第36話―更なる来訪者―
増山の両拳が鳴動する。
雲間から射し込む月光がグローブを照らし出し、その輝きを震わせていた。
『増山さん!電磁装甲の帯電時間は5分が限界です!』
三国が凝視するモニターには、増山の心拍数や血圧などの生体データの他に、強化装甲服のデータも表示されていた。
カウントダウンが始まり、増山が背負っているバックパック内のバッテリーから、両拳を覆うグローブへ電力が供給されていく。
耳障りな高周波。
ヘルメット越しに響き渡り、増山の気持ちを更に逆撫でした。
コマネチのポーズを解くと、うつ伏せに倒れこんでいる“金髪の少年”へ向けて再び半身の構えを作る。
「おい。起きてんだろ?狸寝入りで不意討ちか?」
道場の庭先は、まるで爆撃にでもあったのかと錯覚する程に、あちらこちらにクレーターが作り出され、その窪みに月明かりが濃い影を作り出していた。
その異様な景色の中、道着を着こんだ大柄な男が大の字に五体を広げ突っ伏している。
増山の荒々しい声に、ゆっくりとその身を起こすと、暗い表情に浮かび上がる碧眼を増山へ向けた。
「ふふっ、おじさん、あっちの刀のお兄ちゃんより意地悪だね」
白い顔がぼんやりと闇の中で笑う。
「今日はやけに口が達者だな」
強化装甲服を纏う増山の全身は怒りに打ち震え、殺気を滾らせていた。
「この世界に優しさはないよ……おじさんとお兄ちゃんに、救えるかな?」
意味深な言葉を吐くと、張りのある幼い口元が歪む。
喉を鳴らしながら腰を落とし、少年の顔には不釣り合いな太い腕を左右共に前面へ押し出す。
「おじさんには分からねぇな……お前が何を言ってんのか」
対峙する増山は声を押し殺しながら、痴漢の容疑をかけられた変態おじさん的な台詞を呟き、人ならざる気配を漂わせる目の前の敵に意識を集中する。
一瞬、それまでの緊張を解いて脱力していた。ゆらりと体を左右に振りながらその場で屈む。
しかし一転、地面を力強く蹴りだした。
一歩の跳躍が驚異的な速度で距離を飲み込み、瞬きの間に“金髪の少年”の目前へ到達する。
不用意に空中へ身を晒さずに、低く、速く。
正体不明の飛び道具を使う暇を与えない。
直接攻撃の間合いは、増山にとっても危険極まりなかった。
先刻受けた連続攻撃。
いかな増山が空手の達人であっても防ぎきれない程の絶技。
もう一度同じ技を喰らえば、鉄壁の防御力を誇る強化装甲服を纏っていても、気絶だけでは済まないだろう。
「はぁっ!」
腰を屈めた姿勢から打ち出す正拳突き。
グローブに宿る1000万ボルトの電圧が、空気を引き裂きながら青白い閃光を発し、暗闇に尾を引く。
それは彗星に似た輝きを放ち、圧倒的スピードを以て敵の腹部へ叩き込まれた。
インパクトの瞬間、雷鳴さながらの轟音が鳴り響き、“金髪の少年”の逞しい体躯を激しく痙攣させながら後方へ吹き飛ばす。
バックパックから供給された電力は、常人ならば掠めただけで容易に死に到らしめる程の威力を持っている。
たったの一撃で、悪鬼さながらの敵を絶命させることすら可能である……と、モニターを見つめる三国は考えていた。
「やった!」
研究所で一人声を弾ます。
だが、増山は違った。
(おかしい、馬鹿正直に食らいやがった。奴の動きなら、躱すなり捌くなり出来たはずだ……!?)
刹那、とてつもない殺気を感じる。咄嗟に振り向き、左腕の盾を頭上に掲げた。
その視線の先。
3メートル程の頭上に、黒く渦を巻きながら、幾度か目の当たりにしたことのある“扉”が開かれていた。
既にそこから飛び出していた影。
ギラギラとした銀色の輝きが目の前で半円を描き、増山へ向け襲いかかる。
「なにぃっ!?」
防御のために掲げた盾から電磁装甲が発動し、その攻撃を弾き返す。
しかし、“それ”は空中で身を翻すと、弾かれた方とは逆の腕を振り上げていた。
闇夜で蠢くその姿。
我が目を疑う増山。
ヘルメットのバイザー越しに視界へ飛び込んで来たのは、全身を深紅の甲冑で覆った鎧武者だった。
体を空中で斜めに回転させながら、増山へ向け落下していく。
『な、なんだ!?』
増山のヘルメット内部に、混乱した三国の声が反響する。
突然の来訪者に、動揺を隠せない。
弾かれたのは、鎧武者の左手に握られた小太刀。上半身を仰け反らせながら、その反動を利用して、右手に握られた太刀を増山の首もと目掛け振り抜いていた。
人間の動きとは到底思えないその攻撃に、増山は反応出来ない。
電磁装甲から発散された電流が、闇夜を数秒間侵食しながら照らし出し、ヘルメットのバイザーを光で遮り視界を奪う。
首を落とされる。
ただそう自覚するだけの猶予はあった。
瞬間。
赤い火花が飛散し、ただ一度の金属音が増山の目前で響き渡る。
風を巻いて現れた者。
「た、大河!」
白刃と白刃がぶつかり合い、弾けた。
増山の胸元に背中を預けながら、木下は電光石火の素早さで、敵の打ち込んだ太刀を和泉守兼定で間一髪受けていた。
「今度は鎧武者って……キタよこれ!」
想像を絶する激しい攻防は、新たな来訪者を迎え、その混迷の度合いを更に強めていく。




