102 憧れの
ピピレレのイベントが終わり、僕は木箱に座って、徐々に広場から人が減って行くのを見ていた。
握りしめた手を、そっと開いてみる。
そこに確かにある、小さな木の実。
えへ、と笑みが浮かぶ。僕が取った……とは言い難いかもしれないけど、でも、これは僕が取ったよりも価値があるもの。
「る!」
硬い実を抱え込んで、カシカシ頑張っていたグリポンが、ついに無理を悟ったか実を放置して目の前に飛んでくる。
開けてくれと言ってるのだろうけど、僕は無理だよ。すっごく固い実でね、ナイフでこじ開けたりするんだけど……まあ、僕がやったらお察しだよね。
やろうとしないことが賢明だと思ってほしい。
「ディアンが帰ってきたら、開けてもらおうね」
「る……」
がっかりした様子のグリポンが、すごすご戻って実を抱えた。どうやらディアンが帰ってくるまでそうやって抱っこして守っておくらしい。
僕がお祭りの場から離れないものだから、ディアンは舌打ちしてギルドに行ってしまった。
先に出せるものは出しておくのだとか。鮮度が落ちちゃうものね。
待ってろと言われたから、僕は安心して待っている。
わくわくが静まっていくマーケットに、胸がさわりとした。
ひとつひとつ、品物を布に包んで箱へしまっていく人。大きな敷布を、ぱんぱん振って器用に畳んでいく人。2人がかりでタープを片付ける人。
ぴんと張っていた大きなタープが、くしゃりと縮んで『おしまい』と言っているようだった。
なんとなく膝を畳んで、グリポンを胸元に抱え込む。
「……終わっちゃうんだね」
「る!」
僕のつぶやきに首を傾げて、グリポンが自分の木の実をカシカシ、と齧ってみせた。
「ふふ、そうだね。『良かった』だね!」
ストレートなグリポンの思念が、心地よく胸に響く。
本当に。終わることをこんな風に感じるってことは、そういうことだ。
「それは……『いいこと』、だね」
言い聞かせるように声に出し、にこっと笑みを浮かべてもう一度僕の実を眺めた。
僕が取ったのは、『風』の運。
縁だとか、出会いだとか、そういった運を掴んだらしい。
あと二つ、ディアンが取ったのは『水』ともうひとつ『風』の運。だから、グリポンに『水』運をあげて、ディアンに僕と同じ運をもっていてもらった。そりゃあ、いらないとは言われたけども。
ちなみに『水』は健康や成長。グリポンにもピッタリだ。多分ディアンは金運的な『地』か、勝利や成就系の『火』が良かったんだろうけど。
「これ、お守りか何かにできないかなあ? 捨てるなんてとんでもないよね」
師匠にも、見せてあげよう。そっか、こういうのでもいいんだ。
師匠の代わりに、僕がいろんなことをやってきてあげよう。だって師匠より、僕の体験の方が楽しいに決まってる。そう決めつけ、仏頂面を思い浮かべてうふふ、と笑う。
ふと日差しが遮られ、大荷物を抱えた人が僕の前を通り過ぎていった。
何気なく日の傾いた空を見上げ、あれっと思う。
「ここから馬車で町まで戻るの……間に合うのかな」
「間に合うわけねえ」
間近で声をかけられて、ビクっと木箱から落ちかかったところを掴み上げられた。
グリポンは飛び上がったものの、木の実を落として怨嗟の声を上げている。
「ディアン、お帰り! 遅かったね。えっと、じゃあまた野営するってこと?」
「は? なんで町で野営だ。宿を取りゃいいだろ」
「え!!」
ばっと顔を輝かせた僕に、ディアンはしまったという顔をする。
そう、お気づきの通り僕は宿も初めてだよ!
