96 楽しい採取依頼
「――どけっ!!」
はっ、とこちらを見たディアンが、僕を蹴飛ばした。
同時に、ボンッ! と激しい破裂音。
声を上げる間もなくずべっと転がった僕は、慌てて葉っぱの中から顔を上げた。
「……ってぇなこの……!!」
「大丈夫?!」
い、痛いですむんだ……。
ディアンはぐるる、と唸り声を上げそうな様相で剣を抜いた。
避け損ねたらしい左脚に被弾し、カボムチャの欠片が付着している。
大急ぎで彼を回復する間にも、次々刈られていくカボムチャ。僕の役目は、もっぱらそれらを収納に入れるだけだ。
「るー!」
遠くの木から、グリポンの応援が聞こえた。
カボムチャ爆弾も、ディアンの蹴りも、どっちも危なくてグリポンと卵は畑の外でお留守番だ。
ボンッ! とまた激しい音がして、バババッと周囲へまき散らされた固い種が、葉を散らす音がする。
ふいに、傍らでゆさゆさ葉が揺れているのを見つけた。
あっ――。
「伏せろ!」
動かなくなった身体が、ディアンの声で反射的に前へ飛び込んだ。
直後、頭上を通過する種と、激しく揺れた周囲の葉。
……戦場だ。ここは、戦場。
こくり、と喉を鳴らして、おずおず生い茂る葉の中から顔を出した。
いつの間にか間近までやって来ていたディアンが、ほ、と肩の力を抜く。
「ぼーっとしてんじゃねえ! 爆発するかどうかくらいわかるだろが!」
「見えたら分かるけど……!」
だってここ、僕の腰丈くらい一面に、カボムチャの葉っぱが生い茂っているんだよ?!
「そもそも、これ……収穫じゃないよね?! 爆弾処理じゃない?!」
絶対に、僕の想定していた採取依頼と違うんだけど!
植物が熟れたら破裂するってよくあるじゃない! これを破裂って書くのは間違ってるよ! これは、爆発!!
そう言えば確かにディアンは爆発って言っていた気がする、なんて思い返しながら、再び蹴飛ばされた。
今は! もうちょっと余裕あったでしょ?!
多分、被弾しても死にはしない。でも、それは一般の話。
そうか、こういう時にギルマスさんのボール投げ訓練が効果的なのかもしれない。
そして、手投げボールで全弾被弾した僕には、もはやどうにもならないということがよく分かる。
つまり……大怪我になる可能性が無きにしも非ず……。咄嗟に頭や顔を庇うなんてことができない僕なので。
ちょっぴり唇を尖らせながら起き上がろうとした時、視界の端で何かが動いた。
僕が両手で抱えるほどの大きさの、大きめカボムチャ。
動いた、ような。
注視する中、ふいに、深呼吸するようにそれが揺れた。
「あ、あっ……!」
カボムチャの深呼吸があっという間に頻呼吸になって――飛びつくように伸ばした手の先、小ぶりな手指が握ったナイフは、思いのほか安定していた。
サクリ、右手に感じた手応え。
途端に、置物のように微動だにしない果実となったカボムチャ。
止まっていた呼吸を吐き出した。
どうっと、急に噴き出してきた汗と、息苦しいほどの鼓動。
「で、できた……! ディアン、僕できるよ!!」
「犬でもできるわ!!」
犬にはできないよ! すげなく怒鳴り返されながら、僕はぐっとしゃがみこんで、もそもそ四つ這いのような姿勢で移動し始めた。
この視界なら……そして、この体勢なら頑丈な葉の重なりが、ふいの攻撃から守ってくれる。
スン、と鼻を鳴らす。
……もしかすると、僕分かるかもしれない。破裂寸前のカボムチャの、一気に甘くなる香り。
「……あれかな?」
用心深く近づいたカボムチャは、まだ普通の果実のよう。
見当違いかな、と諦めようとした途端。
「動いた!」
『呼吸』が始まるやいなや、素早く果実のヘタを切り離した。
ごろり、と転がった動かない果実。僕は会心の笑みを浮かべて、大きな果実に頬ずりした。
さあ、僕の反撃開始だ!
シャキン! とナイフを掲げて、僕はさっそうと畑の中へ這い出したのだった。
◇
幹に背中を預けて座りながら、枝に引っかけた卵バッグが、わずかな風に揺れているのをぼうっと眺めた。
鮮やかな夕日は、ディアンの瞳よりも赤を濃くして、なんとなく美味しそうだな、と思う。
うつら、としかかった時、ふっと眩しい赤が遮られた。
「いつまで休憩するつもりだ」
夕日よりも濃い橙が、僕を見下ろしている。
いつまで、って言うほど長く休憩してないと思う。
渋々立ち上がって、頼りなく揺れる足を見下ろした。
僕……ここから馬車停留所まで歩ける?
夕方まで全力で収穫した結果、無事に刈り終えたわけだけど。
当然ながら僕の身体は、孵化したてのトカゲよりもきっと弱々しいことになっている。
「ねえ、野営して帰らない? 僕、ディアンが一晩中見張らなくていいようにできるよ!」
「いらねえよ、何も信用できねえ」
「そうじゃなくって! 物理的に!」
聞く耳を持たないディアンにむくれ、もはや一歩も動きたくない僕は、ゼロになった体力の代わりに十分すぎる余力のある魔力を使う!
「僕は呼ぶ、土よ、積み上がる土よ! いちに、さんっ!」
平らにならす方はともかく、こっちはあんまり使わない。用心深く簡易詠唱も唱えて――ぺたりと触れた地面に、直接魔力を流す!
足裏に伝わる微かな振動、そして、湧き出すように盛り上がっていく土の壁。
木を囲むようにぐるりと覆った土壁を眺めて、にっこり笑う。
「ね、野営でいいよね!」
ディアンが言いそうなことは、既に対策ずみだ。氷の壁だったら、きっと寒いって言うでしょう? でもこれなら大丈夫だから!
どうだ、と胸を張ると、ぽかんと壁を見ていたディアンが、僕を振り返る。
そして、深々溜め息を吐いて額に手を当てたのだった。




