99 マーケットで探そう
僕はほんのりむくれながら、マーケットへ足を踏み入れた。
ディアンってばケチなんだから! ガイアスさんは快く貸してくれたのに。
重くないって言ってたんだから、問題ないと思ったのに。
ディアンの背中なら、僕も周りが良く見えるはず。そりゃあ、ガイアスさんほどとは言わないけど。
すげなくおんぶをお断りされた僕は、ディアンを置いて前を歩く。気が付いたんだ。ディアンが先に行くから置いて行かれるんであって、僕が先に行けば、はぐれるのは僕じゃなくてディアン。いいアイディアだ。
あっちもこっちも面白そうで、右へ左へ、吸い寄せられるように歩く。
ただ、僕の身長だと人混みの中に入ってしまえば、ほとんど何も見えない。
気になる露店の前で馬鹿みたいに跳ねていたら、冒険者らしいお姉さんが持ち上げてくれた。
「見えた? 君が欲しいものじゃないと思うわよ」
「ありがとう! 心優しいレディ、とても力持ちだね! ここは武器屋さん?」
ぶっと吹き出したお姉さんの手が、ふるふる震えている。
どうも、冒険者の女性にはレディと言わないらしい。
「ど、どうもありがと……! そうね、ここらの店は小さい武具類が集まってるわよ」
「そうなんだ! 僕、空いてるお店を探してみる!」
「怪我しないようにね、触っちゃダメよ」
そんな、幼児にするような注意に苦笑しながら手を振って、ちょっと振り返ってみる。
……どこだろう。多分、ディアンは付いてきていると思うんだけど。
ひとしきりきょろきょろしたけれど、そもそも僕の視界は見通しがほぼゼロ。
早々に諦めて、タタッと駆けだした。
ディアンがはぐれたなら、それはそれで、僕は腰に手を当てて言えるってものだ。『ディアン、ちゃんと着いてこなきゃダメだよ』なんてね。
くすくす笑みを堪えながら、僕が眺められそうな武具屋さんを探す。
屋台形式のお店が多いけれど、地べたに直接敷布を広げて商品を並べている人もいる。そっちは屋台形式よりも少し人気がないよう。
でも僕には、ちょうど見やすくていい。
折よくナイフ中心に並べているお店を見つけ、屈み込んだ。
「わあ……」
鞘から抜かれた刃がきらりと光を反射しながら並んでいて、なんだかドキドキする。
「でも……どのナイフがいいかなんて、全然分からないなあ」
「おぉ、見て行け。どうだ、こういうのなんか、ロマンだろ。抜いてみな」
「う、うん……」
にんまりしながら差し出されたのは、ものすごくゴツゴツした大ぶりのナイフ。骨やらドラゴンやら、なんだかおどろおどろしい装飾がついているけれど、こういうのが人気なんだろうか。
受け取った途端、ずしりと重くて思わず取り落としそうになった。
こんなに重いもの、絶対に無理。でも、店主さんの期待に満ちた視線に負けて、恐る恐る鞘から抜いてみる。
「え、刃にも模様が彫ってあるんだね」
「だろ、ロマンだろ!」
そ、そうかな。汚れが落としにくそうだと思うのは、僕が包丁を想像しているからなのかも。
鈍く光る刃が、僕の手の中にある。
刃物っていうのはやっぱりカッコイイね。これはちょっとゴテゴテが過剰だけれど――そんなことを考えたから、ナイフが怒ったんだろうか。
どん、と通行人の足が僕に当たった。
あ、と思うよりも……ナイフが僕に刺さる方が、多分早かった。
「……てめえは刃物を持つな」
「ディ、ディアン……」
すんでの所で刃を握り込んだ手が、僕の胸に当たっている。遅れて早鐘を打ちだした心臓が痛い。
そのままナイフを取り上げられ、ディアンは慣れた仕草で鞘に納めて店主へ放った。
「あっ、ディアンの手は?!」
ハッと気づいてその手を取った。
「俺はそんな鈍臭くねえ」
「そ、そっか。良かった……ありがとう」
傷ひとつないことを確認して、ホッと息を吐く。
生ぬるい視線に、少し唇を尖らせる。
「だって、ディアンだって買えって言ったじゃない」
「刺さっても問題ねえようなのにしろ」
「そんなものないよ?!」
たとえフォークでも刺さったら大変だよ! そう言いつつ、ひとまずこのお店には僕用のものはなさそう。
再び歩き出した時、ひとつ向こうに誰も足を止めない店を見つけた。
敷布の上には武具が何もない。売り切れたのかと思いきや、何やら置かれているものはある。
なんだろう、これ。
四角いカード状の板が、いくつか束になって重ねられている。
まだ武具ゾーンなので、武器の材料だろうか。
しげしげ眺めて、手に取ってみる。
「あれ……これ、凄くない? ねえ見てディアン、こんなに薄いよ」
「だからどうした」
そうなんだけど。でもこれ、叩いて伸ばしてるよね。わざわざ、こんな薄さに。
「僕、鍛冶のことは知らないけど、こんなに均一になるもの? ねえ、難しくないの?」
「難しいっちゃ難しいな」
退屈そうな顔をしていた小柄な髭面店主が、モゴモゴ言った。
「こんなに薄くして、何に使うの? 材料なの?」
「何にでも。完成品じゃわ」
「ええ……」
何にも使えそうにないけど?! 苦笑して金属板を戻そうとして、ふと気が付いた。
材料じゃない、完成品。じゃあ、武具だ。
「ねえ、ディアンならこれ、投げて武器にできる?」
「そんなもんが――」
受け取ったディアンが指に挟んで、ふっと眉根を寄せた。
「……いくらだ」
「いくらにしようかの」
やっぱり! ディアンなら、きっと武器にできるんでしょう。だってこれ、重さも薄さも、強度もちょうど良さそう。柄のあるナイフよりもカードの方が、飛び道具としては簡単かもしれない。
僕ももう一枚取って眺めた時、カードの隅に何か書いてあるのを見つけた。
「これ、お店の名前? あ、違うね、店主さんの名前――あっ?」
『ミース・ノルキア』。この名前、どこかで……。
しばし首をひねって、もう一度声を上げた。
「僕、買います! あなたが、ミース・ノルキアさんで、これを作ったのがあなたなら!」
「は? 値段聞いてねえだろ」
「ほう? なんじゃ坊主、知っとるのか」
にやり、笑ったノルキアさんが、頷いた。
「よかろ。合格じゃ、銀貨10枚」
「いいの?! ありがとう!」
「馬鹿か?! 金属板だぞ?!」
ディアンが慌てて僕の肩を掴むけれど、僕は、にっこり笑って支払った。ノルキアさんの気が、変わらないうちに。
そして、ディアンに本を差し出した。選書魔法で選ばれた、2冊目の本を。
そこに掲載された昔の鍛冶コンテスト。その、連覇者の名前を。




