言おうか。
見世物紛いの試技として、得意のローキックで束ねたバットをへし折った瞬間、僅かに一本折り漏らした時の感覚に似ていた。
視線の先でうずくまる金髪の少年は、よろけることもなく平然とその身を起こす。
『そんな』
研究所のモニターに映し出される不気味な存在を、唖然とした表情で見つめる三国。
自身が開発した電磁装甲に絶大なる信頼を持っていた。
前回の小学校での戦闘時、“勇者”を撃退したのは確かに電磁装甲の恩恵に寄るところが大きい。
『直撃したはずなのに』
三国の言葉に、増山は苦笑いを浮かべる。
「いや、三国さん、どうやらあの野郎、俺の意識を引き付けるためにわざと喰らいやがったみたいだ。俺のヘルメットに仕込まれたカメラの映像を再生して見ること出来るかい?」
『あっ、はい!』
増山の言葉に、三国は慌ててキーボードを叩く。
木下と三国が纏う強化装甲服のヘルメット。その両眼に仕込まれた小型カメラは、戦闘開始時から克明にその状況を記録していた。
数秒と経たず、三国は録画映像を空いているモニターに呼び出す。
数分前の動画がスローモーションで再生され、数度の駒送りと早送りの後、増山の正拳突きの瞬間を確認できた。
『これは──』
三国は絶句し、表情を強張らす。
インパクトの瞬間、ほんの一瞬、金髪の少年の腹部から青い輝きが放たれていた。
腹部周辺を映し出した映像をぼんやりと滲ませながら、仄暗い輝きが覆う。その光は、数度に渡り増山と木下を襲った“気弾”の光に酷似していた。
『増山さん、あれは恐らくなんらかのエネルギーで、自らの肉体をコーティングしているのではないかと』
「なんだよそりゃ」
体を斜めにし、立ち上がった金髪の少年は視線をゆっくりと増山へ向けていた。
距離があるため、暗闇の中ではその表情を確認できない。
「するってーと何か?ぶん殴ろうが蹴り入れようが、効かねーってことかい?」
『……分かりません。ですがこの映像を見る限り、体の一部分にしか発光が確認出来ていませんから、全身をコーティング出来るのかどうか』
「それもそうだが、大河。野郎に蹴られたダメージは?」
背後で和泉守兼定を中段に構える木下は、暗闇に消えた鎧武者に警戒していた。
「大丈夫。しばらく意識が飛んだけど、スーツのおかげで首の骨は折れてないみたいだし、増山さんこそ大丈夫?」
「俺もスーツのおかげで生きてるよ」
互いが五体満足であることを確認すると、それぞれの視線の先へ目を凝らす。
暗闇に消えた鎧武者の姿を、木下は未だ視界に捉えてはいなかった。
(消えた?)
道場の庭先はそれ程広くない。
月明かりを遮る塀壁が、一帯周辺、夜の闇を濃くしている。
(──目が)
増山を安心させるために平静を装ったが、脳震盪の影響からか、一時的に視力が落ちていた。時間と共に回復すると思われたが、対峙する敵の想像を絶する強さを考えると、一瞬一秒の動きの遅れが、即、命取りになるだろう。
(どこから来る?増山さんは、あの顔と体がアンバランスな怪物の相手で、僕のほうに気を配る余裕は無い)
背中に感じる増山の気配は、烈火のごとき殺気を放っていた。
「!!」
眼下。
土砂が巻き上がり、木下が身に纏うスーツに叩きつけられ、ヘルメットのバイザーにへばりついた。
その土砂に紛れ、銀色に輝く太刀が木下の喉元目掛け吸い込まれていく。
落ちていた視力と視界を遮る砂埃。
「地面の中から!?」
不意をつかれ、反応出来ない。
刹那、あと数センチの所で刃が止まる。
増山の長い脚が、土中から突き出した刀の鍔を、踵で押さえつけていた。
「大河!!」
「うん!」
和泉守兼定を逆手に握り、その刀身の先端を一息で足元へ突き刺す。
『二人共!まずい!』
三国の裏返った声が二人の鼓膜を震わす。
「ちぃっ!」
舌打ちする増山をほくそ笑みながら見つめる金髪の少年は、既に両腕を突き出し、“気弾”を撃ち出す体勢に入っていた。
爆発的な青い光彩が胸元を照らし出し、その光源が少年の組み合わせた両手に集約していく。
(手応えが無い!また消えた?)
土中に突き立てた和泉守兼定を引き抜く木下。増山と三国のやり取りに、背後で起きている異変に気付く。
『増山さん!盾は使えない!』
三国の悲壮感を帯びた声が二人のヘルメット内部に響き渡った。
増山の背負うバックパックに収納された巨大なバッテリー。
両拳へ強力な電力を供給するために、腕に装着された盾を帯電させる余力は無い。
増山は迫り来る気弾を防御することは叶わないと瞬時に悟っていた。
「飛べ!大河!」
その声を合図に跳躍する二人。
同一方向へ、地を蹴り舞い上がる。
時を同じくして、巨大な気弾が二人の眼下で地をえぐりながら疾走していった。
「うおおっ!」
増山が怒声を吐き出す。
気弾を撃ち出した金髪の少年が、増山と木下同様その身を跳躍させ、増山の目前へ迫っていたからだ。
空中で姿勢を崩しながら打ち出した正拳突き。拳には1000万ボルトの暴力的な電圧が宿っている。
同じく金髪の少年も、正拳突きを打ち出す。
その拳に、青白い輝きが見てとれた。
気弾と同質の禍々しい光。
互いの拳が激突し、周囲の空間を歪めるかのようなエネルギーの爆発が起きた。




