第10話―拮抗する力―
木下が“勇者”と形容した存在は、右手に握った幅広の剣をゆっくりと構えた。互いに同じ歩調で前進し、次第に距離が詰まっていく。
木下は和泉守兼定を両手で握ると、ゆっくりと走り出した。その姿を鏡に映し合わせたように、勇者も前傾姿勢で地を蹴る。
未だ木下の体には、強化装甲服は転送されていない。
目前に迫った勇者に対し、上段に振り上げた和泉守兼定を袈裟懸けに降り下ろす。瞬時に勇者は円形の盾を頭上にかざし、その斬撃を受け止めた。
激しい金属音が周囲に響き渡り、木下の頬を掠める激しい火花。勇者は間髪いれずに自らの武器を右下からすくい上げ、がら空きの木下の脇腹目掛け鋼鉄の刃が襲いかかる。
勇者の掲げた盾の表面をなぞりながら、和泉守兼定の刀身を斜め下へ素早く打ち込み、肉厚な西洋剣の腹へ叩きつけた。両者の得物が激突し、それぞれの狙った軌道とはまったく違う方向へ弾ける。
更に踏み込み、瞬きの間に三度、勇者の左側面から頭上、そのまま右側面へ刀を走らせる木下。その打ち込みを盾と幅広の剣を使い、事も無げにいなす勇者。
攻撃を放った直後、木下は後方へ跳躍している。
『木下君!転送しました!』
三国の言葉と共に、滞空している木下の体を黄金色の光が包み込む。
一瞬で全身を覆う、ドライカーボン繊維の強化装甲服。
研究室のコンピューターと強化装甲服のヘルメットに仕込まれたカメラがリンクし、モニターに木下と同じ視界を映し出す。
『な、なんですかあれは!?』
騎士や魔法使いと違い、完全に人間そのもののそれは、木下を見つめながら、口元には不敵な笑みが浮かぶ。
「人間だよね?どう見ても」
戸惑う木下と三国を他所に、勇者は右手に握る幅広の剣を自らの鼻っ面に掲げた。
くぐもる声で何かを呟く。それは歌に聞こえた。
「なっ!?」
驚愕する木下の視線の先。幅広の剣の先端から蒼白い炎が弾け、刀身を瞬く間に覆う。
付加魔力武装。
次第に大きくなる声は詠唱になり、荘厳な響きを持って周囲の空気を震わす。
木下には聞いたことも無い言語だった。
「三国さん、なんだか不気味だよ」
年のわりには肝の座った木下でも、さすがに気味が悪いらしい。
『木下君、気をつけて!どうやら剣に魔法をかけて、武器の能力をアップさせているようです!』
「なにそれ」
ゲームか漫画の世界を彷彿とさせる目の前の出来事に、動揺する二人。
木下はその場で腰を落とし、和泉守兼定を自らの目線の高さへ水平に掲げた。
こめかみに触れそうになる、ギラギラと銀色に輝く刀身。全身に力を込め、右足を後方へ滑らし、その足を一気に蹴りだす。
強化装甲服により増幅された力が刀身に集約し、加速され、一気に突き出された。
一分の容赦も無く、勇者の喉元へ迫る白刃。その顔はあどけない少年に見えた。だが、木下にとってそれは得体の知れない人外の者という認識しかない。
「うっ!」
思わず呻く木下。勇者も同じモーションで燃え盛る剣を突き出したからだ。同時に自らの腕に装備した円形の盾を素早く掲げ、木下の放つ刃に備えている。敵が攻防を同時に行っている分、木下に分が悪い。
咄嗟に突きの軌道を変え、勇者の幅広の剣を薙ぎ払う。
金属音と共に炎が弾け、白みかけた空に火の粉が舞う。勇者はそれに怯まず、頭上で円を描く動きで剣を振ると、上段から一気に叩きつけてきた。
すかさず木下も自らの刀を振り上げ、その斬撃を外側へ向け押し出すように防ぐ。
まともに受けに回っては、いくら和泉守兼定が業物とはいえ、西洋剣の圧倒的な重量の前ではひとたまりもないだろう。
(強い。騎士より力は弱いけど、剣の扱いが精緻だ)
木下は後方に体重を移動するとしゃがみこみ、一気に飛び退く。強化装甲服の力により、易々と20メートル程後方へ着地した。
『木下君、大丈夫ですか?』
「うん。あの勇者的な何か。強いよ」
視線の先の勇者は、木下を追従する訳でもなく、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。そして、再びその口元から荘厳な響きの詠唱が始まった。
幅広の剣の蒼白い炎が忽然と消え、その切っ先を詠唱と共に目前へ掲げながら何やら上下左右に動かす。
「今度はなんだ?」
身構える木下。
不気味な歌声だけが、昇り始めた朝日の中にこだましている。




