100 ミース・ノルキアの腕
束になった金属は、それなりにずしりと重い。これで一体何枚あるんだろう。
いち、に、と数えていると、金属カードがしなるのが分かった。
「50枚だ」
既に荷物をまとめ始めているノルキアさんが、横から何でもない調子で言った。
「ご、五十枚! この束の中に……。すごい……金属って薄くなるとこんなに柔らかいんだね」
目を丸くしていると、意味深な笑みを浮かべたノルキアさんがちらっとディアンを見る。
僕の手元を見ていたディアンに気付いて、カードを差し出してみる。
眉根を寄せて素直に受け取った彼は、ぱらら、と捲ってみたり、曲げてみたり。
何がそんなに気になるんだろうと首をかしげていると、不審げな顔でノルキアさんを睨んだ。
「なんだ、これは」
「何って何じゃ」
何を言いたいか把握していそうなにまにま顔に、ディアンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「なに? どういうこと?! 何か変なの?」
今にも胸ぐらを掴みに行きそうなディアンに飛びついて、その金属カードとノルキアさんを見比べた。
「金属は、フツーこうならねえだろ!」
「フツー、が良かったかの? こうなって悪いことなどないじゃろが」
「何の話?! ノルキアさん、僕に教えて!」
坊主は素直じゃの、と目を細めたノルキアさんが、僕の胸元を指した。
何だろ、と押さえた手の下で主張しているのは――。
あ、と冒険者タグを引っ張り出して、カードと比べてみる。
あれ……? タグだって結構薄いけれど、カードとは全然違う。これがもっと薄くなったところで、こうはならない気がする。
「なんだか……ノルキアさんのって柔らかい?」
「表現が下手じゃの。粘りと言わんか。折れず、曲がらず、強い! 見事じゃろ」
かっかっか、と満足そうに笑ったノルキアさんが、敷布を丸めて担ぐと、くるりと背中を向けた。
そのままスタスタ歩き始めたかと思えば、肩越しに振り返る。
「何じゃ、来んのか。試してみたいじゃろ?」
「うん!」
ぱっと笑って駆け寄ると、おい、なんて声が聞こえた気がする。でも、ディアンだって試す場がほしいでしょう? そしてきっと、ノルキアさんが見たいんだろうな、なんてのが分かるご機嫌な背中。
僕はディアンを引っ張って、その小さな背中を追いかけたのだった。
「――うわあ」
「うむうむ、よいな」
的を通り抜けるように、後ろの板に突き刺さった金属カードに息を呑む。
ほとんど音すらなく……。
す、すごい……こんなに切れ味が出るのか。持った時は、普通のカードだったのに。
ノルキアさんの工房は、町はずれのこぢんまりした小屋だった。
豪邸を想像していた僕が首を傾げると、『帰って来た』のだと笑った。
もしかして、師匠みたいに? 年を取ると、ふと、静かな所へ引っ込みたくなったりするんだろうか。
「……威力はねえだろ」
「そらそうじゃろ、どう見てもメイン武器じゃないわ」
こんなものが刺さったら大ダメージ、と思った僕は甘いらしい。ナイフと比較しても、傷としては小さすぎるのだとか。
「その軽そうな頭でよぅく考えてみることじゃな。こいつは、よくよく役に立つ」
「てめ……!」
「わあっ! 喧嘩しないで?!」
ばしっと真正面からしがみついてストップをかけると、頬を膨らませてじとりと二人を見た。
ディアン、相手はおじいさんだよ?! そしてノルキアさんも、いちいち煽るようなことを言わないでほしい。
「いやぁ、叩きがいのある鋼を打つのは、鍛冶師の性じゃ。まあよい、坊主に免じて、ひとつ」
かっかっかと笑いながらカードを一枚取ると、的に張り付けて振り返る。
「さて、悪ガキ。狙えるか? そうじゃの、そのナイフで――」
その言葉が終わるより早く、ヒュ、と風を切る音がした。そして、チンッと高い音。
的から跳ねたナイフが、ノルキアさんを掠めて落ちた。
「危ないのう、せっかちが」
肩を竦めたノルキアさんが、カードを確かめて頷いてみせる。
もしかして! 駆け寄ってノルキアさんの手の中を覗き込むと、やっぱり、そのカードの中央には微かな傷がついていた。
「こんなに薄くて柔らかいのに!」
「見たか、ノルキアの腕を。防に使うに十分な強度よ」
これ、腕の差なんだ? 金属の性質だと思っていた僕は、危うく滑りそうになった口を押さえて頷いた。
あの勢いのナイフを弾けるなら、相当だ。
じゃあ……!
