第11話―氷結―
詠唱は続く。その声色はボーイソプラノのように澄み渡り、顔を出し始めた日差しに温められた周囲の空気を不気味に震わす。そして、目前に差し出した幅広の剣の切っ先を、ゆっくりと地面に突き立てた。
「うっ」
木下の両耳、鼓膜の奥にこだまとなり突き刺さる金属音。
『木下君!おかしいです!強化装甲服に装備された外気温センサーの値が、急激に低下してます!』
三国が研究室で覗きこむモニターには、木下の心拍数や体温、外気温や湿度が、強化装甲服に仕込まれたセンサーを通して表示されている。その外気温の数値が急激に下降し始めていく。
「うっ!」
木下の足元から突如として冷気が放出し、半径5メートル程が白く霞みがかる。
『まずい!』
モニターに映し出された外気温センサーの値は、マイナス30度まで一気に下降し、その勢いは止まらない。
木下の足元、強化装甲服のブーツが凍結したアスファルトと一体化し、身動きが取れなくなっている。
僅か数秒のうちに、木下を中心として放射状に凍気が立ちこめ、跳躍するために屈もうと膝を折ろうとするが、既に腰まで氷結し始めていてそれは叶わない。 視線を落とすと、30センチ近い厚みの氷が胸元目掛け足元から発生していた。三国の見つめるモニターに表示されたグリーンのグラフはマイナス120度にまで達している。
「くっ!」
腹部まで完全に凍結し、強化装甲服を永久凍土さながらに氷つかせた。その氷が、更に木下の体を駆け上り、凍てつかせていく。
『木下君!』
悲鳴に近い三国の声。だが、次の瞬間。
「うおおっ!」
上半身を捻り、逆手に持ち直した和泉守兼定を、渾身の力を込めて勇者目掛け投げつけた。
強化装甲服の持つ強力なパワーが発揮され、急速に全身へと広がる分厚い氷に亀裂を入れるも、マイナス180度にまで達した強烈な冷気のせいで、その氷を破砕するまでには至らない。 だが、上腕だけの力で放ったにも関わらず、光の矢のごとく白刃が敵目掛け銀色のラインを描く。そして、勇者の眉間に到達する寸前。目前に掲げた幅広の剣を軽々と振り上げ、銀色に輝く和泉守兼定を一瞬ではじき飛ばした。だが、衝撃で回転のかかった刀身の切っ先が、勇者のあどけない左頬を僅かに掠める。
詠唱が止み、それと同時に胸元まで凍結していた木下の体からたちどころに冷気が拡散し、全身を覆っていた分厚い氷が瓦解した。
頬から鮮血の筋を滴らせる勇者は、再び薄ら笑いを浮かべると、木下の瞳を真っ直ぐ見つめ、ゆっくりと後退し始める。
背後で黒い渦を巻く空間に、背中から音もなく吸い込まれると、その姿を消した。
黒い渦は次第に小さくなり、やがて朝日の中でその存在を霧散して行く。
「帰ったみたいだね」
『そのようです』
三国はインカム越しにため息をつくと、モニターに映し出されたセンサーのグラフ数値を確認する。木下の血圧や心拍数は正常な値を示していた。ゆっくりと歩みを進め、アスファルトに転がった和泉守兼定を拾い上げると、周囲を見渡す木下。
すっかり夜は明け、太陽からの強い日差しが冷えた強化装甲服に当たり湯気を立ち昇らせる。
「危うくこの季節に凍死するとこだった」
苦笑いを見せると、刀を鞘に収めた。
『お疲れ様でした。研究室へ戻れますか?』
すっかり落ち着きを取り戻している三国の声。
「うん。これから行くね」
隼に跨がると、キーを捻った。
◆
「一体あいつらなんなんだろうね」
パイプ椅子の背もたれに両の腕を預け、顎を手の甲に押し付ける木下。エアコンの効いた研究室を満たす、コーヒーの香り。
「まったくもって解りませんが、人間で無いことは確かです」
白衣姿の三国は、先ほどの戦闘の模様をモニターで確認しながら呟く。
強化装甲服の両眼にセットされたカメラ。そこに録画された映像には、鮮明に捉えられた"勇者"の姿が。
「どうして人間じゃないって解るの?」
首を傾げる木下。
「ここを見て下さい」
ボールペンを画面に伸ばし、映し出されている画像の一部分を指し示した。
「えっ……これ……」
思わず木下は椅子から身を乗り出す。
「おかしいでしょ?」
ちょうど勇者の肩の部分。
ゲーム等で俗に言う、“ドット絵”さながらに、体の一部分が長方形の鱗状に重なり合っていた。そして、三国が画像を駒送りすると、ほんの一瞬、残像を残しながら不自然にブレて見える勇者の体。
それはさながら、コンピューターゲームのキャラクターそのもの。
「原理は解りませんが、これはゲームの登場人物を実体化させた物なのかもしれません。高性能なハードを使用したソフトでは、実写に近いリアルな映像でゲームをプレイ出来ますが、それでも処理が追い付かない時、こんな感じで“処理落ち”と呼ばれるエラーが出て、画像の乱れや遅れが出るんですが……この肩の部分、それに続く体のボヤけかたが正にその状態ですね」
「そんな無茶苦茶な」
さすがの木下も呆れた表情を見せる。
「でも、あいつらの攻撃は実際に建物や僕を攻撃出来てたよ」
「その原理がまったく解らないのですが……恐らく、転移装置と関係があるのかもしれません。なんせ開発したのは稀代の天才ですから」
眉間に皺を寄せ、頬を歪める三国だった。