「どこに泊まるの?! もしかして宿を手配してきたの?!」
「手配なんかいるかよ。安宿の目星をつけただけだ」
「安宿!!」
それってあれだよね! ベッドしかない狭い部屋で、歩くたびにぎこぎこ板が鳴って、隙間から下の階が見えるような! ドアと窓にはつっかえ棒をして、侵入者対策に鈴をつけておくんだよ!
「どうしようディアン! 僕鈴持ってないよ。ディアンは持ってる? 桶に水を汲んで部屋に持って行くんだよね?! 運べるかなあ」
小躍りする僕を変な目で見ながら、ディアンは『鈴……?』と首をかしげていた。
◇
すごい、本当だ。ちゃんと裏通りにある! 周りに鋭い目の人がいて、ちらちらこちらを見ている。
ぺこっとやったら、ディアンにぐりんと顔を前へ向けられた。
期待通りの、塗装が剥げた扉。開けるとなぜか扉の下が地面に擦れてガリガリ言った。
入ってすぐ突き当たる薄暗いカウンターには、誰もいない。
「ここが、安や――っ?!」
「声に出すな」
あっ、そうだよね。僕にとって素敵な宿でも、安宿って褒め言葉じゃない。
それにしても、ばちっと塞がれた口が痛い。こくこく頷いて手を外してもらって、きりりと唇を結んだ。
人がいないカウンター、一体どうするんだろうと見ていたら、歩み寄ったディアンがドンと拳で叩いた。
わあ、乱暴。それでいいのかな。
「……二人か。部屋は」
「ひとつでいい」
のそり、と奥から現れた不愛想な人が、じろりと僕とディアンを見て、もう一度僕を見た。
眉毛がなくて、髪もなくて、そうすると随分怖い顔になるんだなと感心した。
まじまじ見られていることにドギマギしながら、にっこり笑う。
「あの、こんにちは! こんばんは?」
「……」
今、どっちだろうと慌てながら挨拶すると、ディアンが舌打ちした。黙ってろ、は挨拶もダメだったらしい。
「……トラブルはお断りだ」
「違ぇ! パーティメンバーだ!!」
ばん、とカウンターに手の平をついたディアンが、僕の首根っこを掴んで持ち上げた。ちゃらり、と冒険者タグを見せているのに気付いて、僕も急いで引っ張り出す。
「そうなの! 僕はディアンのパーティメンバーだよ!」
満面の笑みで告げると、管理人らしいその人が視線を逸らして一歩下がった。
ディアンが、自ら僕をメンバーだって紹介してくれた。その一点で、ぼくはにこにこが留まるところを知らない。
「……気ぃつけろ」
「知ってる」
じ、とディアンを見てから、管理人さんはようやく棚の方へ向かった。
鍵を取り出すのに少しだけ躊躇して、ひとつを選ぶ。
管理人さんが向き直ると、ディアンが銀貨を弾き、難なく彼がキャッチ。ぱしっと小気味よい音と共に、鍵が手渡された。
冒険本のようなやり取りに、思わず感嘆の声が漏れて変な顔をされてしまう。
「見せて! ねえディアン、鍵を見せて!」
「ただの鍵だ!」
分かってるけど! 飛びついて入手した鍵は、錆びだらけの輪っかがついていて、鍵部分だけは金属の光沢を保っていた。
書かれた番号の部屋を確認して、差し込んだ鍵を回す。鈍い手応えと共に、自由になった扉が震えた。
どきどきしながら飛び込もうとして、ぐいと後ろへ引かれる。
えっ、とたたらを踏むと、ノブを回したディアンが、いきなり扉を蹴り開けた。
仰天して見上げたけれど、淡々とした表情はいつも通りだ。
「どうして蹴ったの?」
「中が無人だという証拠がねえ」
ぽかん、と口を開けて、用心深く室内に入るディアンを見送った。
すごいな……僕は、一人で冒険者をやることはできない。
僕は、能天気なんだな。
駆け寄ったディアンにぎゅうっとしがみついて、心からのありがとうを送ったのだった。