僕はさっそくディアンの腕を取ると、袖口にカードを入れて紐で縛った。
「これからは、リストバンドみたいなのを買うといいね! ねえディアン、これなら腕で受けても大丈夫だよ!」
「おうおう、なまくら刀くらいなら、受け切ってみせるじゃろな!」
にっこり微笑むと、ハッとしたディアンがばつの悪そうな顔をする。
ふふ、そうだよ。僕、ディアンがどこを怪我するか、ちゃんと見てるよ。
「ねえディアン、いい買い物だったね!」
「てめえのだろ」
「えっ? 僕が使えるわけないじゃない」
キョトンと見上げると、ディアンが妙な顔をしている。
ディアン、僕をもう少し知ってほしいな。僕がこれを投げたらどうなると思う? チョウチョよりもひらひら華麗に宙を舞うよ。
「ねえノルキアさん、僕、刃物を使うのが下手なんだけど、僕が使えるナイフはないかな?」
「そうじゃろうなあ……稀に見るぼんくらじゃ」
……僕、ノルキアさんの前でそんなシーンは見せてなかったはずだけど?! なぜ深々頷かれてしまうのか。
むっと頬を膨らませる僕を気に留めるでもなく、ノルキアさんがカードを握らせる。
「魔法は使えるんじゃろ、そういう身体じゃ。なら、それこそこれでいいじゃろ。魔刃加工くらいしてあるわ。切りにくかろうが、坊主には十分と見る」
「魔刃加工?」
「魔力を込めてみよ」
見た目で魔法使いって分かるんだ? 年の功? と思いつつ、言われるままに魔力を込める。
ただの金属板と思ったものに、すうっと魔力が通って驚いた。
「上手いの。それで切れるじゃろ」
「え? どうやって……あれ?」
まじまじカードを見ると、一辺がうっすら青く光っている。もしかしてこれが、魔刃加工?
サッとカボムチャを取り出して、カードを当てると――。
「本当だ! 切れる! ナイフみたい!!」
「切りにくいにもほどがあるだろ……」
「そうでもないよ?! だってほら、魔力を込めると切れ味が!」
包丁みたいに、柄を握って体重をかける必要がない。手元の何かを切るくらいの用途なら十分!
ついでに切ったカボムチャはノルキアさんにプレゼントしておいた。
「ちなみに魔刃加工って、普通なの?」
「普通じゃ」
「そんなわけねえだろ」
二人の声が重なって聞こえて、同時に顔を見合わせた。
「え? 普通じゃろ?」
「馬鹿か、どのレベルの『普通』を言ってやがる」
……なるほど。一流職人が作るクラスの武器だと、普通。僕、理解した。
つまり、これ……銀貨で買っちゃってよかったの?!
「あ、あのノルキアさん、これ……五十枚あるんだよね。えっと、金貨と間違えた……?」
馬鹿、と言いたそうなディアンが僕を睨む。
とは言え、金貨十枚はちょっと払えない。肩を落とす僕に、ノルキアさんが訝しげな顔をした。
「合っとるわ。ただの金属、悪ガキもそう言ってたじゃろ。ちなみにそりゃ消耗品じゃからな、お前が買ったのは『権利』じゃ。次からは原価で売ってやる」
「そ……え、い、いいの?!」
さすがに申し訳ないと振りかけた首を、ディアンの視線で止めた。そ、そうだよね。本人がいいならば……。
「金なんぞ、いると思うか? この、ワシに。いつ使うんじゃ、何に」
かっか、と笑ったノルキアさんは飄々としていたけれど、つい言葉に詰まった。
あと、何年? それは、誰が見ても確実に迫る未来。
「いらん、金なんぞ。もっと面白いことがあるじゃろ。それを叶える程度の金なら、既にある」
「なら、タダでくれよ」
「ディアン?!」
ここでそういうこと言っちゃう?! 十分、価値があると知った上で!
だけど、ノルキアさんは気を悪くした風もなく笑った。
「いいともよぉ、悪ガキ、ぬしが一流になったらなあ!」
「そんなもん、てめえがくたばってるだろ!」
「じゃから、急げよ」
にやり、笑ったノルキアさんがあんまり嬉しそうで、僕は声が出なかった。




