101 ピピレレの実
「……ノルキアさんは、楽しそうだね」
おススメされた黒いお肉のシチューを抱えたまま、ぼうっとそれを見つめて呟いた。
あれから、ディアンが腹が減ったというので、ノルキアさんおススメの露店で買い込んで広場で腰を落ち着けている。
既に串焼きを食べ終えたディアンが、パンを僕のシチューへ突っ込んで頬張った。もう、自分で頼めばいいのに。
生き生きしていたノルキアさんを思い出して、少し微笑んだ。
「いいなあ。年の功なのかな? ノルキアさんはきっと、自分が何を欲しくて、何で満足するのか知ってるんだね」
ディアンが、ぴくりとした。
僕も、分かるかな? ノルキアさんくらいの年になれば。
じゃあ、師匠も……その年にならないと、分からないのかな。
急いで頬張ったシチューは、むせそうなほどに濃厚で、じんとほのかな苦みが余韻を残す。
ディアンを真似てパンを浸して頬張ると、濃すぎる濃度がちょうどよく馴染んだ。
「年くっただけで、わかるわけねえ」
吐き捨てるような言葉を、少し不思議に思った。
まるで、その味を知っているような、苦みを帯びた声。
遠くを睨むディアンを振り仰いだ時、スプーンを持つ手にちまちま何かが触れた。
「る!」
「これ、結構濃厚だけど大丈夫?」
食べる、と主張しているグリポンに笑って、根菜をフォークで割って差し出した。
あち、あち、と両手を交互に離しながら齧る様子に頬が緩む。
ふいに、ぷぁーっと大きな音が響いてグリポンと一緒に飛び上がった。
「なに、なになに?!」
「いちいち跳ねるな。何かの催しだろ」
中々無理難題を言われつつ、歓声を上げて集まってくる子どもたちを眺めた。
何だろう、人垣ができてしまって何も見えないけれど、多分この広場で催しがあるんだろう。
お尻をもぞもぞさせていると、うぜえ、と腰かけていた木箱から押し出された。
振り返ったディアンは、興味なさそうにあごをしゃくった。
ぱっと笑った僕は、一目散に人混みの中へ駆けていく。できれば、ディアンも一緒に来てほしかったけど! 何か楽しいことがあるなら、僕が教えてあげよう!
「ねえ、これ何? 何をしてるの?」
隣で子どもを肩車しているおじさんに声をかけると、肩の上から返事が返って来た。
「知らないの? ピピレレの実だよ! 上手に取らないといけないんだよ!」
「他所からきたのかい? これはこの時期恒例のおまじないみたいなものかな。ほうら、今向こうで準備してるだろ? 一斉に撒かれるから、それを空中で取ること。そうしたら、妖精ピピレレがそれぞれの実にまつわるいいことをくれるよ。頑張ってたくさん取るといいよ」
「そうなんだ! 面白いね」
興奮して赤い頬をしている子を見上げて、くすりと笑った。
占いとおまじないを混ぜた、楽しい催しだ。弾む子どもたちと、男女ペアになった若者が多いところを見るに、誰に人気なのかよく分かる。
落ちたのは拾ったらダメなのかと思ったら、それは親が拾って食べるものなんだとか。
食べられるんだ! と目を輝かせたところで、再びぷぁーと音が鳴った。
「ヨイヨイッ、そおぉーーれっ!!」
陽気な掛け声が響いたかと思うと、バッと空に丸いものが広がった。
きゃあっと華やかな悲鳴が上がる。
えっ、と思ううちに、おでこと肩に何かがぶつかって転がっていく。
「これが、ピピレレの実……?」
拾い上げようとしたら、小さな子に、メッ! と怒られてしまった。大人しか拾ったらダメらしい。
どうやらピピレレの実、というのは架空のものらしいと微笑んだ。
だってこれはクルルの実。固い殻に覆われたナッツの一種で、珍しいものじゃない。
よくよく見れば、殻に何やら模様が描かれている。これが、それぞれのおまじないなんだろう。
まじまじ観察している間に、再びヨイヨイッと始まった。
あ、あ、と視線を動かすたびに、色んな所に実が当たって落ちていく。
あてずっぽうに手をぱちんとやってみたけれど、掠りもしない。
「る! るっ!!」
「欲しいの? 僕も取りたいのはやまやまなんだけどね……」
転がるピピレレの実にしょんぼりして、さっと踵を返した。
大急ぎで駆け戻ると、思い切りディアンを引っ張った。
「ねえ急いでこっちに来て! あれを取って!」
「はぁ? なんで俺が」
案の定動いてくれないディアンをめげずに引っ張りながら、頭を巡らせる。何か、理由、理由……。
あっと思いついた僕は、にっこり笑みを浮かべた。
ディアンが、すごく嫌そうな顔をする。失礼だなあ。
「さっき言ってたよね? あのカードのお金。僕、お金よりこっちが欲しい!」
「いらねえだろ、あんなもん!」
「僕はいるの!!」
ノルキアさんから買った金属カード、あれはもちろんディアンのもの。僕は一枚もらえればそれで事足りる。
だけど、ディアンが俺が買ったもんじゃないと頑ななんだもの。
僕に五十枚もの金属カード、一体どうしろっていうの。プレゼントだと押し切ったのだけど、すっごい不満そう。プレゼントを渡してそんな顔するの、師匠くらいかと思ったよ。
「ほら、早く! 終わっちゃう!」
「てめえで取れよ……」
「僕が取れないの、知ってるよね?! 頑張るけど!!」
舌打ちしたディアンを動かすことに成功した僕は、ぐいぐい引っ張って人だかりの端へやって来た。
まだ、まだ終わってないよね?! どきどきしながら待機していると、大きな声が聞こえた。
「さぁー! もう存分に取ったかい?! これで最後だ、ヨイヨイッ! 良き運を掴みな、そおぉーーれっ!! もういっちょ、そーーーれっ!」
「あ、あ、ディアン最後だって! どうしよう?!」
ラストスパートなのか、何度も投げられるそれが、なかなかこっちに飛んでこない。
「てめえで取るなら、ちゃんと見てろ」
慌ててディアンを見上げたら、ぱぱっとその手が動いた。
もしかして、取れた!?
わあっと顔を輝かせて手を差し出すと、す、と再び上を見たディアンが、何かを手の甲で弾いた。
差し出した手のひらの上に、ぽとり、落ちて来たものを咄嗟に握りしめる。
手の平の中に、硬い実の感触があった。
「満足か」
フン、と小馬鹿にする表情に、僕はこれ以上ないほど晴れ晴れと笑った。




