第35話―お仕置きの時間―
“金髪の少年”が繰り出した次なる攻撃。
木下の視界は“気弾”の爆裂により、霧がかり歪んでいた。
その眼前、空間を穿ち迫り来る蹴り。
(エマを!)
左腕に装備された盾を掲げ、その攻撃に備える木下。
「うっ!」
蹴りが盾に到達する瞬間、空中で腰を回転させた少年は、左足から木下の右側頭部目掛け回し蹴りを放っていた。
突き出していた右足は引っ込め、盾には触れてはいない。
咄嗟に首を反らす木下だったが間に合わなかった。
鈍い打突音が響き渡り、強化装甲服を纏った体が吹っ飛ぶ。
易々と10メートルは弾け飛び、庭先の砂地にゴロゴロと転がり落ちた。
「あわわっ!」
研究室のデスク上にある数台のモニターのうち、木下とリンクしている画面の映像が激しく乱れた。
増山に続き、木下までもが圧倒的な攻撃に晒され、三国は目と口を開いたまま硬直し、体を震わす。
『前回の戦いで、盾が持つ攻防一致の性能を理解した上で攻撃している!』
三国が開発した盾。
その性能を身をもって経験し、熟知している“金髪の少年”は、増山との戦い同様、気弾を操り木下をも翻弄していく。
「ぐうっ!」
いくら強化装甲服が鉄壁の防御を誇るとはいえ、人外の敵が放った渾身の蹴りを側頭部に叩きこまれては、さすがの木下も意識が飛んでいる。
『木下君!立て!』
片肘を地面に着きながら上体を起こそうとする木下だったが、ヘルメットのバイザー越しに見える世界は淡く霞んで見え、夜の闇が余計に視界を不明瞭にする。三国の声もどこか夢の中。
「かはっ、まいったな」
翳りのある微笑みを浮かべるも、意識の回復には最低でも数分を要するだろう。
僅かに首を傾げてみるが、骨に異常は無かった。
だが、この機に乗じて“金髪の少年”が、更なる攻勢に出るのは想像に難くない。
「動かないと」
ぼんやりとした意識の中、ゆっくり見上げた視線の先。
「!」
不気味な笑みを浮かべた“金髪の少年”は、再び両腕を掲げると“気弾”を撃ち出す構えを見せていた。
真横になった木下は無防備なまま。
避ける余力は無い。
強烈な発光が敵の胸元から発し、白昼さながらに庭全体を照らし出す。
「くっ」
盾を掲げようにも、体が震え言うことを聞かない。
そんな木下の姿を見据えながら、なんの躊躇もなく“金髪の少年は”巨大な“気弾”を放った。
『で、でかい!』
木下の装着する強化装甲服のヘルメット、その両眼に仕込まれたカメラ。斜めになったその映像を、研究所のパソコンで見つめていた三国が目を見開く。そこに映し出された発光体は、放った本体と比較して数倍の大きさがあった。
以前戦った魔法使いの操る電撃。その直撃に耐えうる絶縁コーティングを施された強化装甲服だったが、今相対している敵の放つ“気弾”は、その組成に関して全て謎に包まれている。
(直撃に耐えられるか?)
自問自答しながら、虚ろな木下の瞳がバイザー越しに青く染まっていく。
迫り来る巨大な“気弾”。
「!」
その刹那、木下の眼前に砂塵を巻きながら現れた漆黒の影。
「ふざけんじゃねーぞこの野郎!!」
地鳴りと錯覚する程のバリトンボイス。
「ま、増山さん」
木下の弱々しい声にはなんら反応せず、増山は両腕の盾でガードの体勢を築く。深く腰を落とし、左足を後ろに踏ん張りながらの前傾姿勢。
耳を劈く爆音が鳴り響き、シールド表面に発生した電磁装甲と気弾がせめぎ合った。
「ぐおぉっ!」
後方に送った左足が地面をえぐり、増山の巨躯をジリジリと後退りさせていく。
数秒の後、爆砕したエネルギーが収束した。
電撃と理解不能のエネルギーが空中で飛散し、増山の足元の雑草を焦がす。
『えっ、消えた?』
増山と視界を共有する研究所のモニター。三国はそこに映し出される景色の中を注視するも、金髪の少年の姿は見当たらない。
「何度も……同じ手食うかよ!」
怒声を吐くと、素早く身を屈め、増山はその場で上空へ向け跳躍する。
「うぉらぁ!」
視線の先。
増山へ向け、遥か上空から蹴りを繰り出した少年の姿があった。
重力に逆らい、増山は自らも蹴りを放つ。強化装甲服の炭素繊維が、月明かりを浴びてしなやかに暗闇で躍動する。
空中で両者の攻撃が交錯した。
増山の踵が敵の胸元を掠め、易々と白い道着を引き裂く。肩口まで破断させ、その下の肌に赤い線を刻みこんだ。
対する増山は、金髪の少年の蹴りを右頬ギリギリで躱す。
傷を負った少年は、空中で体を無防備に回転させると、受け身をとることもなく地面へ叩きつけられた。それとは対照的に、増山は乱れた体勢を瞬時に修正。膝のバネを使いながら、着地の瞬間の激しい衝撃を和らげている。
自らの前方で地面へバウンドする金髪の少年の姿を一瞥すると、すぐさまその場で立ち上がり、半身の構えをとる増山。
『増山さん!大丈夫なんですか!?』
木下の窮地を救った増山だったが、三国は先刻増山が受けた連続攻撃のダメージが気になった。
「意識がしばらく飛んでたよ。強化装甲服を着こんでなかったら頭を吹っ飛ばされてたかもな。三国さん、このヘルメット、脱がしてもらっていいかな?」
『えっ?何故ですか?』
「いいから頼むよ」
増山の落ち着いた声を聞いた三国は、慌ててキーボードを叩き、遠隔操作で強化装甲服のヘルメットをパージした。
軽い噴射音と共に、増山の喉元から酸素が吹き出し、装甲が外れる。
露になったギラギラとした瞳。
増山の表情を激しい怒りが覆っていく。
金髪の少年から受けた攻撃により、鼻血が唇を伝い、呼吸を妨げていた。
右手の甲で鮮血を無造作に拭う。
「大河ぁ!目ぇ覚ませぇ!」
倒れこむ金髪の少年へ視線を向けたまま、呼び掛けというよりは怒声に近い音を発し、後方でふさぎこんだまま動かない木下の安否を確認する。
「……ははっ、増山さん」
弱々しい息を吐きながら、木下はゆっくりと膝を着いて体を起こす。
「まぁ見てろ」
相変わらず背中を向けたまま、増山は再びヘルメットを被ると、両足を肩幅程に開脚して見せた。
首を右斜め45°に二回傾げながら、両腕で逆“ハ”の字を成すと、素早く、そして鋭く、自身の股関目掛け突き下ろす。そして一気に両腕を元の位置まで力強く引き上げる。
「コぉマネチっっ!!」
気合いと共に発した言葉。
全盛期のビー○たけしを彷彿とするキレのある声が、周辺の空気を震わす。
次の瞬間、増山の両拳のグローブが鳴動しながら目映く輝き始めた。
『おおっ!』
それを研究所のモニターで確認した三国が歓喜の声を上げる。
攻撃用の電磁装甲が拳に発動したのだ。
「お仕置きの時間だ!この野郎!ダンカン馬鹿野郎!!」
半ば意味不明な言葉を吐きながら、我を失わせる程に増山の怒りは頂点に達していた。




