討伐
連れて行かれたのは、意外なことに牢屋などではなく王宮内にある客間だった。
「エリー!何故ここに……。オスカー、彼女をどうして連れてきたんだ」
扉を開くとヴィクトールと神官長であるダミアーノの姿があった。
「申し訳ございません。連行時にこの男は聖女様の寝室におりました。聖女様にはご説明しましたがお聞き分けいただけずに、従わざるを得ませんでした」
「随分と強引な態度でしたので同行させていただきましたが、何か不都合がございますか?」
ヴィクトールに頭を下げつつ、こちらを睨みつけてくるオスカーには構わず、瑛莉は冷ややかな口調で答えた。ここまで来て追い返されるようでは何のために付いてきたのか分からない。
「……エリー、ディルクはもう君の護衛騎士ではない。詳しいことは明日伝えるから部屋に戻るんだ。……そんな恰好を人目に晒すものではない」
部屋を出る前に薄いストールを羽織っていたのだが、夜着であることに変わりがないからかヴィクトールに窘められる。
「お断りいたします。神官長様がいらっしゃるということは、ディルク様の嫌疑は聖女にも関わることなのではありませんか?」
いささかこじつけかと思いながら発した言葉は、意外と的を射ていたらしい。ヴィクトールの表情が僅かに歪み、否定する言葉は出てこなかった。
空気が重くなった中、意外にも瑛莉の味方になったのはダミアーノだ。
「王太子殿下、聖女様がこの場にいらっしゃったのも何かのお導きかもしれませんぞ。真偽のほどを明らかにするためにも、ご同席頂いてもよろしいのではないでしょうか?」
やんわりとした口調だが、その瞳はどこか油断ならないような気配を感じさせる。
「……分かった。だがせめてこれを着ておいてくれ」
ヴィクトールから上着を渡されて、瑛莉は素直に羽織ることにした。他人の服を着ることに若干抵抗はあったが、条件として必要なら拒むほどではない。
ヴィクトールとダミアーノは殺風景な部屋に不釣り合いなソファーに座っていたが、聖女を立たせたままにするわけにはいかないと瑛莉の分の椅子が急遽用意された。
ちなみに罪人の可能性があるということで、ディルクは立ったままであり瑛莉の場所はヴィクトールの近くに設置されている。
「反逆罪というと大仰に聞こえるかもしれませんが、貴殿が魔王と繋がっているという情報が入りましてな。聖女様に万が一のことがあってはと至急お呼び立てした次第です」
困ったような口調でダミアーノはあっさりと理由を告げた。魔王の言葉に瑛莉は内心ひやりとしたが、表情に出さないよう努める。
「どこからの情報か気になりますが、否定したところで信用してもらえないようですね。俺に何をお望みですか?」
いつもと変わらない表情だがうんざりしたように見えるディルクに、答えたのはヴィクトールだ。
「トルフィ村周辺で魔物の被害が増加している。第二騎士団内で討伐隊を編成し、現地へ向かえ。魔物を根絶するまで戻ってくることはならぬ」
「――拝命いたしました」
(これは遠回しな死刑宣告じゃないのだろうか……)
魔物の被害や数がどれくらいいるのか分からないが、そう簡単に一掃できるようなものではないだろう。魔物を殺すことで魔王と繋がっていない証拠を挙げろというのは少々乱暴なこじつけのようにも思える。
(そもそも何故ディルクを排除しようとする?情報提供があったとはいえ、ろくに事情聴取をしていないのに、処罰を事前に決めてあるようだった。ディルクがいなくなることで得をするのは誰だ?)
表情を保ちつつ目まぐるしく思案に耽る瑛莉にダミアーノが声を掛けてきた。
「聖女様もご不安でしょうが、ディルク殿はお若いながら第二騎士副団長という地位を与えられた優秀な人物です。今回は無視できない情報提供があったためこのような結果となってしまいましたが、必ずや王太子殿下のご期待に応えてくれることでしょう」
「……ええ。私も微力ながら皆様のお役に立てるよう頑張りたいと思いますわ」
ダミアーノの言葉は労わりに満ちていたが、そのまま受け取るほど瑛莉は素直な性格ではない。ダミアーノは瑛莉と敵対するではなく懐柔することを選び、そのような言動をとっているだけだ。
それを逆手に取った返答はダミアーノよりもヴィクトールが強く反応を示すことになった。
「エリー……まるで君も討伐に参加するように聞こえたが、その必要はない」
「魔物の浄化が私の仕事なのですよね?魔王討伐のためにも、少しでも慣れておかなければいざという時に役に立ちませんわ」
初日にヴィクトールから言われたことだ。魔石の浄化は行ったことはあるが、生きた魔物を浄化した経験はない。王都に魔物が侵入することは滅多にないからだが、それならば生息する場所に行く必要がある。
「素晴らしい心掛けですな。ですが、何事にも順序がございます。まずは少しずつ慣れてから実戦に向かわなければ、聖女様の安全が確保できません。魔物の浄化については、早々に王太子殿下と調整させていただきますので、しばしお待ちを」
不満そうだがそれ以上口を開かないヴィクトールを見て、瑛莉はダミアーノの目的を何となく察した。
恐らくダミアーノは次のステップとして瑛莉に魔物の浄化をさせたかったのだろう。それを何故だか分からないがヴィクトールが反対していたため、瑛莉本人からその発言を引き出すことで有利に事を進められるようにしたのだ。
(この狸親父め!)
「ご配慮ありがとうございます、神官長様。討伐には怪我が付き物でしょうから、今の私でも力になれるかと考えておりましたの。ディルク様はどう思われますか?」
瑛莉としては何かきな臭い物を感じる今回の討伐に同行したほうが良いと思っているが、命懸けの任務で逆に足を引っ張るようなことがあってはならない。一応意見を聞いておこうと思い、ディルクの方を見れば一瞬だが、珍しく迷ったような表情がよぎった。
「……聖女様の貴重なお力を我々のために使っていただくわけにも参りません。御身の安全を第一に考えればこちらに残っていただいたほうが――」
「人々の安全のために命懸けで戦う騎士様方に癒しの力を使わずに誰に使うと言うのです。私はそのために召喚されたのでしょう?」
言葉を被せながら強引に主張した瑛莉に、声を荒げたのはヴィクトールだ。
「駄目だ!エリー、君は私の婚約者だろう。一介の騎士のために危険を冒すなど許容できない」
「私がヴィクトール様の婚約者なのは聖女だからです。その役目を果たさないことにはヴィクトール様の婚約者を名乗る資格はないのではないでしょうか?」」
ヴィクトールの言動に瑛莉は少なからず腹を立てていた。無理難題を押し付け、他人の命を軽く扱うような言葉には傲慢さが滲んでいる。
婚約者という立場を盾に取るのなら、瑛莉は聖女としての立場を利用するまでだ。
「まあまあ、聖女様も少し落ち着いてください。王太子殿下も御身を慮っての言動ですし、聖女様のお気持ちも分かりましたから、一度検討させていただきますので」
とりなすようなダミアーノの言葉に瑛莉も退き際を悟って、それ以上の発言を控える。
ふとヴィクトールが何か呟いたような気がしたが、その言葉が瑛莉に届くことはなかった。




