甘言
エリーの警護をオスカーに命じ、ヴィクトールは小さく息を吐いた。
自分もそのまま部屋に戻ってしまいたかったが、まだダミアーノとの打ち合わせが残っている。
王太子である自分にダミアーノは何かと便宜を図ってくれているが、神殿の人間を完全に信用してはならない。
特に聖女が実在する現在、民衆の支持が神殿に傾けば体制に大きな影響を与えることになる。神殿が政治の実権を握ることは現実的ではないものの、優位性を奪われればあちらの要求を拒むことが難しくなるだろう。
神殿側だけ利益を得るようになれば、王家の威信は揺らぎ貴族たちを制御することが出来ず、国が崩壊することになりかねない。
(だからこそ聖女との繋がりを維持するために婚姻を結ぶ必要があるのに、父上は何故……いや、それよりも彼女は――)
「嫌がらせの件で警戒心を抱いてしまっているだけでしょう。あまりお気になさいませんよう」
心の中を見透かしたようなダミアーノの言葉に苛立ちが募る。
「ならば何故討伐への参加を禁じなかった!あんな危険な任務に、あのような者と共に行動させるなど――!」
どっちつかずの発言はいつものことだが、何故か今回だけは不愉快で仕方がない。力強さと軽蔑が合わさった熱を孕んだようなエリーの瞳を思い出す。
ディルクが関わっていたからこそ、彼女はあのように感情を露わにしたのだろうか。
いつもの困ったような笑みとは違い、彼女の本心が垣間見えた気がした。
「勘違いなさいますな。検討するとは申しましたが、やはり時期尚早だったと彼らが発った後にお伝えすれば良いのです。ただ魔王討伐には魔物の浄化が必須ですので、どこか別の場所を手配いたしましょう」
護衛付きとはいえこれまでよりも格段に危険に晒すことになるため先延ばしにしていたが、当の本人が前向きである以上拒否は出来ないだろう。ダミアーノのペースに乗せられたことに悔しさを覚えつつ、ヴィクトールは話を少し逸らすことにした。
「……あれが本当に魔王と通じているなら討伐など無意味なのではないか」
情報元がどこなのか、ヴィクトールは把握していない。それでもわざわざそんな嘘をでっちあげる理由も、ディルクを庇う理由もないため進言を受け入れただけだ。
「ええ、ですから少数の人員しか出せないよう騎士団に命じてくださいませ。万が一そうでなかった場合も損失を最小限に抑えられます」
まるでどちらでも良いかのような物言いに少し違和感を覚えたが、後に続いたダミアーノの言葉に注意が逸れた。
「忌地近くの村で生まれ育った平民が、王家の騎士にまで上り詰めたのは美談でしょうが、だからこそ怪しいと思いませんか?ましてやかの騎士はただの護衛にもかかわらず聖女様に近づきすぎた。聖女様を利用するために良からぬ嘘を吹き込んだ可能性もありますな」
かつて村があったというその場所は魔王が発生したことにより、人が住めない土地へと変わり忌地と呼ばれるようになった。魔王の力が強まるにつれて、徐々にその範囲を拡大し続けている魔物が跋扈する不毛の地だ。
(あいつの強さはそのせいなのか……?)
人ならぬ者から与えられた強さであるのならば、そう考えたヴィクトールに昔の記憶が頭をかすめる。
騎士見習いであるにもかかわらず、あっさりと自分との模擬試合に勝利した少年に屈辱を感じた。だがその後に他の騎士たちに手を抜かなかったことを叱責されたらしく、以来一度も本気で相手にされなかったことはそれ以上の屈辱だった。
それでも表面に出さず、立場や身分が違うのだと言い聞かせて関わりを避けていたのに、気づけばマリエットはディルクに懐き、婚約者であるはずのエリーまでもが自分よりもディルクを優先しようとしている。
(マリエットやエリーが私を軽んじるのはあいつがそう仕向けているから?)
自分ではなくディルクに原因があるのだという考えは、苛立ちが和らぐような気がした。
「聖女様は心を痛めるかもしれませんが、大義において多少の犠牲はつきものです。王太子殿下のお気持ちはいつか必ず聖女様に届くでしょう。どうか私めにお任せください」
その意味を深く考えることなく、ヴィクトールはダミアーノに頷いたのだった。




