第12話―いったい何者なの?―
木下と三国が"勇者"と形容した存在との戦いから数日が経過していた。
小見絵美里は、三国重工本社を訪れて以降も地道な取材を継続している。
戦場となったゲームセンターに設置されていた複数の監視カメラ。
記録されていた映像を、県警の友人から手配してもらい、幾度となく見返していた。
「どーせこんなもん、作り物なんだろ」
資料室にノックもせずに入ってきた上司は、小見の背後で腕組みしながら眉を潜めている。
「私は確かにこの目で見たんです」
不機嫌な表情の小見は、背後の上司を振り返りもせず、画面の中に映る木下のボヤけた姿を一時停止させ見つめた。監視カメラの映像は不鮮明で、木下の顔をハッキリと確認することは出来ない。スロー再生すると、騎士の攻撃で店外に吹き飛ばされる木下の姿が確認出来た。
「この男の身元は確認出来たのか?」
自らも画面の映像を見つめ、先ほどとはうって変わって真剣な表情になる上司。作り物の映像にしては手が込みすぎているし、いたずらだとしても、ハリウッド映画並みに精巧な映像を作る理由を思いつかないからだろう。
「いえ……まだ」
口をついた言葉は嘘だった。何故か木下の素性を明かすことをためらう気持ちが小見にはあった。それに、木下については小見自身、三国重工に住所を登録していること以外何一つ知らない。
「なんでもいいが、とっとと記事を上げろよ」
憮然とした表情の上司は踵を返しながら言い残すと、バタバタとサンダルを鳴らしながら資料室を出て行った。それには何も答えず、小見は画面を見続けている。キーボードを操作し、ボヤけた木下の表情を拡大して、画面を見つめながら頬杖をつく。
「あなた、いったい何者なの」
憂いを帯びた瞳の中に、画面の光がぼんやりと映りこみ、小見の勝ち気な眼差しをより一層際だ立たせた。
◆
三国重工本社。
早朝、木下は研究所の正面にある駐車場の片隅で、隼の整備をしていた。
「木下君、そんなのうちの社員にやらせればいいんですよ」
そう言う三国自身も、社長でありながら研究所で新兵器の開発に余念がない。
「貰ったバイクだから、自分で整備ぐらいしないとね」
膝を着きながらラチェットを握り、手際よくシートや外装を外して行く。狭い隙間へ器用に手を突っ込みプラグを外し、続けざまにオイルのドレンボルトを回した。
「そういえば、あれから例の女記者、来てないですか?」
両手を後ろに組み、三国は興味深そうに木下の顔を覗きこんだ。
「うん、来ないよ。中々可愛い子だったよね」
三国の方へは顔を向けず作業を続ける木下。ラチェットを動かす度に、右腕の筋肉がしなやかに伸縮する。
「そうですか。くれぐれも気をつけてくださいよ」
「はーい」
軽い調子で返事をすると、真新しい高性能オイルをエンジンブロックへ注ぎ込んだ。
これから美嶺とデートに行くことは、三国には告げない。
「よっし。オッケー」
あっという間にプラグとオイルの交換を終え、慌ただしく外装を取り付けると、エンジンに火を点した。
小気味良い排気音が駐車場に反響し、木下の心を高揚させていく。
「今日はお出かけですか?ちゃんと連絡取れるようにしておいてくださいね」
穏やかな口調の三国。
「はーい」
隼に跨がると、ハンドルにかけてあったロイヤルブルーのヘルメットをかぶり、ゆっくりと手首を反してアクセルを開けた。
気だるく走り出すと駐車場を後にする。薄暗いスロープを駆け上り、朝の光に照らし出された表通りを疾走する。少しヒヤリとした空気も、次第に高くなる日差しに温められ、熱を帯びていた。
日曜日ということもあり、商社ビルが立ち並ぶメインストリートに人影は無い。
木下の隼が徐々に加速するのに合わせ、後方から追従するスクーターがあった。信号待ちで木下の隼に並ぶ。
小見だった。
数日間に渡り、早朝から木下がビルから出てくるのを待ち伏せしていたのだ。
フルフェイスのヘルメット越しに、真横でこちらに見入る小見に気づく木下。
「ねぇ!聞きたいことがあるんだけど!」
騒がしく息継ぎするスクーターの排気音と、隼の排気音に負けないように、小見は声を張り上げた。
バイザーを上げ目を丸くすると、薄い唇を少し開き、木下は白い歯を見せた。
「久しぶり~、元気だった?え~っと……」
「小見……小見絵美里」
途端に声が小さくなり、伏し目がちに頬を赤くする。
「絵美里ちゃんかぁ~……おっと、青信号」
笑顔を向けたまま、アクセルを軽く捻った。
大柄な車体が軽々と前進し、小見のスクーターを引き離す。
「待って!」
小見も慌ててアクセルを開けて後を追う。目の前を行く木下の体が左に傾き、交差点をゆったりと左折していく。
『待ってよ』
焦燥感からか、ハンドル操作を誤り、縁石にフロントタイヤを乗り上げると、スクーターが不安定に跳ねた。
「キャッ!」
そのまま横倒しになり、数メートル歩道を滑る。
「痛っ」
苦悶の表情を浮かべると、地べたに座ったまま両手をついて前傾姿勢になり呻いた。




