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◆書籍化進行中◆【選書魔法】のおひさま少年、旅に出る。 ~大丈夫、ちっちゃくても魔法使いだから!~  作者: ひつじのはね
第四章

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92 呼べない名前

小さな窓から、昼前の明るい日差しがシンクをきらきらさせている。

鼻唄を歌いながら野菜を刻んで、くふっと笑みが漏れた。


「おールルアちゃん、随分ご機嫌じゃねえか」

「そ、そうかな?! ちょっと、思い出し笑いしちゃっただけ!」


慌ててローラを誤魔化して、きゅっと表情を引き締めた。

だって、笑っちゃうよ。

ぶっすり不貞腐れた顔が、まるで子どもみたいで。


「ローラはさ、犬を飼ったらどんな名前にする?」

「え? ルルアちゃんにはもう名前があるだろ?」

「なんで僕?!」


確かに……そう言えば確かに判明しちゃったわけだけど。

僕、魂が混じってるんだなあって。

それも、あの――。

ぶふっと派手に吹き出して、慌てて澄ました顔を取り繕った。ローラの生ぬるい視線が痛い。


あの夜、ゆっくり……それはもうディアンに荒っぽく起こされるまで寝ていた僕は、帰る前に絶対に聞いておこうと師匠にまとわりついたわけだけど。

それがもう、師匠ってばちっとも教えてくれない。犬の名前だよ? ただの犬の名前! やっぱり、僕と混じっているという秘密を抱えているから……? じゃあないね。

うん、少し表情の豊かになった師匠は、どう見てもそういう重大な顔をしていなかったから。


「――ケチ! ケチンボ師匠! 犬の名前を教えるくらい、何がダメなの!」

「うるせえ! 名前なんか呼んでねえ!」

「呼んでなくたってあるんでしょ、教えてよ!」


僕のことだって大抵『おい』ですませるんだから、そりゃそうだったかもしれないけど。

でも、実際名前はあるんだからさ! なんで教えてくれないんだろ。


すっかりむくれながらヴェルさんに乗った時、ばさっと羽ばたいたヴェルさんが、意味深に鳴いた。

そして、僕用にだろう、ゆっくり、一文字一文字を浮かべてみせる。


「巻き戻し……じゃなくって、再現? 言葉……あ、複唱するってこと?」

「クァ」

「このっ……てめえ!」


何を? と思ったけれど、下で怒っている師匠を見てハッとした。

そ、そうか! ヴェルさんも犬の名前を知ってる! 古代魔法文字でも、音なら再現できる!

うん、と力強く頷いた僕に、ヴェルさんがゆっくり飛びながら文字を浮かべる。手の届きそうな低空にいるのは、絶対わざとだ。

なんとなく、ディアンが『ウゼえデカ鳥』と言っていたのが分かる気がする。

後ろのディアンも少し身を寄せたので、きっと興味が出てるんだろう。だって、あんな頑なに言わないんだもの。


「えっと……うん、音だけ、訳さないってことだね!」

 

多分、犬の名前は古代魔法文字じゃあないってことだ。

何も見逃すまいとその金色の文字を見つめ、ひとつひとつ音へ変える。


「『い』『ち』『ご』……え」


ぐっ、と後ろでむせた音がする。い、いや待って、まだ続いてる。

もしかすると、イチゴリディアとか、そういう可能性が――


「『く』『り』『い』『む』――ッ!!」

「クアァ」


だ、だめ、師匠がすぐそこで……!!

正解、と言いたげな声がする。必死で体を丸めて、ヴェルさんの羽毛に顔を突っ込んだ。

く、苦しい。お腹がよじれそう……! そしてディアン、震えすぎ!


