第38話―死の匂い―
夜空を染め上げる極彩色の輝き。
青、黄色、白。
圧倒的な力の開放が互いの拳を弾き飛ばし、うねりとなりながら正体不明のエネルギーと電撃を爆散させていく。
「ぐぅっ」
球体状に広がる光の余波に巻き込まれ、増山と共に上空へ跳躍した木下が呻いた。全身にまとわりつく電撃と衝撃波が、スーツを通して体を震わせる。
「なにっ!」
背後から近づくプレッシャー。
咄嗟に身を翻す。
先刻まで土中に身を潜めていた筈の鎧武者が、左右それぞれの手に太刀と小太刀を握り迫っていた。
背中から担ぎ上げる動作で、木下目掛け袈裟懸けに揃えた両刀を斬り込む。
二つの刃が爆散する輝きに照らし出され、銀色に浮き上がった。
「くっ」
瞬間的に和泉守兼定を真横に薙いで受けの体勢を築く。
真紅の甲冑を纏った鎧武者は、圧倒的膂力で木下の防御を打ち崩さんと自らの両刀を叩きつけた。
火花が飛散し、強化装甲服と真紅の甲冑、互いの表面を踊り狂う。
空中で両者の距離が零になり、木下が被るヘルメットと鎧武者の面具がぶつかりあう。
左右共、僅かに穴が穿たれた両眼には、赤い光が幽かに揺らめき、深淵の闇に燻る炎のごとく木下を見据えていた。
「らぁっ!」
上腕筋へ力をこめると、ドライカーボンに織り込まれた特殊繊維が感応し、スーツに強力な疑似筋力を形成していく。
鎧武者の全身を吹き飛ばす程のパワー。
かろうじてその斬撃に耐えるも、両刀を震わせながら眼下へ急降下していく真紅の甲冑。
同じく金髪の少年も、道場の屋根へ背中から叩きつけられ、瓦を盛大にぶちまけながら木材を貫くと、引きずり込まれるように館内へ落下した。
「電磁装甲が無ければ吹き飛ばされてたのは俺のほうか……しかし、新築の道場が……」
打ち付けあった右腕に痺れを感じながらも、真新しい道場が無惨な姿になっていく様を呆然と見つめつつ、空中で姿勢を整え屋根へ着地する。
背後に視線を送ると、庭先の外れへ向かって鎧武者と木下が降下していく様が確認出来た。
ポッカリと屋根に空いた穴を覗きこむと、増山はなんの躊躇もせず中へ降りて行く。
周囲を確認しながら、素早く道場の板の間に両足で着地した。
屋外での戦闘が始まる前に道場内にいた門下生達は、負傷者も含め、小見の指示により全員事務所へ待避している。
増山の体重とスーツ、そしてバックパック内のバッテリーを含めると、総重量は150キロを優に越す。
落下の衝撃で床がひしゃげ、真新しい輝きを放つ道場が更に傷ついた。
「んのやろー!」
怒りは全て謎の敵へ向けられる。
神棚の真下で、悠然と腕組みをしながら増山を見つめる金髪の少年。
屋内の蛍光灯に照らし出された姿は異様だった。
闇夜の中で真っ白に見えていた道着は、増山の放った電撃を纏う拳を受けて無惨に焼け焦げ、腹部を中心としてボロボロに炭化している。
「三国さん、拳の電磁装甲に供給しているバッテリーの残量は?」
『1分を切ってます!』
そのやり取りを見つめながら、金髪の少年は増山の蹴りにより裂かれた道着の肩口を鷲掴みにすると、無造作に真横へ引きちぎっていく。
厚い生地が紙切れのごとく易々と破断し、一瞥をくれることも無く床の上へ放り投げた。
露になる上半身。
童顔とは余りにもアンバランスな筋骨隆々たる体躯。
白く幼い口元に不敵な笑みを浮かべると、右足を後方へ引き、深く腰を落とした。
「──さぁ、戦うよおじさん。おじさんのルールに合わせてあげたよ」
顎を上げ、文字通り“上から目線”で増山を見つめる碧眼。
「ルールだぁ?ふざけやがって」
苦々しく言葉を吐き出す増山だが、自らも半身の構えをとり、一分の隙も見せない。
先に動き出したのは増山だった。
床を蹴り、駆け出す。
繰り出したのはローキック。
右脚が滑らかに半月状の軌跡を描き、半身の構えのまま姿勢を崩さない金髪の少年の足元へ吸い込まれていく。
「なっ?」
残像が揺らめき、少年の姿が弾けた。
後方へ僅かに飛び退くと、増山の姿を真似て、自らもローキックを放つ。
風が逆巻き、互いの右足が床板スレスレで激突した。
慌てて道場を後にした門下生達が、拾う間もなく残していったとおぼしき道着や帯が、放射状に広がる爆風に煽られながら壁面へ向け飛散していく。
道場内部に響く轟音。
両者の絞り出す力は、人間のそれを遥かに超えている。
「ちぃっ!」
増山の力に加え、強化装甲服の恩恵を以てしても、激突した二人の脚部に宿る強烈な力は拮抗していた。
時が止まったと錯覚する程に、せめぎあいながらも同じ体勢のまま微動だにしない。
「……そのコスプレスーツが無かったら、右足折れてるね」
饒舌になる少年は、何が愉快なのか目を細めた。
50センチ程の距離にまで近づく互いの顔面。
(なんて顔してやがる)
増山は絶句していた。
美しい……と。
怒りを忘れさせる程、ヘルメットのバイザー越しに間近で見る少年の顔は、少女と見紛う程に眉目秀麗に見えた。
それは増山に、一見美しいが猛毒の花粉を撒き散らす花を連想させる。
死の匂い。
そんなありもしない異様な臭気が、増山の鼻腔の奥を犯していく。




