軟禁
ドアを強く叩く音で瑛莉は目を覚ました。
不機嫌になったのは一瞬で、昨日の仕掛けを思い出して慌ててベッドから飛び降りる。
「エルヴィーラ?ごめん、ちょっと待って」
ドアノブから真っ直ぐに伸びた布は重厚感のあるチェストの脚に結び付けられている。きつい結び目を苦労して解き、ドアを開ければエルヴィーラの背後には険しい顔のオスカーの姿があった。
「室内を検めさせていただきます」
「好きにすれば?エルヴィーラ、先に食事をお願いしてもいい?」
まだ着替えも終わっていないのに室内に足を踏み入れたオスカーに、冷たい眼差しを向けていたエルヴィーラへ声を掛ければ、何も言わずに準備を始めてくれた。
「……内鍵は付いていないはずですが、どうやって入れないようにしていたのですか?いざという時に困りますから変な小細工はお止めください」
このタイミングでオスカーが本気で瑛莉に危害を加えると疑ったわけではないが、自分を良く思っていない相手が扉一枚隔てた場所にいるという状況は落ち着かず、夜中にごそごそと扉が簡単に開かないよう工夫を加えるはめになった。
「信用できる護衛を付けてくれるならね」
それだけ言って瑛莉は温かいスープを口に運ぶ。野菜のうまみが溶けたスープはじわりと身体に沁み渡るようで気持ちが落ち着いた。昨日は色々と大変だったし、疲れていたのに考えることが多くてなかなか寝付けなかったのだ。
「――貴女の警護は王太子殿下のご命令です。あの方の信頼を裏切るような者は第一騎士団にはおりませんので、ご心配なさらず」
「エルヴィーラ、お茶変えた?いつものも美味しいけど、これもすっきりして美味しいね」
「はい。先日出掛けた際に市場で購入したものです。エリー様のお口にあって良かったです」
オスカーを無視して食事に専念しようと決めた瑛莉に、エルヴィーラも合わせるかのように返答した。
常にクールではあるものの礼儀作法や立場を弁えているエルヴィーラにしては、珍しくオスカーを気にする様子もない。強引に部屋に入った不作法に腹を立てているのか、もしくは扉が開かなかったことで何か言われたのかもしれない。
(あとで確認しておくか)
敵視しているのは自分だけでならともかく、周囲にも影響が及ぶのであれば対処しておくべきだろう。
「それから聖女様の安全のため、しばらくはこちらで過ごされるようにとのことです」
「は?軟禁しろと命じられたってこと?」
「御身をお守りするために必要な措置ですので、悪しからず」
慇懃に一礼するが、その顔には隠しきれない優越感が滲んでいる。
「へえ、そうかよ。エルヴィーラ、悪いんだけど日持ちする食品の買い出しを頼みたい。――そうだな、これ換金できる?」
瑛莉が取り出したのはヴィクトールから贈られた髪飾りだ。エルヴィーラが何か言う前に唖然としていたオスカーが我に返って詰め寄ってきた。
「王太子殿下からの贈り物を売り払うなど何を考えているんですか!!」
「現金の支給がないんだから仕方ないだろう。大体安全のためだって言うから引き篭もってやろうというんじゃないか。危険だと言うのなら誰も部屋に通さなければいい」
言葉尻を捉えるかのような返答に、オスカーの顔が怒りに染まった。
貴族だから嫌味に慣れているかと思っていたが、高位貴族のためあまり面と向かって言い争う者がいなかったのだろう。
「じゃあこれをお前に預けるから、金貸してくれる?」
とは言えここでオスカーと争っても何の意味もない。資金調達できれば構わないため、そう持ち掛ければオスカーはすぐさまエルヴィーラに金貨を数枚渡していた。ヴィクトールのためという大義名分が付けば動かしやすいのかもしれない。
「……今回だけだ。二度と王太子殿下からの贈り物を粗雑に扱うな」
瑛莉の考えを読んだかのように念押ししてくるオスカーに、瑛莉は小首を傾げてにっこりと微笑むに留めておいた。
(軟禁されるとは思わなかったが、準備するには好都合だな)
一人取り残された部屋で瑛莉は荷造りを進めていた。前回ディルクにあっさりと阻止されてしまった経験を活かし、もしもの時を想定して少しずつ準備をしていたのだ。まさか本当に必要になるとは思っていなかったが、備えあれば患いなしということらしい。
以前ヴィクトールから渡された支給金の残りや魔石、ナッツやドライフルーツに救護院での作業用と称して手に入れた簡素なドレスなど、小さなリュックに詰め込んでベッドの下に押し込んだ。
(ディルクは大人しくしておけと言うんだろうけど)
魔王についてもまだ詳しいことを教えてもらっていないのだから、今ディルクにいなくなられては困るのだ。魔王が聖女に対してどう動くか未知数のところではあるが、現時点では不信感しかない王家や神殿よりもましだろうという希望的観測で判断するしかない。
一通り準備を終え手持ち無沙汰になった瑛莉は、エルヴィーラが戻ってくるまで寝不足を解消するためベッドに潜り込んだのだった。




