第13話―欠陥品なのかもしれない―
「痛っ」
うなだれながら、横倒しになったスクーターの傍らで泣きそうな表情になる小見。
「大丈夫?」
いつの間に戻ってきたのか、木下も自らの単車を歩道に乗り入れて停車させると、心配そうに膝を着いた。ヘルメットを脱ぎ、小見の顔を覗きこみながら、打ち付けた大腿部へ視線を移す。
スーツのパンツが破れ、盛大に擦り傷が出来ていた。
「立てる?」
「うん」
さっきまでのヘラヘラとした表情はすっかり影を潜め、真剣な眼差しになる木下は、小見に肩を貸すと、静かに立ち上がろうとする。
「痛いっ!」
小見の声に、腰を落としゆっくりとその場に座らせた。
「骨が折れてると悪いから医者に行ったほうがいいかな」
尋常ではない痛がり様を見て、さすがの木下も深刻な口調になった。ライダースジャケットの懐からスマホを取り出し、電話をかけ始める。
「あっ、三国さん?あのね、車で迎えに来てほしいんだけど」
『どうしたんですか?』
電話口の三国は怪訝そうな音を出した。
「急用なんだ。お願い」
『急用って……』
と、言いつつも、人の良い三国は駐車場へ走り出していた。
◆
「木下君、何やってんの、君は……」
露骨に困惑した表情を見せる三国は、自らハンドルを握ってきたパラマウント社製の大型四駆・マローダーの運転席からいそいそと降りた。
「じゃっ、後はよろしく」
満面の笑みを浮かべる木下は、音も無く隼に跨がると、再びヘルメットを被り、唖然とした表情の三国を横目にアクセルを開けた。
「おいっ!木下君っ!」
あっという間に遠くなる木下の後ろ姿を見つめ、呆然と立ち尽くす三国。足元にはうずくまる小見がいた。眼鏡越しのつぶらな瞳に狼狽した色を浮かべると、よれよれの白衣姿の体を折りながらその場にしゃがみこむ。
「大丈夫?スクーターで転んだの?医者へ行かないとだね」
上ずった声を出すと、小見の大腿部の傷を確認し、すぐに立ち上がった。
マローダーの後部座席を開けると、小走りで再び小見の元へ駆け寄り、挙動不審な動作で肩を貸す。
「あ、ありがとうございます」
痛みに顔をしかめながらも、三国の頼りない胸元に華奢な体を預ける小見。なんとか後部座席に乗り込むと、閉じられたドアの車窓から、木下が走り去ったであろう方向を見つめた。その視線の中には、横倒しになりガソリンとオイルを歩道へ撒いた自身のスクーターを、懸命に引き起こし、ビルの壁面近くに停車させる三国の姿があった。
「痛い?少し我慢してね。それにしても木下君は……まったく……」
運転席に乗り込みながら不満げにぶつぶつと呟く三国だったが、交差点を塞ぐマローダーの巨大な車体が、行き交う他の車両の邪魔になっていることに気付くと、怪訝そうな視線を投げるドライバー達に向かって愛想笑いを浮かべながら、ヘコヘコと頭を下げた。
一方木下は、美嶺のマンションへ単車を走らせている。
小見のことが気がかりだったが、今まで幾度も美嶺との約束をすっぽかしていることもあり、三国に全てを任せることにした。それと同時に、木下には思惑がある。
(三国さん、チャンスはあげたからね。頑張ってみなよ)
奥手で人見知りな三国は、四十を過ぎても独身で、浮いた話の一つも無い。病院に付き添って行くことで、三国と小見との間に何かしらのきっかけが生まれればと考えていた。
フルフェイスのヘルメットの中で、ほくそ笑む木下。シフトアップの度に小躍りするタコメーターの指針を一瞬視界に入れると、ワイドにアクセルを開けた。
美嶺とは水族館へ行く約束をしている。
正直な所、木下にとってデートなど物憂げなこと以外の何物でもなかった。
──美嶺の声が好きだった。
穏やかで落ち着いた声。色白でエキゾチックな彫りの深い顔も。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるところも嫌いではない。
だが、木下は、産まれてこのかた心の底から女を好いたことが無かった。
今まで幾人かの女と付き合った。
いつもどこか心の奥底には、暗い闇に似た酷薄な気持ちが、誰にも知られることなく、静かに息を潜めていた。
しかし、女との情事の最中、本気で喜ぶ相手の姿を見る瞬間だけが、木下の心を充足させる。
それは、自らが跨がる暴力的な馬力を発する単車を、ねじ伏せて御する快感に似ていた。
そして、得体の知れない『ゲート』から現れる謎の敵との戦い。
その行為のどれもが、どこか『命』のやり取りをする危うげな物であることに気付き、瞳を細め、口を噤む。
(僕はどこか欠陥品なのかもしれない)
心の中で、自嘲気味に囁いた。