「俺じゃねえ! 元からだ!!」


やっと高く上昇し始めたヴェルさんの下で、師匠の怒鳴り声がする。

そ、そっか。うん、それは言えないね。

確かに師匠は犬の名前を呼んでなかっただろうな、と想像して、ますます笑いが止まらない。


「かわいい名前だね!」

「うるせえ!!」


ようやく顔を覗かせ、小さくなっていく師匠に声を落とした。

もう見えなくなったのが残念だ。きっと、見たことない顔をしていただろうに。


「クカカカカ」

「ヴェルさん……結構いたずらっ子だよね」

「そんなかわいいもんじゃねー」


晴れ晴れした顔でくちばしを鳴らしたヴェルさんが、急に動物じみた顔できゅるっと首を傾げてみせる。そんな顔しても、もうダメだよ。


「あはは、もうホントに、もっと早く教えてくれたら良かったのに! 僕、余計なことで悩んで……あれ? 悩み自体はたまたま合致していたわけだけど。だって僕、実際犬の魂はちょびっと混ざってるんだもんね。あの子、い、いちご――」

「いちごくりーむ」


ことさら低い声が耳元で聞こえて、ごふっ、と吹き出してむせた。ちょっとディアン?!

やめて?! 師匠がひくぅい声で呼んでいるところを想像しちゃったじゃない!

案外ディアンは平気で言えるんだ、と振り返ると、悪い顔でにやっと笑った。


「野郎の弱みなら、問題ねえ」

「そ、そういうもんなの?」

「次の土産は決まったな」

「ディアン……行きたがらないくせに」

  

あんまりいいことではない気がするけど、機嫌の良さそうなディアンにくすくす笑った。 

遥か高く、風の光る空を行きながら、随分今の僕は軽いだろうと思う。

ヴェルさんに乗せてもらわなくたって、飛んでいけそうだ。


「僕、なんで重かったのかサッパリわからないな」

「いや……まだ重くてフツーだと思うけどな……」

「そう? でも僕、いちごくりーむの魂と一緒で嬉しいよ! 全然嫌じゃないもの」


くっとお腹に力の入ったディアンに、僕も遠慮なく笑って――。


――ヴェルさんの背で空を行く感覚を思い出し、野菜を刻む手を止めて目を閉じた。

風が柔らかく僕の両ほっぺを撫でていく感触。ふわふわそよぐ髪。音が、匂いが薄くなる感覚。


「ルルアちゃん、もう沸いてるぞ。入れられるか?」

「あっ、うん!」


一気に意識が地上へ引っ張り戻され、調理中の半端な匂いで鼻腔いっぱいになる。

大急ぎで残りを刻んで、鍋へ放り込んだ。

   

「ルルアちゃん、犬を飼いたいのか?」

「えっ僕? ううん、そういうわけじゃないけど?」

「じゃーなんで犬の名前?」

 

あ、そうだった。ローラに話を振ったままだったことを思い出し、ふとお腹につっかえるものに意識が向いた。

そっと撫でて、丸い存在感を確かめる。

じゃあ、この子にもとびっきりかわいい名前をつけてみる?

何がいいかな。アレを越えるのは、中々難しい。ディアン、眉間にしわを寄せた不機嫌顔で呼んでくれるんだろうか。


「犬じゃないけど、トカゲは飼うつもりだよ!」

「トカゲぇ?」


そっとキッチン台に取り出した卵は、僕の手の平より大きい。

生きているんだな、とにっこりした。

だって、大きくなってる。


「トカゲの卵かぁ……なんかもっとカワイーのにしようぜ? ルルアちゃんに似合いのさ。その点、柔らかタワシとかいい感じだと思う!」

「るっ!」


言ってることが分かったらしいグリポンが、どうやら怒っている。

『柔らかタワシ』でも自分のことだと認識するあたり、結構賢いのでは。

……力はないけど。いとも簡単にあしらわれ、意気消沈して窓辺で拗ねている。


そういえばグリポンの名前は、結局決まらないまま……もはやこれが名前のように定着してしまっている。

そもそも造語だもの、名前でいいんだろうか。

せっかくディアンがつけてくれたし。いい意味ではなかったけども。

僕はそっとグリポンをすくい上げると、おひさまに温められた羽毛の香りを吸い込んだ。

 

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― 新着の感想 ―
もう名前は「グリポン」で! ふわふわがポンポン跳ねてるようで可愛い名前だと思いますよ(^_^)
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